第八章 革命 Ⅱ
シァンドロス率いる神雕軍と、その力を借りるドラゴン騎士団のコヴァクスたち。
勇ましく駒を進める一方で、歩兵もいるためそれほど飛ばすことはできず。進んでは休み、進んでは休みを繰り返していた。
コヴァクスはまるで時が止まっているかのように焦燥感をにじませている。その一方でシァンドロスは物見遊山のような気分で上機嫌だ。神雕軍の兵たちも、腕が鳴ると手に唾して得物を強く握り、賊との戦いを楽しみにしている。
後ろの方で、ソシエタスはカトゥカとクネクトバの面倒を見ている。馬を失い徒歩とならざるを得ない彼は幼いふたりの面倒を見させられていた。
おさないふたりは、心ここにあらずという顔をして、ソシエタスは気の毒に思いながら、よく面倒を見た。
バルバロネといえば、彼女も徒歩ながらよく健脚を見せて、面白そうにシァンドロスを見ている。
知り合って間もない男を興味津々と見つめるバルバロネを、ニコレットは不思議に思い、内心驚きもする。
出発から三日、グロヴァーニクに着いた。
北方に高い山々が長城のようにそびえている。その山を越えれば、オンガルリだ。コヴァクスらは、胸に沁みるものを覚えた。が、それを振り切った。
グロヴァーニクは北方に山がそびえている以外は比較的平らで、行軍はさほど難しくはなかった。
行軍する荒野の道はふたまたにわかれている。
右に行けば、グロヴァーニク地方の中心街フィウメにゆき、左にゆけばアウトモタードロム山という小山に続く。
地理に精通している者が周囲の地形や山の形を見定め、グロヴァーニクに着いたことを告げる。
その男はガッリアスネスといい、騎馬兵であるとともに、つねに書をしたためるための羊皮紙にペン、インクを携えていた。
ガッリアスネス三十五歳はコヴァクスやシァンドロスより頭一つ抜きん出た長身に鍛え上げられた身体を持つ精悍な男で、その黒髪に黒い瞳はつねに艶よく、黒光りに光っていた。
が、その面持ちは優しく、体躯と裏腹に人を払いのけるような威圧はない。
シァンドロスに仕える前は、斥候として主に北方を探索し、その報告をよくしたためていた。ということは、修羅場をくぐり抜ける力と洞察力と、それを表現する文章力がある。
シァンドロスは彼のその素質を買い、自ら編成した神雕軍に入れ、己の業績を後世に伝える書物を書き残させるために同行させている。
「しかしまあ、私が来たときから、随分と荒れてしまっていますな」
とガッリアスネスは嘆息し、また、
「よもや、オンガルリがそのようなことになっているとは。私が来ていたとき、ドラゴン騎士団は、大龍公は本当に素晴らしかったのに」
とももらした。
オンガルリにも来たことがあるという。
斥候をつとめる者ですら見抜けぬ国や人の運命やゆくすえに、ガッリアスネスは素直に驚き、大龍公の子である小龍公と小龍公女と行動をともにする自らの運命にも驚きを隠せないようだった。
「こたびの戦いで勝利し、道を大きく拓くことが出来れば、私は、あなたたちを題材にして、後世に語り継がれる英雄の物語を書き記しましょう」
と、グロヴァーニクを目指す途中コヴァクスに言った。
彼の言葉にコヴァクスは頷き、頼む、と言った。
ガッリアスネスはシァンドロスに比べて付き合いやすい男だった。
ともあれ、ガッリアスネスが、グロヴァーニクに到着したことをつげるとともに、一行は慌しくなる。
「このグロヴァーニクのアウトモタードロム山に、エリプマヴという輩がならず者を率いて立てこもり山賊働きをしていましたが。いまだ健在……。あやつの所業は、人の生き血をすするがごとく」
「それはヴーゴスネアの王侯貴族どもも同じであろう」
すかさず突っ込みを入れるシァンドロス。ガッリアスネスは冷静に「御意」と受け流す。
ざっ。
と音がした。と思えば、茂みの中男が一人、目を剥いてこちらを見据えており。
「誰だ!」
と兵士の一人が叫ぶと、脱兎のごとく逃げ出す。
「追え」
シァンドロスは余裕をもって男の後をつける。男は必死の思いで逃げまくり、その甲斐あってなかなかの俊足ぶりを見せた。
シァンドロスは不敵に笑って、しばらく追ったあと、
「とまれ!」
と号令をかけ、隊の足を止めた。
「なぜとめる」
コヴァクスは目をいからしシァンドロスに詰め寄る。しかし、王太子は不敵な笑みを浮かべコヴァクスの様子などおかまいない。
「心配するな。いずれ、あの男はもどってくる。大勢の友とともにな」
