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第八章 革命 Ⅴ

「どうした、貴様は舌を動かすしか出来ないのか!」

 コヴァクスは剣を振るいエリプマヴに突進したが、にやりと笑われ、その見た目に合わぬ俊敏さでかるく剣風をかわされた。

「来いよ来いよ、おぼっちゃん」

 へらへらと笑い、エリプマヴは挑発をしながら、コヴァクスの攻めをかわす。また馬もよい動きをし、龍星号をからかうようにいななき、見た目に合わぬ俊敏な動きを見せる。

 コヴァクスは攻め、エリプマヴはかわす。という、一方的な展開になり、まるで風に舞う葉に向かい剣を振るような歯ごたえのなさだった。

 とはいえ、気が抜けるということもない。

 エリプマヴは腕力は言うに及ばず、反射神経もすぐれている。その馬もまたしかり。

 ことに、馬に視線がそそがれた。

(これは、飼いならせばよい軍馬になる)

 シァンドロスをはじめ、神雕軍の兵士たちはいつしかエリプマヴの大馬に強い興味を抱くようになっていた。

 しかしこの男、もとは何者だったのだろう。さすがにガッリアスネスもそこまではわからない。

 だがその汚い言葉遣いからして、平民であったか、それ以下の下僕、奴隷の身分であったか。

 最下層の身分の者は虐げられるだけでなく、中にはその悪い境遇のためはみ出し者も出る、あるいは人の心を持ち合わせぬ野獣と化した者も出る。

 人間扱いをされなかったため、人間として生きる、ということがどういうことかわからないのだ。

 それを思えば、エリプマヴも哀れといえば哀れではある。

 と、ガッリアスネスは考えていた。

 それはニコレットも同じようだったが、彼女はもっと突っ込んだ考えをしていた。

「エリプマヴ!」

 突如、兄の剣風をかわすばかりのエリプマヴの名を叫んだ。コヴァクスは、止めるな! と言おうとしたが、ニコレットはかまわず続けた。

「そなた、不遇の身ゆえに悪道に堕したのか。それまでのおこないを悔い改め、改心するなら、許してもよい。また望むなら、仲間にしてもよい」

 これには、皆驚いた。

 突然何を言うのだ、と。

 あんな悪人に改心を期待するなど、尋常ではない。しかし、ニコレットの言葉を聞いたクネクトヴァは賛同し、

「小龍公女のおっしゃるとおりです。神は罪を憎めども、人を憎まず。悔い改める者を、許したまう。心を入れ替えて、まっとうな人間として、生きてみませんか」

 と言った。

 おめでたいことを言う、とバルバロネは内心舌打ちする。

 山賊として殺した人間の数は一人や二人ではないのだ。

「ふざけんじゃねえッ! きれいごとなんざ信じられるか!」

 怒号とともに、大剣うなりをあげコヴァクスに襲い掛かった。剣で受ければ折れる、その勢いの強さに咄嗟に身をかわしやりすごし。異様に熱を帯びた、冷たい風が頬を撫でてゆく。

 それから、エリプマヴは滅茶苦茶に大剣を振り回した。大馬も主の呪うような気持ちが乗り移ったか、狂ったようにいななき、太い蹄で地を蹴りコヴァクスと龍星号に突っ込んでくる。

 今度はコヴァクスは攻めをかわす番だった。

 竜巻のように襲い掛かる大剣と大馬の勢いを受けることかなわず、剣を引き、ひとまずは避けることに専念せざるをえなかった。

 おお、という喚声があがった。

「見事だ」

 シァンドロスは思わずつぶやいた。

 エリプマヴにではない、大馬にである。

「エリプマヴ、聞き分けよ! 小龍公女のお慈悲がわからぬか」

 ソシエタスは言うが、相手は聞く耳も持たぬ。むしろ慈悲をかけられることに、屈辱を覚えたようだった。

 コヴァクスはコヴァクスで言ってやりたいことがあるが、それどころではない。

 大剣を避けながら、ひたすら隙をうかがっていた。反射神経にすぐれているとはいえ、その動きは、基本がなっていない。

 またいかに体躯に恵まれているとはいえ無限の力があるわけではない。

 討ち取る気でいっぱいのコヴァクスの心は、慈悲によって乱れたエリプマヴが、さらに乱れ疲れることを期待し、内心、もっと慈悲の言葉をかけろと、呪詛のように心でつぶやいていた。

「怪力無双ではあっても、そなたは技がなってない。このままでは、お兄さまに討たれるは必定。今ならまだ間に合う、心を改めよ!」

「うるせえ、むかつくんだよ、その上からものを言うのがな」

「これは命令ではない、そなたは対等の人間と思って言っている」

「信じられねえな」

 ニコレットの必死の叫びも、エリプマヴは耳を貸さない。

(なぜ)

 ニコレットはわからなかった。自分の思いやりが、全然通じないどころか、相手は怒りを増すばかり。

 だが滅茶苦茶な大剣の振りっぷりは、ついに、エリプマヴの急所をさらした。上段から勢いよく振りおろされた大剣を、すんでのところでかわしざま、コヴァクスは後ろではなく左ななめ前へと避けて。

「隙あり!」

 と叫ぶ避け様に、相手の右わき腹に剣を見舞った。剣には手ごたえがあった。

 勢いよくエリプマヴの脇を駆け抜け、咄嗟に振り返れば。

「うーむ」

 とエリプマヴはうめき、右のわき腹は血の赤にそまっている。

 動きも止まっている。

(いけ、いけいけいけ!)

