第四十一章 夢の終焉 Ⅵ
「神雕王!」
ソケドキアの将兵はシァンドロスの危機を見て、とっさに駆け出そうとする。バルバロネも弾かれるように馬を駆けさす。
だが革命軍がそれを見過ごすわけもなく、
駆け出すバルバロネと将兵を素早く取り囲み、刃を振りかざす。
バルバロネと将兵らは囲まれて、それを突破しようとするも、いかんせん多勢に無勢、またたくまに討たれてゆく。
バルバロネも腕や足を負傷し落馬ながらも、どうにか囲みを突破し、這うようにシァンドロスのそばまで来て。身体を震わせながら、ムスタファーと対峙した。
「女、お前はシァンドロスの情人か」
その必死の形相に、ムスタファーはバルバロネがシァンドロスと男女の仲であることを察した。
シァンドロスはその間に、肩に刺さる剣を抜けば。血がとめどもなく流れ落ち、肩やその周辺を赤く染める。
シァンドロスの利き腕は右腕である。右肩を負傷してしまえば、もはや剣を振るって戦うことはできない。
「お前には関係ない、シァンドロスがだめなら、あたしがお前の相手だ!」
力むバルバロネであったが、彼女も負傷し身体を震わせている。とてもムスタファーの相手などつとまりそうもないのだが、それでも、必死の形相でムスタファーを睨み剣をどうにか構えている。
他の将兵は、ことごとく討たれてゆき。二千五百もいた残りの手勢は、シァンドロスとバルバロネのみしか生き残っていなかったが。
そのふたりの命も、風前の灯だった。
シァンドロスはムスタファーを不敵な笑みで見つめていた。
己を殺すは神か人か、と命運を試してきたシァンドロスであったが、その心中はどんなものであろうか。
「バルバロネ」
「え……」
ムスタファーを見つめながら、シァンドロスはバルバロネを呼んだ。
「剣を貸せ」
それを聞いて、ムスタファーはシァンドロスがまだ戦おうとするのかと思い。
「いいだろう。剣をとれ」
と言った。
そんな傷を負って、ムスタファーと戦えるのか。バルバロネは躊躇した。しかし、シァンドロスはバルバロネに視線をうつし、
「聞こえないのか。剣を貸せ」
と、左手を差し出す。
「……」
しばしムスタファーとシァンドロスとを見交わしていたバルバロネであったが、シァンドロスの視線に圧されて、剣を差し出した。
シァンドロスはバルバロネから剣を受け取ると、起き上がって。ムスタファーを見据えながら、剣を掲げた。
「ムスタファーよ、オレを殺すのが神でなくば、それは、オレ自身だ」
それを聞き、ムスタファーもバルバロネも耳を疑い、驚きシァンドロスをまじまじと見やった。
シァンドロスは左手にもつ剣を、己の首目掛けて振るった。
「シァンドロス!」
バルバロネの絶叫が響く。
剣はシァンドロスの首を断った。
胴はたおれ、その首は地に落ちて転がる。
ムスタファーやイムプルーツァ、パルヴィーンら革命軍らはシァンドロスが自ら首を断つの唖然と見ていた。
「シァンドロス、シァンドロス!」
バルバロネは叫び。シァンドロスの首に呼びかけるが。返事があるわけもなかった。
「己の命運を悟って自害したか……」
イムプルーツァはぽそっとつぶやいた。
バルバロネは身体をひどく震わせながら、シァドロスの首に手を伸べて、胸に抱いた。
ムスタファーはそれを静かに見守っていた。
バルバロネはうつろな目で、シァンドロスの首を胸に抱き。どこかへと歩き出そうとする。
「女、どこへゆく!」
革命軍の将兵や群衆がバルバロネの前に立ちふさがろうとするが。
「行かせてやれ」
とムスタファーは言い。将兵や群衆は戸惑いながらも、命令に従った。
もはや女一人、なにができるであろう。
バルバロネは目がうつろで、夢遊病者のように、歩きながら夢を見ているようであった。
彼女の脳裏には、シァンドロスとの蜜月が走馬灯のように駆け巡っていた。
彼女は今、まさに夢を見ていた。夢が終わったことを悟りながらも、胸に抱くシァンドロスの首の重みを感じながら。
シァンドロスと夢の中でたわむれていた。
群衆や新たなタールコの将兵は嘲笑い、あるいは哀れみの表情をそれぞれ浮かべて、首を抱くバルバロネを見送り。
やがて、その姿は見えなくなり。
以後、バルバロネの姿を見た者はいなかった。




