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第八章 革命 Ⅶ

 その夜、コヴァクスらは、紅の龍牙旗は月の輝く夜空の下を駆けた。

 シァンドロス率いる神雕軍、そして新生ドラゴン騎士団は、掲げられる数十本の松明の明かりとともにフィウメに向かって駆けていた。

 

 それは要塞を手に入れて三度目の夜のことだった。

 三階は上級騎士のための居住空間で、個室が十室つくられていた。その個室一つ一つは狭くとも床には絨毯が敷かれ、陽光のよく入る広い窓に、執務用の机に本棚、ベッドもととのえられ、快適に過ごせるようになっていた。

 長箱におさめられる紅の龍牙旗は当初、三階の一番奥、若い騎士を指導する司令官の部屋の執務用の机に置かれ。その部屋はコヴァクスも自室として使っていた。

 ということは、コヴァクスはこの要塞の司令官であり、すなわちドラゴン騎士団の団長になったということでもあった。

 無論正式な任命式が執り行われるわけではないが、この要塞を手に入れた記念に、ニコレットらやシァンドロスに神雕軍らやメイドたちは、厳かにコヴァクスのドラゴン騎士団任命の任命式を執り行ってくれた。

 そのとき、紅の龍牙旗は箱から出された。


 一階の大広間及び大食堂の奥にある演壇上において、ソシエタスが紅の龍牙旗を手にしてかかげ、コヴァクスは跪きドラゴン騎士団の団長になる旨を、紅の龍牙旗に厳かに伝えた。

「ドラゴン騎士団の精神、ドラゴンハートに賭けて、我が故国オンガルリのみならずヴーゴスネアもともに秩序と安寧をもたらすために戦わん。神よ、ドラゴンハートよ、守りたまえ」

 跪き誓いの言葉を宣言し、紅の龍牙旗の端を、まるで淑女の手を取るように掌の上にのせキスをする。

「ここに、新生ドラゴン騎士団が生まれたるを、我は証人として見届けるものなり」

 シァンドロスは観衆である神雕軍やニコレットらに、そうたからかに宣言した。

 皆、今にも戦争にゆくかのように、帯剣武装し。それが任命式をいっそう厳かなものにしていた。

 この任命式を執り行うことを進言したのは、他ならぬシァンドロスであった。

「拠点は手に入れた、次は魂を吹き込むのだ」

 と言うシァンドロスにどういった気持ちがあるのか知らぬが、その通りでもある。いつまでも出し渋っているわけにもいかぬ、ということで、任命式が執り行われたのだった。

 メイドたちと言えば、徐々に気持ちも落ち着き、隣国オンガルリのドラゴン騎士団が政変の陰謀によって国を追われ、この旧ヴーゴスネアのリジェカに来たということに、たいそう驚いていた。

 しかし、苦難に負けず故国のみならずヴーゴスネアのためにも戦うという姿に強く心打たれ、我知らず感動の涙を流していた。

 もしその政変がなければ、コヴァクスらが挫折していたら、自分たちはどうなっていただろうか。

 自分たちが助けられたという事実が、コヴァクスにニコレット、ソシエタス、そしてクネクトヴァにカトゥカ。そしてそれらを助けたシァンドロス率いる神雕軍を、心から信頼させるのであった。

「新生ドラゴン騎士団、万歳!」

 ガッリアスネスが万歳と叫ぶと、万雷の万歳の大合唱が響いた。

 新生ドラゴン騎士団といっても、今はコヴァクスとニコレットにソシエタスのわずか三名のみ。クネクトヴァとカトゥカも入団するかと誘ったのだが、まだ幼く未熟ということで、ふたりは入団を辞退した。

