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第八章 革命 Ⅲ

 ファランクス陣形の槍ぶすまが硬直し、いまにも飛び出しそうな緊張を見せる。

 シァンドロス、コヴァクス、ニコレットは剣を強く握りしめる。

 シァンドロスは楽しそうに不敵な笑みを。コヴァクスとニコレットは背水の陣の思いで。

「あいつらだ!」

 という叫び。

 向こうから十数頭の騎馬を含めた武装集団があらわれ、こちらに突っ込んでくる。

「おい、馬がいねえぜ」

「知るか。いつものように、やっちまえ!」

 いつもどおりに、男たちは得物を握りしめ突っ込む。数は百ほどだろうか。その中にはあの逃げた男もいた。

「笑止」

 シァンドロスは号令をかけるより先に、こらえきれずに笑った。

 集団は軍隊とは言いがたい統率のないばらばらの動きで突っ込んでくる。槍を構える神雕軍の兵士たちも余裕満々と集団を見据えていた。

「コヴァクス、指揮を」

 シァンドロスにうながされ、

「かかれ!」

 と剣を采配がわりに、勢いよく切っ先を集団にむけ、号令を下した。

 さすれば神雕軍のファランクス陣形の槍ぶすまは陣形をくずさないととのった動きを見せ、怒号を放ち集団に突っ込んでゆき。

 槍ぶすまは相手の得物をすりぬけ、胴体を貫く。

 一気に十人、前列の兵士一人一突きで相手を一人しとめると、槍に貫かれた相手の身体を振り払いながらすかさず二つにわかれ二列目に道をあける。

 同じように、二列目の槍ぶすまはすかさず一人一突きで一人をしとめ。しめて、一気に二十人からの敵をしとめた。

 武装集団に動揺が広がる。

「ちぇ」

 コヴァクスは忌々しく舌打ちする。

「ニコレット、後方に控える騎馬隊を呼べ。策は無用だった」

「はい」

 兄の指示を受け、ニコレットは愛馬・白龍号を駆けさせる。

 シァンドロスが「笑止」と笑ったとおり、集団は最初の槍ぶすまに怖じてさっさと逃げ出す始末。

(そこまで弱いとは)