「なんだと?」
「わからぬか。よくそれで軍を率いたものだ」
「お待ちを。その言葉はあまりに無礼。対等の仲間として礼節を欠いてはおりませぬか。さあ、お兄さまに無礼のお詫びを」
高飛車なシァンドロスに、ニコレットは色違いの瞳を光らせて抗議の声を上げた。
形の良い眉も逆立ち、じっとシァンドロスを見据える。ということは、色違いの瞳にうつるシァンドロスは、深い興味を持った女性に見つめられているとご満悦の呈で、ニコレットを見返していた。
「や、そうであったな。許せ、口が過ぎた」
「いや、かまわぬ……」
コヴァクスはばつが悪そうに頷く。
神雕軍の兵士のほとんどは、忠誠を誓う王太子に迫るニコレットを鋭い眼差しで見ていた。
が、ペーハスティルオーンとガッリアスネス、またシァンドロスお気に入りの騎士の一人イギィプトマイオス二十二歳は互いに視線を交し合って、おかしそうに笑う。
バルバロネといえば、これもまたいたずらっぽく笑っている。
で、当のシァンドロスも、面白そうにしている。主が全然気にしていないどころか、友好的なので神雕軍の兵士たちも必要以上に怒るそぶりは見せるのをやめた。
ソシエタスにクネクトヴァ、カトゥカはその様子を、呆気にとられて見ていた。
ふと、コヴァクスはシァンドロスの真意をようやく汲み取った。
「そうか、ここで、男が仲間を引き連れてくるのを待つのだな」
「そうだ。山塞にこもられたら面倒なのでな」
「しかし、来るでしょうか」
ニコレットは心配そうだ。もし来なければ無駄待ちだ。しかしシァンドロスは絶対の自信があるようだった。
「さて、これから、奴らが来るまでをどう過ごす」
すいっと流すように、コヴァクスに意見をうかがった。用兵術を見せてくれ、と言っているのは察しがついた。
そばでニコレットはじっと兄を見つめている。
「そうだな……」
ぴん、と思いつき。騎馬隊に目を向ける。
「騎乗の者は、我らを残して、すべてさがれ。我らが見えなくなるところまで、さがれ」
「ほう、なぜそうする」
「知れたこと。敵を油断させるためです」
すかさずニコレットが兄の考えを代弁する。シァンドロスは笑顔で頷く。
「つまりは、騎兵がなく歩兵のみであるを敵に見せて、安堵させるのだな」
「そこで、賊どもは安心して突っ込んでくる。オレたちも刃を交えながらさがり……」
「後ろに控える騎馬を見せて仰天させるのだな」
「そうだ」
「しかし」
シァンドロスは引っ掛かると言いたげにコヴァクスに問う。
「騎馬隊は見られている。騎馬隊がなければあやしく思い用心するのではないかな」
「それは大丈夫だろう」
「なぜだ」
「あの男はひどく慌てていた。見たか、あの目の剥きようを。まるで目の前に悪魔がいるかのようで、走り出す前から手は空をつかもうと震えていた。それから、腰に巻いた布を大事そうに抑えて走っていたな」
「うむ」
男が目を剥き驚いて逃げ出したのは一瞬の出来事だ。その一瞬で、男の驚いた様をよく覚えているとは。
「おそらく一仕事しての帰りにでくわしただけで、見張りではあるまい」
腰に巻いた布には、ぶんどったお宝でもつめこんでいただろう。完全に恐慌を来たしていた男が仲間を引き連れてきたところで、騎馬隊がなくても、あれは見間違いであったか、と深く考えずに安堵する、というのを、コヴァクスは思い描いていた。
「それより、時間がありませぬ。騎馬隊を」
「そうだな」
シァンドロスは騎馬隊にさがるように命じ、騎馬隊もそれに従った。ソシエタスやバルバロネもクネクトヴァとカトゥカをともなって騎馬隊とともにさがった。
騎馬隊が見えなくなるのを見送り、槍を構えた歩兵たちを配置する。一列の人数は十人。以下十人の列を四つ並べて。
先頭の槍ぶすまが、さあ来いと賊の到来を待ち構えていた。二列目の槍から徐々に起き上がって四列目には、穂先を天に向けて堂々とそそり立つ。
シァンドロスにコヴァクス、ニコレットはすでに剣を抜きはなち歩兵たちの後ろで賊を待ち構えている。
先頭に立ちたかったコヴァクスにニコレットだが、ここは後ろで待てとシァンドロスに言われてそれに従った。
この歩兵たちがどういう働きを見せてくれるのが、大変興味があった。
「この陣形はファランクスという。彼らの働きを楽しみにしていろ」
シァンドロスは余裕の笑顔だ。コヴァクスにニコレットは、勝てる見込みはあるが、笑顔をつくる余裕はなかった。
やがて、ざわめく声に轟く馬蹄の音が響きだす。