 しかし、実質はドラゴン騎士団の一員と、コヴァクスら思っていた。

 バルバロネも誘ったが、これも辞退した。理由は、シァンドロスと一緒にいたいから、だという。

 シァンドロスもまんざらでもなさそうで、バルバロネの同行を許していた。

 ともあれ、要塞を手に入れて三度目の夜、月が顔を出すとともに、新生ドラゴン騎士団は生まれた。

 任命式が終わって、紅の龍牙旗は演壇中央にそなえられた旗立て台に立てられようとしていた。

 そのときであった。


「フィウメにて革命起こる!」

 という一報がもたらされ、要塞に緊張が走った。

 フィウメの街に出向いていた神雕軍の斥候兵が息を切らし、事変あることを、息も絶え絶えに、搾り出すように語る。

「我らがエリプマヴども賊徒を成敗し要塞に入ったということが、街に知れ渡るや、民衆は、得物を手に取り太守邸宅に向かい、守備兵と衝突!」

 コヴァクスは目を見開いて聞き入り、シァンドロスは不敵に笑いながら聞く。さらに、斥候兵は言う。

「また民衆が要塞に向うかもしれません。我らに援軍を要請する模様……」

「時は来たり!」

 シァンドロスは叫び、出撃を命じる。

「新生ドラゴン騎士団よ、魂に肉体を与える時が来たぞ!」

「シァンドロス、あなたが言っていたことは、民衆蜂起のことだったの」

「その通りだ、ニコレット。よく気付いた」

 ニコレットは事変に驚き、またそれを予見していたシァンドロスに驚き、問う。なるほど、フィウメの民衆は、己の手柄のための戦争ばかりで、賊徒ともを成敗するなどしなかった太守に強い不満を抱いていた。

 フィウメに駐屯する兵士たちも太守の下で手柄を挙げることばかり考えて、誰一人賊徒と戦おうとする者はいなかった。

 なにより、もとより腐敗の進んでいたことである、賊徒相手に苦戦し惨敗を喫するほど弱かった。それで戦争にのぞんだところでどれほどの手柄を挙げられるだろう。

 役にも立たぬ飾りの軍隊に成り下がり。それをうながすような、太守の怠慢。襲い来る賊徒ども。

 そのくせ税金も重く課し、金がなくば衣類に食料、生活用品など、なんでも徴収すること略奪にもひとしく。たび重なる戦争で産業も衰退。人々は貧困に追いやられて、人心荒むことは、捕らわれた人々の証言で明らかにされるまでもなく、想像にやすかった。

 これで軍隊や街の雰囲気が悪くならぬわけがなかった。

 いや、心ある者がいるにはいた。

「フィウメの牢獄にて、メゲッリなる心ある騎士が捕らわれているようです。かつてヴーゴスネア赤備えの騎士の一人であるとか」

 と、斥候兵は伝える。

 となれば、民衆は牢獄にも押しかけメゲッリを解放しようとするだろう。

「ゆこう!」

「それでこそ、我が盟友」

 コヴァクスの即断をシァンドロスは笑顔で讃えた。幸い皆備えは出来ている。

 馬引け、出撃、という怒号が飛び交い門が音を立てて開かれる。そして紅の龍牙旗を、ソシエタスが持つ。

 この民衆蜂起、革命に加わることが新生ドラゴン騎士団の初陣となった。本来ならば後方にて大事にする紅の龍牙旗だが、コヴァクスは初陣にもってゆくことにした。

「ゆえあれど、ドラゴン騎士団ここにありと知らしめるのだ」

 ただ一個人の野心のために戦うのではない、大義のために戦う。そのための、ドラゴン騎士団であることは、忘れてはいけないことだった。

 そのための旗印だった。

 軍馬のいななきがひびき、騎士はそれぞれの愛馬に打ちまたがり、ドラゴン騎士団と神雕軍はフィウメの街に向かって駆けた。

 クネクトヴァとカトゥカと、六人のメイドは留守を守った。

 道案内のガッリアスネスを先頭にして、次にコヴァクス、その次にニコレット、四番手には紅の龍牙旗を持つソシエタス。以下シァンドロス率いる神雕軍の騎馬隊。

 歩兵たちと馬を持たぬバルバロネはどうしても騎馬には追いつけぬが、いまは一刻を争うとき、やむをえず置いてけぼりにし、騎馬隊が突き進む。

 紅の龍牙旗は、月下で風を受けて、たなびく。

 しばらく駆けたとき、報告どおり百ほどの民衆と出会った。

 民衆は月光と松明に照らされる騎馬隊と、紅の龍牙旗を見て、

「ほんとうだ、ドラゴン騎士団だ!」

 と喚声を上げた。あの、エリプマヴの大馬に乗るのが、ソケドキア王太子シァンドロスで、あとは神雕軍か。

 突然、捕らわれていた家族が帰ってきて、わけを聞けば、ドラゴン騎士団とシァンドロス率いる神雕軍に助けられたという。

 最初は半信半疑であったが、たいそう強い軍隊で賊徒どもを成敗し、アウトモタードロムの要塞を手にした、そうでなくばどうして帰れようか、と言う捕らわれていた人々の言葉は何よりも説得力があった。

