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第四十一章 夢の終焉 Ⅰ

 シァンドロスはじっと夜空を見上げていた。

 それまで連戦連勝、無敵無敗を誇ったのが、ザークラーイの会戦において大敗を喫し。

 それをきっかけに、ソケドキアは内乱状態になり。それに乗じるように奇跡の再起を果たしたムスタファーが出兵した。

 夜空の、その果てにいるであろう天上の神々は、ついにシァンドロスを滅したもうとするのであろうか。

 イギィプトマイオスは戻ってこない。何の知らせもない。おそらく、戦死したのであろう。

 近しい腹心を立て続けに失い。残るは愛人のバルバロネのみ。

 バルバロネはシァンドロスに寄り添っている。

「オレを殺す者があるとすれば、それは人ではなく、神だ。オレはあくまでも、神に殺されるのだ」

 そう言うと、バルバロネを抱き寄せ。寝台にふたり横たわり、バルバロネを抱いた。

 一夜ふたりは激しく交わり。暁のぼるときになってようやく、眠りについた。

 フェレムの街は緊張感に包まれていた。

 悪い報せが次々ともたらされる。

 各地で蜂起した民衆はムスタファーが旧ユオに入り、まずベラードに向かっているというのを聞いて、ムスタファーの軍勢と合流すべくベラードに向かい。あるいはすでにベラードにたどり着いた民衆はムスタファーの軍勢を待っているという。

 ベラードで蜂起し、一旦はフェレムに向かっていた民衆も、ムスタファーと合流すべくもと来た道を戻ったという。

 一万で出兵した軍勢も、蜂起した民衆をくわえてどんどんと膨れ上がり。その数は数万になるであろう。

 

 さてガッリアスネス。

 悪い報せが舞い降り。どうしたものかと頭を抱えて悩みこんでいたのだが。彼もまた歴戦の勇士であり、いつまでも悩みあぐねるということはなかった。

「ここを、捨てよう」

 部将らを集めての軍議において、そう、思い切ったことを言ったものだった。部将たちはざわめいた。

「ここを、捨てるのでござるか」

「そうだ。捨てる」

神雕王しんちょうおうよりお預かりしたタールコの西部を捨てて、どうするというのでござる。つとめの地を捨てたとあらば、お怒りに触れるは必定」

「それは百も承知。しかし、いまここで手をこまねいていても仕方がない。神雕王はリジェカにおいて大敗を喫し、大変危うい状況にあるという。そこで、ここにある兵力をすべてあつめて、神雕王をお救いにゆくのだ。もうそれしか方法はない」

 ガッリアスネスは部将を見回す。どの顔も、戸惑いは隠せないでいる。

「それとも、他にもっとよい方法があらば、申し出よ」

 部将らは、互いに顔を見合わせ、何もないと首を横に振ったりしている。

「ないか。ならばこれで決まりだ! 早速支度をいたせ!」

 部将にはっぱをかけるように、ガッリアスネスは厳命した。

 いまは迷う時間も惜しいのだ。

 うかうかしているうちに、いまいる旧タールコ西部でも民衆蜂起が起こるかもしれないのだ。そうなってからでは遅いのだ。

 すでに旧ヴーゴスネア五ヵ国で民衆が蜂起し、ムスタファーも出兵していることはガッリアスネスのもとにも届いている。

 旧ヴーゴスネアにゆくのは危険ではあるが、かといってここにいるのも危険なのだ。

 その際、トンディスタンブールの近くを通過せねばならないが、いまムスタファーは出兵して兵の数もそう多くはないはずだ。

 自分たちにトンディスタンブールへの侵攻の意思はないと告げれば、通らせてもらえるかもしれぬし。トンディスタンブールにいるソケドキア人を引き取ることもできるかもしれない。

 部将たちも、戸惑いながらも命令にしたがおうとしたとき。にわかに遠くから遠雷のごとく鬨の声がした。それと同時に、

「一大事でございます!」

 と、将卒が飛び込んでくる。ガッリアスネスは嫌な予感がしながらも

「何事だ!」

 と言えば。

「タールコ人どもが、反乱を起こしました!」

 と言うではないか。

 鬨の声は四方から轟く。

 ガッリアスネスが滞在しているラジェラの街はもちろん、その周囲の街や都市の民衆が蜂起したのだ。

 ついに、とガッリアスネスは顔をしかめ歯噛みした。

「アーベラの要塞の兵はどうしたのだ」

 ラジェラの街の近くにはアーベラの要塞があり、そこにも兵が駐屯している。その兵らがいながらラジェラの街に蜂起した民衆が押し寄せるとはどうしたことであろう。

「わ、わかりませぬ」

 将卒はそう言うのみで、おろおろしながらガッリアスネスを見ている。

(アーベラの要塞は落ちたか。それとも、兵どもは逃げたか……)

 ザークラーイでの会戦においてシァンドロスの人望が一気に落ちてしまったことは、その兵力の減りようから想像に難くなかった。

 聞けばドラゴン騎士団との戦いに敗れた敗残兵を処刑したというではないか。いや、その前には、自国領土内の都市ベラードを壊滅させている。

 なんという短気を起こすのだろう、と思っていたが。そのようなことをすれば、何かの拍子に人望は落ちに落ち、兵士らはシァンドロスを見捨てて我先に逃げ出し。

 民衆は蜂起するではないか。

 思えば、師匠のヤッシカッズはシァンドロスの、ソケドキアのゆくすえを危惧していた。その危惧が、現実のものとなってしまったのだ。

 ガッリアスネスは拳を握りしめ。

「やむをえぬ。迎え撃て!」

 と命令せざるをえなかった。

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