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第八章 革命 Ⅹ

「何事だ、魔術か」

 様子のおかしさに、誰かがそんなことを叫んだ。名だたる騎士が、女が指一本触れるや動けなくなるなど、これが魔術でなくてなんであろうか。

 神雕軍とバルバロネは慌ててシァンドロスのもとに来るが、手のほどこしようもなかった。

「この女、奇妙な術を使う」

 さすがのシァンドロスも驚きを隠せなかった。コヴァクスもニコレットもソシエタスも、動けないまま、ロンフェイが四人と戦うのを見守るしかなかった。

(どうして全てを一人で背負うんだ)

 コヴァクスはロンフェイに悪意がないことは察していた。むしろ一人で全てを背負うからこそ、助太刀に入ったコヴァクスらを何らかの術をもって動きを止めたのだろう。

 術こそ面妖だが、その心のうちは……。

 四本の剣をかわすその動きはしなやかで、ときに舞いのような美しさも感じさせた。民衆の中にも、畏れる者、見惚れる者がおり、ロンフェイをみる眼差しの色は様々だった。

 喚声があがった。

 華麗に剣を交わすロンフェイの体術に驚きをなし、見惚れもしたが、やはり怖れが上回った。

 おぞましい暗殺者が、またひとり、やられた。

 剣を拾いなおした灰色髪のオナリハトクだったが、四人での猛攻空しく一瞬の隙を突かれて、コヴァクスらと同じように指先で首筋を突かれると動けなくなり、さらにロンフェイは白髪魔女のアッリムラックの手を一瞬とると、その剣はオナリハトクの胸を貫いた。

「ひぃい」

 いかに容赦なく残酷なアッリムラックといえど、わけもわからぬうちに仲間を刺したのは心臓が口から飛び出すほどの驚きだった。

 悲鳴に包まれて、オナリハトクは白目をむいてたおれて、息絶えた。さらに民衆の悲鳴がそれを包み込む。

 身動きできないまま、コヴァクスらはただ目を見張るばかりだった。

 しかし、ロンフェイのなんという強さであろう。女の身で、しかも武器を持たぬ無手で、あそこまで暗殺者と戦えるものなのか。

 魔女、とまで思わぬでもやはり人ならぬ者であると思われた。

「ええい、退け!」

 グニスッレーは顔をゆがめ、三人は咄嗟に逃げ出した。が、民衆の中から勇気あるものが飛び出て逃走を阻んだ。守備兵の格好をしているうえに、殺戮を楽しんで恨みを随分と買ってしまっていた。

「しゃらくさい雑魚どもめ!」

 数が三人に減ろうとも、グニスッレーたちにとって素人の民衆など簡単に散らして逃げられる。とは、そうは問屋が卸さなかった。

 民衆の中にも死を覚悟した者があり、それらが得物を振り上げ暗殺者に立ち向かった。

 焦りと嘲笑でゆがんだ笑顔をたたえ民衆の壁を崩そうとしたとき、すかさずロンフェイがその前に立ちはだかる。

「頼む、見逃してくれ! 機会をくれ! これからは善人として生きる!」

 咄嗟に三人は剣を捨て跪き、額を地面にこすりつけ哀願しはじめたではないか。それに動じて許してしまうのか、と思う者が何人かいたが、ロンフェイ一瞬の間も空けず指で三人の身体を突き動きを止めた。

「最終的に許す許さないは、この街の人たちが決めるでしょう」

 静かにそう言うと、コヴァクスらのもとに戻り、さっきと同じように指先でコヴァクスらの首筋を突く。

 今度は、動けるようになった。


 コヴァクスとニコレット、ソシエタスにシァンドロスは不思議そうに手足を動かし、自分の身体に何の異常もないことを確認する。

 それを見てロンフェイは微笑む。

「大丈夫よ、問題ないわ」

 ロンフェイの微笑みに捕らわれるように、コヴァクスの動きが止まった。

(まあ)

 グニスッレーがコヴァクスを罵りながら、その心を見透かしていたわけだが、図星だったようだ。ニコレットは色違いの瞳をコヴァクスとロンフェイ交互に向ける。

 ロンフェイを見つめるコヴァクスの瞳。ニコレットの心は揺れた。

(私たちには大志がある。色恋沙汰など……)

 いや、人の心はそんなことで微動だにしないことはない。もしそうなら、救いようがないというものだ。

(むしろロンフェイさんにいてもらった方が、お兄さまの士気も上がるかしら)

