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第七章 試練はつづく Ⅱ

 コヴァクスとニコレットが旅立って三日目。

 太陽隠れる灰色の空の日であった。

 バルバロネらは食料を確保するために狩りに出かけ、幸いにも猪や鳥などの獲物を得ることが出来た。

 六魔の騒ぎ以来盗賊も来ず、戦争もなく、徐々に人々の心に落ち着きが出てきた。

 そう思った矢先のことだった。

「女房子どもの仇だ!」

「なにをするの!」

 集落で争いが起こった。

 難民らは前からの知り合いというわけではない。それぞれ出自がばらばらで、戦争から逃げ惑う中で知り合い、ともに逃避行をするようになったのがほとんどだ。

「オレはダメドの兵に、家族を殺された! ダメドの人間は、皆、仇だ!」

「馬鹿なことを言わないで。私たちはダメドの生まれだけど、あなたに怨まれる覚えはないわ」

「そんなもの、関係ない! オレは女房子どもに誓ったんだ。ダメドの人間を皆殺しにすると!」

 悲鳴があがり、ソシエタスとバルバロネは急いで駆けつけた。

「……」 

 ソシエタスは息を呑んだ。

 女性とその子どもである幼い女の子が、無残に剣で刺し殺されていた。

 男は剣を手にして、哀れな親子のなきがらを凝視していた。

「お前、なんということをするのだ!」

 ソシエタスは怒り男をとらえようとした。理由はどうあれ、これから力を合わせていかなければいけないときに、私怨で人殺しなど、あってはならないことだった。

 しかし。

「うるさい! オレはダメドのせいですべてを失った。もうなにもかも、どうなろうと知ったことではない。オレの望みはただひとつ、ダメドの人間を皆殺しにすることだ!」

 男はエスダ出身である。エスダとダメドは激しい戦争を繰り広げていた。男はその戦争で家族を失った。

 怨みを胸に抱きつつ戦争から逃げ惑って難民の中に入っていたが、怨みは募るばかりでいよいよ抑えきれないものになったようだった。

「馬鹿な!」

 ソシエタスは男を哀れに思いつつも、私怨を抑えきれないような人間をこのままにしておけぬと、捕らえようとしたが。

「やめて! やめて!」

 というカトゥカの叫び。何事と思えば、また別のところで今度は白髪の年老いた女性が鍬で五つほどの男の子を滅多打ちにしていた。

「お婆さん! なにをするんですか!」

 クネクトヴァは急いで老婆をおさえた。

「こんなことをされては、神が悲しまれます」

「ふん、神なんか、糞喰らえだね!」

 老婆の口からとんでもない言葉が飛び出し、クネクトヴァとカトゥカは仰天した。この老婆は普段おとなしいのに、なぜ突然こんなことを。

「あたしゃ日ごろ神様を信じて、寄付もしてきたさ。だけど、神様はあたしに何をしたってんだい。この歳になって、リジェカの兵に息子夫婦や孫を殺されて、いっさいがっさいがなくなっちまった。これが神につくしたあたしへの報いなのかい」

 クネクトヴァは老婆を抑えながらも、背筋が凍りつきそうなのを禁じえなかった。

 カトゥカは慌てて男の子に手を差し伸べたが、もうすでにこと切れていた。

 この子どもはリジェカの生まれで、戦争孤児で、難民に拾われともに逃避行の旅をしていた。覚えたての言葉は確かにリジェカなまりがあり、それが老婆の怨みを湧き上がらせてしまったようだが。

 しかし、まさかこんなことになるとは……。

「そんな、かわいそうよ」

 カトゥカは涙を流しながら男の子のなきがらを抱きしめた。子どもには何の罪もない、それどころか、同じ戦争の犠牲者であるのに。

 クネクトヴァは言葉もない。目の前の悲劇に、思わず力が抜け、老婆はいましめから抜け出し、地面につっぷし泣きじゃくった。

 と思ったら、あちらこちらから一斉に、わっと叫び声が響きだし、難民たちが互いに争い始めたではないか。

「あっ!」

 クネクトヴァは絶句した。

 さきほどの老婆は、地面に突っ伏したまま、難民たちに取り囲まれ殴る蹴るの暴行を受け、声にならぬ声の悲鳴を上げた。

 それはリジェカの人々による、リジェカの子どもが無残に殺されたことの復讐だった。

 そうかと思えば、エスダ生まれの男は、ダメドの親子を殺したことでダメドの難民たちに取り囲まれて、老婆と同様殴る蹴るの暴行を受け、これもまた声にならぬ声の悲鳴を上げていた。

 それ以外でも、争いは広がりとどまることを知らなかった。

「やめろ、やめないか!」

 バルバロネやソシエタスは懸命にとめたが、難民はそれぞれの出身にわかれて争うばかり。だれもが燃え上がる復讐の念をどうすることも出来ず、憎しみのまま争っていた。


 それからは、あまり覚えていない。

 ソシエタスもバルバロネも、クネクトヴァもカトゥカも、憎しみ渦巻く争いをどうしようもなく。また自身にも危険が迫り、身を守るためにやむなく集落を離れざるを得なかった。