 一時期は、家族との再会に感激しドラゴン騎士団とシァンドロスら神雕軍に感謝する、というところで済むかと思われた。

 だが、事態は大きくなった。

 常日頃から、太守への不満がくすぶり、いつ爆発するかもしれぬところまで来ていた。

 アウトモタードロムの要塞にいるのが、悪逆の賊徒でなく、民衆の味方をしてくれる正義の軍隊ならば、それらの力を借りて、太守をたおそう。

 にわかにそんな声が上がったかと思うと、次から次へと、アウトモタードロムの要塞の軍隊をあてにして、民衆は蜂起した。

 ドラゴン騎士団や神雕軍が本物かかたりかはわからない、もし結局は悪逆の賊徒だったら、と思わぬでもなかった、それでも、力を貸してほしいと思うほど、民衆の心は追い込まれて。

 爆発した。

 もう止めようがなかった。

 それとともに、一部は援軍の要請のため、アウトモタードロムの要塞へ向かった。

 革命は、起こったのだ。

 

「お願いがあります、お力をお貸し下さい!」

 百の民衆は口々にそう叫んだ。皆徒歩で肩で息をしている、ここまでずっと走り続けたのだろう。

 百もの人数は集めたものではなかった、打ち合わせたわけでもなく、皆一人ひとりが、援軍をもとめ、我知らずにアウトモタードロムに向かったのだ。

「もとよりそのつもりだ」

 コヴァクスがそう言うと、民衆は「おお」と、喚声をあげた。

「ゆっくりしている暇はない、悪いが我らは先にゆくぞ」

 一陣の風と、コヴァクスらは駆け出した。民衆は騎馬隊の後姿と、紅の龍牙旗を輝く目で見送った。

 それからしばらくして、バルバロネと歩兵に出会い、これも喚声を上げて出迎えて、ともにアウトモタードロムへと駆けた。

 足取りは、軽かった。

 その足の向かうフィウメの街には、火の手があがっていた。

「燃えている」

 思わずニコレットはつぶやく。

 月の下、フィウメの街は赤く光り、その赤い光りは夜闇から街の姿をすくい出して、浮かび上がらせていた。

 ことに、街の中心にあり一番背の高い建物である太守邸宅は、火の光に照らされ闇から不気味に姿を見せていた。

 揺らぐ炎。邸宅の壁にて明滅する赤い光と夜の闇。それは怒りに震える民衆の心なのか。

 そうかと思えば、郊外には戦火を逃れて避難した人々が溢れていた。その人々はコヴァクスらを、紅の龍牙旗を見ると、一同に喚声を上げ、

「助けて!」

「太守を、バクレストンをたおしてくれ!」

 などなど、異口異音に叫び、その前に群がってくる。

「……革命」

 コヴァクスは息を飲み込みながら、苦々しくつぶやいた。

 いかに弱くなったとはいえ、玄人の軍隊に民衆がかなうとは思えなかった。また、メゲッリの安否も気遣われた。

 騎馬隊の数は十と少し。歩兵と合わせても全体で五十弱。フィウメの守備兵は、聞けば五百はいるという。数の上では不利、これが正面切っての戦いならば避けるところだが、ドラゴン騎士団および神雕軍には、民衆がついている。

 民衆の側に着くことで数の不利は跳ね返せる。あくまでも、数のみであるが。

 苦戦しているであろう民衆の逆転の機会は、コヴァクスとニコレット、ソシエタスの三騎のドラゴン騎士団がつくるのだ。 

 とにもかくにも、人々の叫びにこたえず、道をあけさせ、炎を上げるフィウメの街に突入した。

「!!」

 目に飛び込んでくるのは、民衆と守備兵の凄惨な戦いだった。

 山賊や盗賊などの賊徒ではない、正規軍が民衆に刃を向けて血祭りに上げているのだ。それでも民衆はひるまず、たおれてもたおれても、守備兵に立ち向かった。それがいっそう戦いを凄惨なものにしていた。

 守備兵は武装もととのっているのに対し、民衆はほとんどが私服で鍬や鍬、棒切れを得物として、装備の格差は歴然。さらに、訓練の差も歴然と出る。

(これが、革命というものか)

 初めて目にする革命に、コヴァクスもニコレットも、一瞬たじろがないわけではなかった。民衆と軍隊が争うなど、話には聞いても実際に目にすることは、オンガルリではなかったから。

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