「命の恩人よ、お前は何者だ」

 ニコレットが口を開こうとしたとき、動けるようになったシァンドロスは、不思議そうにロンフェイに問うた。彼女に悪意はないことはわかっているが、なにか、避けたいものを感じていた。

 民衆のロンフェイを見る目にも、畏れがあった。コヴァクスだけが、このまま闇にとかされそうな様子だった。

 革命を起こし太守バクレストンをたおしたその夜、魔女か女神が降り立ち、革命の戦火に照らされながら、舞踏会をして遊んだ。

 そんな風に見えた。

 神雕軍とバルバロネはロンフェイを警戒し、臨戦体制をとっていた。シァンドロスはさらに問うた。

「そなた、はるか東方より来たファ人ではないか」

「そうよ」

「ほう。やはり東方のファ人であったか。ファ人は不思議な術を使うというが、まことであったな」

 ロンフェイがファ人と聞いてシァンドロスは感心してうなずき、コヴァクスははっとしてロンフェイを見つめなおしていた。


「殺せ!」

「殺せ!」

「殺せ!」

 怒号が響く。

 いつの間にか太守バクレストンの首が掲げられ、民衆はグニスッレーとブラモストケ、アッリムラックを取り囲んで、殺せとわめいている。

 革命で気が立っている民衆たちは、守備兵の姿で殺戮を楽しんでいたグニスッレーたちをとうてい許す気になれなかった。

 三人の無残な悲鳴があがった。

 ニコレットは思わず目をそらした。

(あの時と同じだ) 

 ソシエタスは顔をしかめ、ニコレットに続き目をそらした。いや、ロンフェイもコヴァクスもバルバロネも、目をそらしている。

 無慈悲な太守に虐げられた民衆が、その反動で無慈悲になりきってしまうその不条理というか、そういったものは、なかなか正面から見受けることは難しい。

 ただシァンドロスら神雕軍は事の成り行きを見守っていた。

「し、シァンドロス、ソケドキア王太子よ!」

 搾り出すような声でグニスッレーが叫んだ。身動きできず、民衆から私刑リンチされながらも、顔はおぞましくゆがんで笑っていた。後の二人も同じだった。

 それに民衆は怖じて、私刑の手を緩めた。やはり闇を背負う暗殺者の発する気は、民衆から私刑をする気分まで奪ってしまうのだろうか。

 汚らわしい声で名前を呼ばれて、不快感もあらわに、民衆をどかして神雕軍とバルバロネを引き連れ三人のもとまで来て取り囲む。

「お前たちのけがれた声の遺言など、聞き届けぬ。黙って、死ね」

「いいや、我らの声をお前の耳に沁み込ませてやろう。我らを遣わしたのは、父王フィロウリョウ」

 十数本の歩兵の槍が、三人を串刺しにした。三人は血まみれになり血の泡を吹き出しつつ、休まず声を発した。

「馬鹿げたことを申すな!」

「まことだ、まことだ、お前の父フィロウリョウはお前を愛しておらぬ。妾の生んだ子を跡継ぎに……」

 さらに十数本、三人を串刺しにした。

 血まみれで、馬鹿笑いの顔をして、三人はようやくこと切れた。

 三人の言葉を聞き、コヴァクスが驚いたのは言うまでもないが、シァンドロスはそれどころでは済まない。

 だが敢えて平静をよそおっている。

 誰かが持っていた太守バクレストンの首を奪うようにして取ると、民衆の前に掲げ、

「革命はなった! 太守は裁きを受けて死んだ。革命はなったのだ!」

 と叫ぶと、無理矢理にでも神雕軍たちが、

「革命万歳!」

 と叫ぶ。突然のことに熱せられたり冷まされたりしていた民衆だが、その革命万歳の叫びを聞き、熱が戻り希望ある明日が見えたのだろう、

「革命万歳!」

「革命万歳!」

「革命万歳!」

 次々と唱和し叫びだす。

 フィウメの街は、あっという間に革命万歳の轟きに包まれた。


 ニコレットは呆然と万歳の声を聞いていたが、はっとロンフェイ方を振り返る。

 ロンフェイはコヴァクスに向かって微笑み、

「では、私は行くわ。縁があればまた会えるでしょう」

 と言うや、風のように駆ける。

「待ってくれ!」

「待って」

 コヴァクスとニコレットは同時に声を上げて、追おうとしたが、追いつけず、姿を見失ってしまった。

 万歳の轟きも、耳に入らない。

 心の中で、ロンフェイの微笑みと、揺れる黒い瞳が浮かび上がっては、消えることなく閃きつづけていた。

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