第四十一章 夢の終焉 Ⅳ
シァンドロスと、手勢の二千五百の将兵らはフェレムの街を出てゆく。それを、街の人々は冷ややかな視線で見送っていた。
シァンドロスの手勢は街から遠ざかってゆき、姿が見えなくなると、人々は口々に、
「やっと出て行ったか」
「革命軍に討たれればいいのに」
「シァンドロスなんか、死んでしまえ」
などなど、思い思いにシァンドロスへの悪口雑言を並び立てた。
畏怖による統治も、その抑えがきかなくなれば心に積み重ねられた憎しみが顔を覗かせて、シァンドロスの破滅を素直に願うようになっていたのだった。
「街の者どもは、オレがムスタファーに殺されるのを、望んでいるであろうな」
シァンドロスはぽつりと、不敵な笑みを浮かべながらつぶやいた。
それを聞いたバルバロネは目をいからせて、
「ヴァルギリアに帰って、態勢を立て直したらフェレムを滅ぼしてやればいいさ。シァンドロスの怖さを思い知らせてやるんだ」
と、言った。
それを聞いて、シァンドロスは、
「そうだな」
と、言った。
将兵らも、異口同音に、
「態勢を立て直し、不心得者どもに誅罰を加えてやりましょうぞ」
と言う。
彼らはシァンドロスがいかなる境遇になろうとも、つききってゆく所存であった。シァンドロスが滅ぶなど、考えてはいないし、たとえ滅ぶともそれは神によるものであると、心の底から信じていた。
このまま進めば、革命王ムスタファー率いる革命軍と真っ向からぶつかることになる。しかし、シァンドロスはかまわず進む。
それこそ、シァンドロスを殺すのは神か人かと、試すかのように。
革命軍との距離は進むたびに縮まってゆく。
五万にまで膨れ上がったムスタファーの軍勢は、シァンドロスがいるというフェレムの街に向かっていたが。息せききって偵察から戻ってきた斥候が、シァンドロスがフェレムの街を出て、まっすぐにこちらに向かってきていることを告げた。
「シァンドロスの奴、このまま我らと当たる気か」
この報せに、ムスタファーはやや驚いた。街に篭って守りを固めるか、出るにしても別方向へゆき自分たちを避けてヴァルギリアへゆくようにするとばかり思っていた。
それが、まっすぐこちらに向かってきているという。
イムプルーツァにパルヴィーンも同じだった。まさか、という思いだった。
「まるで滅ぼしてくれと言わんがばかりですな」
「そうだな……。シァンドロスめ、なにを考えている」
まさかシァンドロスが、自分を殺すのは人ではなく神であるなどと思っているところまで、考えは及ばない。
それでも、シァンドロスが普通の考えをしない人間であることくらいはわかる。
ムスタファーはしばし考え、
「奴がなにを考えていようが、かまわん。我らもこのまま進み、シァンドロスを滅ぼしてくれん」
との号令をくだした。
勘であったが、シァンドロスに策などないと見ていた。悪く言えば、成り行きにすべてを任せるつもりではないか。
(己の命運を試しているのか)
ふと、ムスタファーの脳裏にそう浮かんだ。
(そうはいかん。貴様は、オレが討ち取ってやる)
シァンドロスは、ムスタファーなど眼中にないのだと気付き。心に怒りが芽生える。
かくなるうえは、どうしてもシァンドロスを討ち取ってやろうとムスタファーは決意したのであった。
両者は進む。進むごとに距離も縮まる。
そしてついに、両軍は対面した。
互いの目に、獅子の旗、雕の旗が見える。
見えるや、ムスタファーも、シァンドロスも、間髪を入れず。
「かかれ!」
と号令をくだし。両軍は鬨の声をあげて、ぶつかりあった。
ぶつかり合うといっても、一方は五万、一方は二千五百である。勝負になるわけがない。
それでも、シァンドロス旗下の者たちは得物をかかげて革命軍目掛けて駆けた。
シァンドロスは叫ぶ。
「勇ましく戦い、天界の戦乙女を娶れ!」
つまりは、死ね、ということである。
シァンドロス自身も剣を振るい、革命軍の中に飛び込み愛馬ゴッズを駆けさせた。
ムスタファーも数に任せて様子見を決め込むことはせず、愛馬ザッハークを駆けさせ槍を振るい自ら先頭に立ってソケドキア軍に飛び込んだ。
これに革命軍の蜂起した群衆らは士気を高めたのは言うまでもない。
主将という立場だけで、人は従うとは限らぬ。懸命に戦う者に、人はついてゆくものだ。
そうでなくとも、数は革命軍が有利なのである。蜂起した群衆はソケドキア軍の将兵を取り囲んで容赦なく討ち取ってゆく。
だがソケドキア軍の将兵も死を覚悟し、決してむざむざと討ち取られるようなことはなかった。刃を振るい、返り血を浴びながらひとりでも多くの道連れをつくっていったものだった。
「やるな」
戦況は革命軍有利だが、死をいとわぬソケドキア軍将兵の奮戦、そして憤死に、ムスタファーは感心した。
「シァンドロス、どこだ。貴様はオレ自らが討ち取ってやる!」
迫るソケドキア将兵を槍で薙ぎ払いながら、ムスタファーは叫び。シァンドロスを求めた。そうすれば、
「おう、ムスタファーか。お前にオレが殺せるか、試してみるか!」
と返す者。言うまでもなく、シァンドロスであった。
両者視線を交わし、愛馬を駆けさせて、刃を交えた。