 瞬時に自分にそうけしかけ、二撃目を見舞う。

「お兄さま、駄目!」

 という妹の声が聞こえた。しかし聞かなかった。龍星号は駆け、コヴァクスの剣はうなりをあげて風を切り。

 はっとして振り向いたエリプマヴの首を刎ねた。

 その巨躯は大剣とともに、崩れ落ち。大馬は主を失い、きょとんと立ちすくむ。

「おお!」

 神雕軍から大喚声があがった。

 シァンドロスの意を察した兵士たちはすぐさま大馬へと駆け、手綱をつかみ逃がさない。

 コヴァクスはエリプマヴのかばねを見据え、一瞬瞳を閉じると、目を開けてニコレットのもとへ向かった。

「……」

 神雕軍が無邪気に喜んでいるのをよそに、ドラゴン騎士団の兄と妹には、喜びの色はなく無言だった。

 色違いの瞳を揺らすニコレット。コヴァクスはそのそばまで来ると、その頬に平手打ちを見舞った。


 ニコレットは兄からの不意打ちに衝撃を覚え、色違いの瞳をさらに揺らす。 

「余計な真似をするな」

「でも……」

「奴を哀れに思ったところで、かえって、むごい思いをさせただけだ」

 はっとして、ニコレットはエリプマヴのかばねと首を見つめた。花も恥らう乙女である、かばねを見て喜ぶ趣味はないが、そこは小龍公女として戦場を駆け抜け、多少の慣れもある。

 しかし、野蛮の山賊に合わぬみじめな顔つきで死んだエリプマヴに、言葉に出来ぬ複雑な心境になった。

 それを見守るソシエタスにクネクトヴァ、カトゥカも、同じように複雑な心境だった。

 しかし、このヴーゴスネアの地に来てからというもの、勝っても喜べないこということが、よく続く……。

 もし、エリプマヴが心乱すことなくコヴァクスと戦い続けた果てに討たれていれば、余計な苦しみをしてあんな惨めな顔で討たれることはなく、笑って討たれたというのだろうか。

 慈悲がエリプマヴを乱し、惨めな思いをさせたというのか。

「あいつ、山賊で無茶苦茶して、山賊で死にたかったんじゃない?」

 妙に冷たい視線でニコレットを見据えて、バルバロネは言った。

 周囲の空気がかたまったようだった。

 そこまで責めるつもりはなかったのだろう、コヴァクスはさっきとうってかわって相好を崩して、ニコレットを見つめた。

「いや、すまなかった。気が立っていたんだ」

「いえ、私も出すぎた真似を」

「もういいよ、それより、シァンドロスの奴め」

 シァンドロスといえば、仲間の勝利を喜ぶより、大馬に夢中になっており。気がつけば、神雕軍の兵士とともに大馬を取り囲んで、手綱を握りしめていた。

「あいつめ、仮にも山賊の馬だぞ」

 と言いつつ、苦笑しながらそのもとまで向かう。

 すると、

「わっ」

 という悲鳴があがり、兵士がひとり大馬の後ろ足の蹄で蹴られ吹っ飛ばされた。それからは、ぴくりとも動かない。こと切れたようだった。

「なんだと!」

 それまできょとんとしていた大馬は、突如暴れだし、蹄を凶器に神雕軍に襲い掛かった。

 歩兵たちは槍で威嚇し、騎兵は自分の馬を落ち着かせながら大馬から離れざるを得なかった。

「ぎゃっ」

 また一人、兵士が蹴り殺されてしまった。

 あろうことか、戦乱の旧ヴーゴスネアの地を駆け巡り幾多の危機も乗り越えてきた神雕軍は、この大馬のために、ふたりも兵士を失ってしまった。

 無論彼ら神雕軍の兵士一人ひとりは、選りすぐりの精鋭である。だがここに来て、相手がたかが馬という油断が生じたのであろう。

 山賊といえば、かばねのみをのこして、生きる者はもう陰も形もない。

「面白い、ますます欲しい」

 咄嗟に逃げたシァンドロスは舌なめずりでもしそうな顔をし、愛馬・グリフォンから飛び降り、大馬に向かった。

「危のうございます!」

 と兵士たちは言うが、おかまいない。

 それどころか、

「今からそなたが我が愛馬だ。ゴッズよ!」

 ゴッズとは、ソケドキアの言葉で牛の頭を意味する。その巨躯からシァンドロスはそう名づけたのだろう。

 しかし、もとは山賊の馬であり、部下を殺した馬だが、シァンドロスはおかまいなく、ご執心のようだった。

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