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第八章 革命 Ⅷ

 守備兵に立ち向かう民衆、民衆を斬る守備兵。どちらも、人間の顔をしていなかった。

 忘我の域にあって、遮二無二に殺し合いを繰り広げていた。それは今まで経験した戦争や、賊徒との戦いとはあきらかに違うものだった。

「なにをしている!」

 たじろぎ身動き鈍くなったコヴァクスらドラゴン騎士団の三騎をシァンドロスが叱咤する。

「考えている暇はないぞ。民衆の側に立ち、守備兵を斬り、太守バクレストンを捕らえよ!」

 守備兵は突如現れた騎馬隊に驚き、すかさず向かってくる。民衆は何事かと驚き一瞬動きを止めて、ドラゴン騎士団の紅の龍牙旗を目にするや。

「ドラゴン騎士団だ!」

 次々に叫ばれるドラゴン騎士団という声。民衆はどっと紅の龍牙旗のもとにあつまり。

「我々に力を!」

 と叫ぶ。

 無論これが守備兵に見えぬ、聞こえぬはずがない。

 ドラゴン騎士団といえば隣国オンガルリ王国の騎士団ではないか。それがなんで、ここに。しかも民衆革命に組しようとしている、というのか。

「ドラゴン騎士団、だと。なぜオンガルリ王国の騎士団が、しかもドラゴン騎士団がここに……」

「いやまて、オンガルリに政変ありドラゴン騎士団は壊滅したと聞いたぞ。いやしかし……」

 もうすでにリジェカには政変は伝わっているようだ。

 しかし守備兵は目を見開き、紅の龍牙旗にひたすら驚いていた。

 オンガルリ王国はタールコと戦争を繰り広げてはいたが、もっぱら防衛が多く自ら攻め込むことはなかったから、リジェカの国民はオンガルリが攻めてくることはないと思い切っていた。

 それだけに、オンガルリ王国に対しては心配ないと信頼していた、あるいはたかをくくっていた。

「ぐずぐずするな! お前たちが動かねば、民も動かぬ!」

 再びのシァンドロスの叱咤。

 珍しくでしゃばって名乗ることはせず、ドラゴン騎士団を革命の中心にそえようとしている。

「ドラゴン騎士団よ、故国を追われようとも、リジェカが新しき故国となる」

「バクレストンと言わず、ポレアスをも討ち、リジェカの新王となり我らを導きたまえ」

 民衆の中にもオンガルリの政変を知っている者はいた。ということは、ドラゴン騎士団壊滅を知っていることでもあるが、壊滅したと思われていたドラゴン騎士団はいまだ滅びず、異国に流れてもなお大志失わず、民衆の側に立ち悪王を討ち取る。

 という期待をドラゴン騎士団に込めていた。

 ドラゴン騎士団の勇名は、周辺諸国に知れ渡り、リジェカにあっても憧れと羨望のまとであったのかもしれぬ。

 おそらく、

(リジェカにも、ドラゴン騎士団のような方々がいれば)