 相手の力量がわからず、策を講じたのだが、その必要もなかった。

「止まれ!」

 コヴァクスは神雕軍の兵士たちに命じ、追うのをやめさせた。神雕軍は号令どおり、ぴたりとうごきをとめ、逃げる武装集団を見送ってゆく。

 どっと怒涛のような馬蹄の響きとともに、一陣の風と騎馬隊は駆け武装集団を追いかけてゆく。

 馬蹄の響きにおそれをなし、武装集団は恥じも外聞もなく、命からがらにげるのみ。

「なんだあいつら、てんで弱いじゃないか」

 後ろにさがっていたバルバロネは呆れたように言う。

 しかしコヴァクスは面白くなさそうだ。

 シァンドロスは面白そうだが、感想はコヴァクスと同じようだ。

「こやつらごときに、策など無用。むしろ策を講じた我らの用心を恥じるべきだな」

 騎馬隊、といっても十騎たらずの騎士たちは後ろから容赦なく武装集団を討ち取ってゆく。

「ぎゃ」

 という悲鳴をあげ、斃れたのはあの逃げた男だった。しとめたのはイギィプトマイオスだった。

 ペーハスティルオーンは同僚を見つめ、ふうと一つため息。

「くだらぬ相手のために、剣を汚すとは」

 忌々しそうに剣を振り血を払う。

 その剣風に吹かれるように、武装集団は散り散りになり、神雕軍の兵たちは馬鹿馬鹿しくなって追うのをやめた。


「オレも幾度か戦場を駆け抜けたが、あやつらほど弱い者どもは初めてだ」

「そうだな。山賊盗賊の類は、弱い。あっけないほどにな」

「仕方ないさ。あいつら、もとは平民なんだもん」

 コヴァクスとシァンドロスの話に割って入るのは、バルバロネだった。

「戦争でいっさいがっさいなくしちまって、それでやけのやんぱちになって、頭がおかしくなっちまったのさ」

「……」

 コヴァクス無言。彼らは元は平民だったというのか。なら、本来は守るべき人々であったということではないか。

 ニコレットも気まずそうにしている。

「あやつらに情けなどいらぬ」

 シァンドロスは冷ややかだ。

 コヴァクスは敢えて反論しなかった。どう反論してよいのかわからなかった。しかしバルバロネはシァンドロスと同意見だった。

 斧でかるく肩をたたきながら、吐き捨てるように、

「どさくさにまぎれて、女を犯す、金を奪う、人を殺す。やりたい放題さ。もとが平民と言ったって、根があくどいヤツらなんだよ」

 そうだろうか。とニコレットは言いたかった。が、彼女もまた色違いの瞳を揺らし無言で愛馬を歩かせる。

 神雕軍は慌てずゆっくりと、アウトモタードロム山へと進んだ。

 相手の力量もわかったことであるし、慌てることはなかった。

 進むにつれ、こぶのように盛り上がった小山が見えてきた。

 アウトモタードロム山だ。

 アウトモタードロム山の頂きには、小さいながらも石造りのいかめしい要塞がそびえている。あの中に悪党どもがおり、また武器や食料もある。

 食事の支度をしているのか、煙が上がっている。いやそれとも、戦いの狼煙か。

 アウトモタードロム山自体は、愛嬌さえ感じるこぶのような小山なのだが、要塞は石のレンガで頑丈に組み立てられ、その様相もちょっとした城のようで山賊が建てたとは思えなかった。

「このアウトモタードロム山の要塞は、もとは若い騎士の訓練のために造られたものでございますが、この乱世、山賊どもにのっとられ敢え無くも山賊の根城としてのはずかしめを受けております」

 と言うのはガッリアスネスだった。

「騎士としての使命感と希望の城が、いまや山賊の根城か」

 イギィプトマイオスは哀れそうにつぶやいたあと、不敵にシァンドロスを見据え、それからコヴァクスとニコレットを見据えた。

「だが、今日より革命の城となるのですな。小龍公、小龍公女、励まれよ!」

 突然何を言い出すのだ、と思いつつ、冗談ではなく善意で言っているイギィプトマイオスに、コヴァクスとニコレットは頷いた。

(革命か……)

 そうだ、自分たちがしようとしているのは、革命ではないのか。

 リジェカは権力に取り憑かれた王侯貴族のための戦乱によって荒れて、民も苦しみ流民として彷徨うか、山賊として狼藉を働くか、いずれでなくとも、いつ全てが失われるのかわからぬ不安に苛まされて、ともすれば人間としての尊厳を捨てさせられる人生を歩まされている。

 それに終止符を打つのだ。

 そのためには、独自の戦力を持ちそれを新生ドラゴン騎士団とし、心改めぬ王侯貴族を追い、民に安寧をもたらさねばならぬ。

 まさに革命ではないか。

 国を追われた身でありながら、他国に革命を起こすことになろうとは。

「そら、希望がやって来たぞ」

 シァンドロスは冗談めかして指差す先に、武装集団が迫ってくる。

 仲間たちがやられて、その意趣返しのために総力を挙げて打って出たのだろう。

 先頭には、ぼろをまとうそまつな身なりながらも、筋骨たくましい大馬に打ち跨り、もろ手に大剣を握りしめた、これまた筋骨たくましい大柄な男がこちらに向かって突っ込んできていた。

「あやつがエリプマヴです」

 ガッリアスネスが指差して言う。他は知らず、さすが頭領だけあってエリプマヴは強そうだ。

 その力量を察して、すこしばかりの緊張が走った。

「希望は己の手で掴み取るものだ。そうだろう、コヴァクス」

 シァンドロスの言葉に、頷きもせず、

「手出し無用!」

 とエリプマヴ目掛けて愛馬を突っ走らせた。

 

