第七章 試練はつづく Ⅲ
唖然とする一同。
確かにリジェカ、いやヴーゴスネアは荒れている。付け入る隙はありそうである、なによりそのために、国を出てヴーゴスネアに来たのではないか。
しかし早速理想と現実の狭間に落ち込み、いささか前後不覚になっているのも否めない。
国が荒れ国土が荒れ民心も荒れる、ということがどういうことか見せ付けられて、はじめて思い知らされる現実というか。
「そなたたちがこの地に来たのは、なんのためだ。国一つ獲れぬようで、どうして大義が成し遂げられる」
「……」
コヴァクスらは口をつぐんで黙り込んだ。シァンドロスの言うとおりだった。
拳を強く握りしめる。
「わかった。力を貸せ」
と、コヴァクスは言った。
「よろしい。力を貸そう」
ニコレットやソシエタスは、何を言うんだ、と言いたそうにコヴァクスを見ている。しかしコヴァクスの眼光は鋭く、反論を許さない。
(これしかない)
その判断が正しいとか、間違っているとか、もうそんなことは問題ではなかった。ゆくしかない、それのみであった。
ニコレットは色違いの瞳を揺らし、シァンドロスをせかす兄を見据えている。
それに気付かぬコヴァクスではない。しかし、敢えて無視した。
ソシエタスも、バルバロネも、現実を受け入れることにした。
ただカトゥカとクネクトヴァは、意志定まらず。
が、これは無視した。最初から戦力には入れていない。
「で、どうするんだ。このまま、リジェカ王のいる城へ攻め込むのか」
「まさか。それは無謀というものだ」
わずかばかりの人数で国を出ているのに似合わぬ言い草である。だがその通りでもある。シァンドロスは話を持ち出した時点で、何か考えがあったようだ。
ふと、ニコレットを見た。
身体から力が抜けて、疲れているようだ。無理もないことだ。その金髪が、力なく垂れ下がり頬に張り付いている。
「まずは今日一日は休む。出発は明日だ。英気を養え」
王太子そのものの命令であった。コヴァクスは内心舌打ちする思いをおさえ、頷く。
それからシァンドロスはペーハスティルオーンに命じ、またペーハスティルオーンは五十人からなる神雕軍の兵士たちに休養を伝えた。
自然彼らの顔がほころぶ。兵士は国を出てから走り続け戦い続けてきたのだ、一日の休みはありがたかった。
兵士たちは思い思いに家屋を物色し、または狩りに行く者もあった。
それをソシエタスは複雑な心境で眺めていた。
望みがかなえば、戻ったコヴァクスとニコレットと、そして赤い兵団とともに安全なオンガルリの難民避難地へとゆけたのに。
自分たちのことは、冬が来ようがどうにでもなる。
しかし、思わぬ成り行きからリジェカを攻め獲る方向にいってしまった。
いったいどうやってリジェカを攻め獲るというのだろう。
シァンドロスは不敵な笑みをうかべ、ペーハスティルオーンをともないながら、
「来い。今夜はゆっくり話そう」
とコヴァクスらを招いた。
集落で一番大きな家へ、当然という風に入ろうとすると、ペーハスティルオーンをはじめ部下らがまず入り中を見回り安全を確認するとともに、一晩寝泊りが出来るよう家の中の整理整頓をはじめた。
といっても、中には使えそうなものはなく廃墟と化していたが。だが屋根はある。いかに王太子とはいえ、戦場を遊びの庭として育ったためか床に寝転がることさえ平気そうだった。
満足げに中に入り、荒れた家具がわずかに残る家の中を見回す。
二階建てのその家は、一階はそれなりに広い。シァンドロスは床にすわると、ペーハスティルオーンも続いて座り、コヴァクスらも続き、輪になって座る。
兵士が一人、杯と器をくばり、また別の兵士が杯に酒をそそぎ兵糧用の干し肉を器に置いてゆく。
よく訓練されたことだった。
玄関には兵士が二名、槍を持って立っている。それ以外にも、十名ほど兵士が警護についている。
廃墟の家は、シァンドロスが入った途端にまるで城塞のようになった。
またシァンドロスが発するのか、寒々としていた家の中の空気はやや熱をおび、明るささえ増したようだった。
威光とでもいおうか、シァンドロスにはそれがそなわっているようだ。
「リジェカを攻め獲れ、と言ったが、さてそのままリジェカ王を攻めると思ったか」
おかしそうに、シァンドロスは言う。
図星をつかれ、コヴァクスは苦笑し頷く。
「馬鹿正直に、直接王を攻めることはない。そうだな、赤い兵団のことを思い出せ。まずは、お前たちが赤い兵団のようになる必要がある」
「どういうことだ」
酒の入った杯を手にとり、
「まあ、まずは乾杯だ。我らの前途に祝福あらんことを」
話の続きを言うより先に、さっと杯を掲げた。ペーハスティルオーンも掲げる。コヴァクスも遅れじと杯を掲げた。
ニコレットとソシエタス、バルバロネにカトゥカ、クネクトヴァも戸惑い気味に杯を掲げた。
「我らの前途に祝福あらんことを。戦神の加護あらんことを。乾杯!」
言い終わるや掲げた杯を口元にはこび、一気に飲み干す。