 と思うこともあったかもしれなかった。

 コヴァクスは民衆から数多あまたの眼差しを受け、気を奮わせ剣を握りしめ、グリフォンを駆けさせた。


 ニコレット、旗を持つソシエタス、シァンドロス率いる神雕軍、そして喚声を上げて民衆が続く。

「や、や、ドラゴン騎士団など片腹痛い、かたりであろう。者ども、討ち取れ!」

 守備兵は民衆とは違い、紅の龍牙旗を見ても信じようとはせず迎撃体制をとった。敵対する民衆に組する以上、本物であろうとなかろうと関係ない、やらねばこちらがやられる。

「どけどけ、雑魚に用はない!」

 立ちはだかる守備兵を木っ端のように吹き飛ばし、コヴァクスは太守バクレストンの邸宅向けて駆けた。

 後に続く民衆たちは、紅の龍牙旗を目印にして、進むに連れて坂を転がる雪だるまのように膨れ上がっていった。

 守備兵も懸命に防ごうとするものの、先頭に立つドラゴン騎士団に歯が立たず蹴散らされるばかり。

 しかもばらばらだった民衆は、

「ドラゴン騎士団のもとへ!」

「ドラゴン騎士団のもとへ!」

「紅の龍牙旗に続け!」

 と掛け声をかけつつ一箇所に、紅の龍牙旗のもとに馳せ参じ集まり、それは強固な塊となって勢いを増していった。

 守備兵から見れば、突如ドラゴンに襲われたような思いであったろう。

「これはかなわぬ」

 と我先に逃げ出す者まで出る始末であった。これでまともに戦えるわけがなく、ドラゴン騎士団と民衆進む先、守備兵次々と見えぬ力で弾かれるように道をあける。

 それを路地裏から見つめる目があった。

「ドラゴン騎士団、だと?」

「民の話はまことであったのか」

「時は来たのだ、来るべき時が」

 それは、民衆と戦うことを拒否し、雲隠れした守備兵の一部だった。このフィウメにて徴兵された地元の兵士もたくさんいるのだ。いかに太守の身が危ういとはいえ、そもそも忠誠などなく意に反して剣を持たされて、それでどうして、太守のために戦えようか、家族や友人に刃を向けることが出来ようか、と。

「よし、我らもドラゴン騎士団とともに戦うぞ!」

「応!」

 太守のために押し付けられた剣をもって、太守を討つために、彼らは打って出た。

 押される守備兵は、仲間であるはずの同じ守備兵からも攻められ、さらに押された。

 その途端、

「裏切り者だ!」

 という叫びは掻き消され、

「やめだ、オレはけちな太守のために戦うのは、もうやめだ!」

 と刃をひるがえして、咄嗟にドラゴン騎士団の側につく守備兵も次々に出た。 

 紅の龍牙旗は夜空の下、戦火の中、威風も堂々と風となるかのようにはためき、守備兵の心を萎えさせ、さらにくつがえしたのだ。

(革命はなった!)

 シァンドロスは心中喝采した。己の言葉通り、ドラゴン騎士団の魂に肉体が与えられたのだ。


 民衆蜂起が起き、太守バクレストン邸宅は固く閉ざされ守りも堅固なものだった。

 が、初老を向かえ髪も白くなってきた太守バクレストン自身は、スズメバチに襲われるミツバチの巣の女王のように、はかないもので。白い髪が抜け落ちるかと思われた。

 最初こそ、守備兵有利であり、大丈夫とたかをくくっていたが。ドラゴン騎士団が現れて状況が一変することを聞くや、その顔一気に蒼ざめ。

 屈強な兵士たちが集まる大広間の中を、いらだたしく、ぐるぐる回り。豪奢な着物の宝石飾りも同調してちゃらちゃら鳴った。

 ついに、こらえきれずに、

「民を鎮めさせよ。金が欲しいのか、食料がほしいのか、ならくれてやる。くれてやるから、鎮めさせよ」

 守備兵に向かいそう叫んだものの。

「太守よ、残念ながらそのお慈悲の心を出すのが遅すぎたようです」

 哀れにも、無慈悲な返答がかえってくるのみ。

「なぜだ、民は金や食料がほしいのであろう。それで満足できぬのか」

「もはやそれでは満足できぬのです」

「ならなにが望みなのだ」

「おそれながら、太守のお命かと……」

 頬の張った逞しい顔立ちの、守備兵の隊長、ギィウェンはあまりにもあっけなくこたえるものだから、バクレストンは、へなへなと、ゆっくりと尻餅をつく。

「そ、そんな……」

 もはや死ぬしかないのか。それまでポレアスの臣下としてフィウメを治め、ポレアスのために戦争にも出向いた、己自身もポレアスの寵愛を受けて栄耀栄華を味わえた、素晴らしきかな我が人生、であったのが、いまや、風前の灯火。

 今までたくわえた財宝など、今この際に、なんの役に立つというのだろう。

 ギィウェンは口を真一文字につむぎ、太守バクレストンを見やると、振り返って部下のもとにゆき小声でなにかを伝える。 

 部下は、駆け足でどこかへとゆく。

「これギィウェン、何を?」

「よいことを思いつきました」

「よいこと?」

「いずれわかります」

 そのやりとりをよそに、邸宅周辺の争乱はいよいよ激しさを増したように聞こえてくる怒号は大きくなってくる。

 バクレストンは、ひぃ、と一つ飛び上がり、尻餅をついた。

(哀れ、まったく哀れなものだ)