 コヴァクスは剣をかかげ、エリプマヴめがけて突っ込む。

 後ろで、お兄さま! と叫ぶニコレットの声が聞こえた。その手綱はシァンドロスが掴み、ついてゆかせない。

「そなたは兄を信じぬのか」

「信じております。しかし、お兄さまおひとりにあの山賊ども。あまりにも不利。それなのに、あなたたちは動いてはくれぬのですか!」

 その通り、神雕軍は動かぬ。コヴァクスの背中を見送るばかり。シァンドロスが号令を下さぬので、動くに動けぬのだ。

 希望は己の手で掴み取る、とは、ひとりでゆけ、ということだったのか。

 色違いの瞳を光らせ、シァンドロスを見据えるニコレット。

 ソシエタスは気をもみ成り行きを見守っている。

 クネクトヴァとカトゥカはバルバロネがよく面倒を見ている。

 幼いふたりは、心配そうにコヴァクスの背中を見送るしかすべがなかった。

 そうしているうちに、コヴァクスは武装集団の真っ只中につっこみ、我武者羅に剣を振るった。

「神よ、小龍公を守りたまえ」

 両手をかたく握り合わせ、クネクトヴァは神に祈った。カトゥカも同じように、神に祈った。

 バルバロネは不思議そうにしている。

「神なんか信じてるのかい、あんたたち」

 とは言わない。

 さすがにそれを言うのははばかられたが、内心、あてにならないものをよくもまあ、と呆れていた。

 バルバロネは無神論者だった。

 それは別として、コヴァクスひとりに行かせるのは無理があるとは思っていた。

 自分たちも助太刀にゆかねば、いかに奮闘しようとも、いずれ数に圧されてしまうのではないか。

 エリプマヴは卑怯にも、先頭に立ちながらさっさと武装集団の中に隠れてしまった。

 コヴァクスは勇戦し雑魚を吹き飛ばす。

「エリプマヴとやら、貴様も男ならオレと雌雄を決せぬかッ!」

 雑魚をなぎ払いながら、エリプマヴを追うも、やつは子分の後ろに隠れるのみ。武装集団の数はさきほどと同じ百ほどか。

「馬鹿野郎めッ。真正直にやりあうものか。きれいごとの好きなお花畑の騎士様よ」

 あからさまな嘲笑をコヴァクスにぶつけながら、子分どもにばかり戦わせてエリプマヴは見かけに似合わず兎のようにあちこちを駆け回っている。

「卑怯者めッ!」

「卑怯で結構。誇りなんぞで飯が食えるか」

「誇りなんぞで、女が抱けるかってんだ」

 集団の中からそんな声が聞こえた。子分どもも、戦うのはコヴァクスひとりと侮りきっていた。

「なんでえなんでえ、あいつらは張子の虎かい」

 動こうとしない神雕軍に向けても嘲笑が飛ぶ。それが聞こえぬわけではないが、

「聞いたか。天に向けて唾が吐かれた」

 とシァンドロスは言い返すのみ。

「その手を放して!」

「ならぬ」

「なぜ? 対等の仲間の言うことが聞けないの」

「対等の仲間であるからこそ、だ」

 シァンドロスの手はニコレットの愛馬・白龍号の手綱をかたく握りしめている。

 ソシエタスも、さすがにバルバロネも、気が気でない。いかにコヴァクスが勇敢だとて、ひとりで百人からを討ち果たせるとは思えない。

 とはいえ、勝手に動けば、神雕軍はどうするのか。

 コヴァクスは奮戦するも、数に翻弄されている。武装集団の子分どもも少しは頭を使い、本気でコヴァクスと当たらず、取り囲んでは剣先や槍の穂先を突き出し挑発しては逃げ出し、また取り囲んでは逃げ出しを繰り返している。

 最初こそ雑魚を吹き飛ばす勢いを見せたものの、狡猾にも、敵は剣風をかわすすべを見出したようだ。

「なんという卑劣!」

 コヴァクス強く歯軋りする。

 いかににっくきタールコでさえ、そのような卑怯は見せなかったというのに。このまま行けばコヴァクスは疲れ、討たれてしまう危険があった。

「ほう、やつら少しは頭を使うようだ」

 感心したようにシァンドロスはつぶやく。

 色違いの瞳は鋭く光り、ニコレットは奥歯を噛みしめ、愛馬から飛び降りコヴァクスの助太刀に走った。

「ええい、オレもゆくぞ!」

「あたしもだよ!」

 小龍公女ニコレットが駆けるを見て、ソシエタスとバルバロネも駆ける。

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