 難民の人々は、争いに争い、ついには散り散りばらばらになって、集落を離れていった。みんながどこへいったのか、わからない。

 悲惨な現実を前に、ソシエタスらも心が張り裂けそうだった。しかし、帰ってくるであろうコヴァクスとニコレットを待つため集落にとどまった。

「人の心は、なんとも恐ろしいものでございます。悲劇に翻弄された人々が、憎しみにとりつかれ、悲劇を繰り返してしまう。それがし、生まれて初めて、身も心も引き裂かれそうな気持ちでいっぱいです」

 訓練された騎士のソシエタスでさえそうなのだから、クネクトヴァとカトゥカの落胆推して知るべきであった。幸いにというのも変だが、バルバロネは傭兵として底辺の人々と交わり、人の醜さに対し免疫があるおかげか、さほど気落ちはなさそうだが、それでも胸には重いものがたくさん詰まっているのは間違いなさそうだった。

「そんな、そんなのって……」

 ニコレットは絶句し、コヴァクスは言葉なく口を真一文字につぐんでいる。

 重い沈黙があたりを包んだ。

 シァンドロスや神雕軍のことは忘れ去られたように。

「一箇所にとどまって、少しでも気持ちが落ち着いたのが、争いの原因のようですな。移動に移動を重ねそれに夢中になっていれば、人を怨むどころではなかったかもしれぬ。なまじ落ち着いたために、怨みが顔を覗かせた……」

 ずけずけと、空気を読んでいないのか読んだ上で言っているのか。言葉を発したのは、シァンドロスの腹心、ペーハスティルオーンであった。

「なんだと!」

 思わず振り向きペーハスティルオーンをにらむコヴァクス。交わす視線に火花散り、一触即発の危険性さえはらんでいた。

 ペーハスティルオーンの言い草には、コヴァクスだけでなくニコレットにソシエタス、バルバロネにクネクトヴァ、カトゥカも怒りを覚え、じっと鋭い視線を飛ばす。

「いやこれは、失敬。そこもとらを怒らせるつもりはなかった、許したまえ」

 首をすくめる仕草を見せペーハスティルオーンは詫びたが、どこか心がこもっていないように感じられる。

 シァンドロスに神雕軍はとめようとするでもなく、成り行きを見守っている。

 守ろうとした人々が争い合って、離散してしまうということにコヴァクスらはひどい衝撃を覚える一方、シァンドロスら神雕軍は別に気の毒に思う様子も見せぬ。

 それどころか、

(オンガルリの人間はどこかお人好しなところがあると聞いたが、その通りだな)

 とさえ思っていた。

 国が比較的平和で、時々国防のために戦ってきたコヴァクスらに対して、旧ヴーゴスネアの戦乱にソケドキアの独立と、シァンドロスや神雕軍は戦争の中で育ってきた。

 そのために、難民の人々に対する意識の差が出たのであろうか。同じ難民でも、コヴァクスらにとっては守るべき人々であるのに対し、戦乱の中では難民同士が争うのも当たり前のことであると、これをやむなしと、受け入れるシァンドロスたち。

 しかしだからと言って、自分たちまでが意識の差のために争いを起こすのもまた愚かである。ことにドラヴリフトの遺志があれば、無駄な争いを起こすわけには行かなかった。

 それを察したのはシァンドロスであった。

「起こってしまった事はやむをえぬ。いつまでも嘆いているわけにはいくまい。これからどうするかを、考えねばならぬのではないか」

 正論ではあるが、コヴァクスは白黒つけがたかった。

 やろうとしたことが裏目に出た衝撃は、簡単にはおさまらない。人の気も知らないで、と言いたそうにコヴァクスはシァンドロスを一瞥する。ニコレットは戸惑い返事を出しかねている。

 だがソシエタスにバルバロネはかろうじて、その通りだ、と思い苦々しそうにしつつも頷く。

「オレに考えがある。リジェカ公国を、攻め獲るのだ」

 突然のシァンドロスの提案に、一同言葉もない。いきなり何を言い出すのだ、と。そもそも、コヴァクスらが旧ヴーゴスネアに来たのは、国を獲るためではない。

「戦争に戦争を重ねろ、と言うのか」

 馬鹿にするな、とコヴァクスは言い返した。シァンドロスはコヴァクスの睨みに肩をすくめる仕草をし、軽く笑うと下馬し一同の輪の中に入った。

 クネクトヴァとカトゥカは押し黙ったまま成り行きに身を任せている。

「いかに不遜なオレとて、お前たちを盗賊と見なすほど不遜ではないぞ。見損なわないでほしいものだな」

 そう前置きして、一同を見渡す。

 オンガルリの貴族の子女に騎士、十を少ししか過ぎておらぬ少年と少女、蛮族らしき褐色の肌の女戦士。

(なんとも不ぞろいなあつまりだな)

 どういういきさつで知り合ったかは追々聞くとして、まず自分の考えを率直に述べた。

「リジェカの王となり、民に安らぎを与えられるのは、お前たちしかおらぬ。そう思ったからこそ、リジェカを獲れ、と言った。そのために我らも力を貸そう」

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