 守備隊長ギィウェンはバクレストンを見据えた。その視線に、太守はまたおびえた。身近な守備兵すら、心から信用できぬのか。

 ややあって、部下が帰ってきた。そばに誰かいた。それを見て、バクレストンは声にならぬ声を飲み込んだ。

「太守、メゲッリにございます」

 部下がともなってきたのは、邸宅の地下牢獄に閉じ込めていたメゲッリであった。

 メゲッリは優秀な騎士であったが、何かにつけて、

「贅沢を控え、民を大切になさり、王道を歩まれよ」

 と説教をするものだから、うるさくなり、地下牢獄に閉じ込めてやったのだ。

 いずれ心改めて詫びを入れるであろう、と期待して、その日を待っていたのだが……。

 服はぼろとなり、頬はこけ身体も痩せ、髭も伸び放題、しかしその眼光は鋭い。

「太守」

 メゲッリは跪いた。目には滂沱ぼうだの涙が溢れていた。

「我が忠誠足らぬゆえに、この革命にいたること、メゲッリまこと太守に申し訳ないばかり」

 メゲッリは詫びた。

 しかし、それは期待したのと違う詫びだった。

「よせよせ、革命はお前さんのせいではない」

 ギィウェンは跪き涙するメゲッリを見据えると、剣を抜きはなち、バクレストンに切っ先を向けた。

「なにをする!」

「もうこれしかないのだ」

 声も出ず縮まるばかりのバクレストンの首は、ギィウェンによって刎ねられた。

「この首を民衆に、ドラゴン騎士団に見せよ!」

 隊長の号令を受け、守備兵がひとりバクレストンの首を持って、外へと駆けた。

 メゲッリは一瞬唖然としたあと、ギィウェンを睨み叫びだした。

「お前は、なんということをするのだ!」

「見たとおりだ、これが、現実だ。お前もいい加減目を覚ませ!」

「現実だと。大恩ある太守を討つことが現実だというのか」

「そうだ。民衆の怒りは、太守の命でもって償うしか鎮めるすべはない」

「ばかな。これまでの行いを改め、善政をけば、民衆は許してくれるはずだ」

「もうおそい!」

 メゲッリは歯を食いしばるばかり。ギィウェンにつかみかかろうとしたが、そうしたところで返り討ちにされるだけだった。

 身を震わせるメゲッリに、ギィウェンは言った。

「同じ仕えるならば、ドラゴン騎士団に仕えた方がよい。そう思わぬか」


「何のとりえもない、貴族に生まれたというだけで、何の努力もなしに太守となったばかりか。私利私欲を追うばかり。そんな馬鹿の下で働くことに、何の面白みがある」

「面白みがあるなしではない。私は騎士として、主に仕える。それだけだ」

「ふん。君、君たらずといえど、臣、臣たるべし、か。そのために、どれほどの民が犠牲になった。賊徒に好き放題させた。もっと早くこうすればよかったのだ」

「言うなッ!」

 メゲッリも考えぬわけではなかった。しかし、臣下としての情が強かった。現実を見返せば、たしかに、フィウメの民に多大な犠牲があったのは否めなかった。それは自分のせいでもあるのだろうか。

 なら自分はどうすればいいのだろうか。

 迷った。

 ギィウェンは言った。

「メゲッリよ、ドラゴン騎士団に仕えよ。その方がお前のためだ」

「……。お前はどうする」

「オレか、そうだな、神美帝に仕えようと思っている」

「なんだ、と……」

 絶句するメゲッリ。神美帝ドラグゼルクセスに仕えるというギィウェンの言葉がにわかには信じられなかった。

 かつては旧ヴーゴスネアもタールコと敵対し、分裂してからいよいよタールコの軍勢が攻めてきて、その軍靴馬蹄に踏みしだかれる日が近いかというほど、事態は切迫しているというのに。

「聞けば神美帝は、出自を問わず広く人材を求め、すぐれた者は重く用いるというではないか。またその器大なること、まさに神美帝にふさわしいという。同じ仕えるなら、オレは、そういう人物に仕えたい」

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