第四十章 終わりと始まり Ⅶ
ムスタファーの軍勢は進む。阻む者なく、草木もなびき、旧ユオの国境を越えた。
さすがに、旧ユオ地域に入ればそれまでのようになんの抵抗もなく進める、ということはなかった。
旧ユオにおいても、民衆蜂起が起こり。各地で守備兵と渡り合っているという。
ある街にいたったときも、そこで蜂起した民衆と守備兵が街を戦場に、激しく渡り合っていた。
「ゆくぞ!」
ムスタファーは捨て置けず、その街へ軍勢を進ませた。
驚いたのは守備兵であった。
民衆の蜂起にくわえて、ムスタファーの軍勢二万が街に襲い掛かったのである。
統治を任された代官は、守備兵を率い蜂起した民衆と戦っていたのだが、突然なだれ込んだムスタファーの軍勢は民衆の側につき、守備兵を薙ぎ払ってゆく。
ムスタファーも槍を振るい、それに続いてイムプルーツァにパルヴィーンも剣を振るい。守備兵を薙いでゆく。
「何奴!」
代官は突如あらわれた軍勢に驚きつつ、勇を鼓してムスタファーの軍勢と渡り合った。
「大将はいずこ!」
と叫ぶのはイムプルーツァであった。名もなき街の代官など、ムスタファー直々に討つこともない。代わりに自分が討ち取ろうという腹であった。
「あ、あれはムスタファー、タールコの軍勢か!」
突如あらわれたムスタファーの軍勢は獅子の旗を掲げていた。
革命王と呼ばれるようになっても、獅子はムスタファーの象徴であった。
代官は、強敵があらわれた事を知り、にわかに恐怖を覚えた。
「これは、いかん」
代官のみならず、守備兵もムスタファーの軍勢の勢いに呑まれ、次々に戦意を喪失していった。
それと対照的に蜂起した民衆はムスタファーの軍勢が味方にくわわってくれたおかげで、勢いを増していった。
守備兵は武器を捨て、背中を見せて逃げ出してゆく。
「ううむ、おのれ」
代官はこの状況をどうしようもなく、
「やむをえぬ」
と己も守備兵とともに逃げ出す始末だった。
「主将はどこだ!」
という叫びが聞こえる。
イムプルーツァが剣を掲げ、守備兵を馬脚で蹴倒しながら代官を捜し求めていた。
代官は慌てて、路地裏へ逃げ。路地裏を伝い、街を出ようとしていた。
その代官を捜すイムプルーツァの背に、ムスタファーが呼びかける。
「イムプルーツァ、代官などどうでもよい。まずこの街を制圧するのだ」
ムスタファーも代官の姿を捜し求めていたが、見つからない。ということは、逃げたのだろうと踏んで。街を占拠することにしたのだった。
「承知!」
逃げた者は放っておいて、イムプルーツァも手勢を率い街の官舎へ駒を進めた。
守備兵の抵抗は、すでになかった。皆ことごとく、逃げ出していた。
シァンドロス大敗の報せはソケドキア領のいたるところに広まっていた。この街でも、それは知られたことだった。
だから民衆は蜂起し、守備兵は士気低く、すぐに逃げ出したのだ。
ムスタファーの軍勢は街の官舎にいたり、官舎に突入して、制圧した。
官舎には十数名の役人や召使いがいるのみで、それらは皆、
「どうか命ばかりはお助けを」
と跪いて助命を求めた。
ムスタファーは乱暴狼藉を戒め、役人や召使いらを許し。
外に出て、街を制圧したことを民衆に宣言した。
「この街はすでにソケドキアから解放された。以後は、新たなタールコの街である。人民よ、これに異存はないか!」
ザッハークの馬上、槍を掲げてムスタファーは叫んだ。
このときになって、民衆は突如あらわれた軍勢がムスタファーの軍勢であったことを知ったかのように目を見開きムスタファーを凝視していた。
ムスタファーといえば、以前旧ヴーゴスネア五ヵ国の古い王を討ち払い、征服して。そのときはよく善政を布いて、人民を大事にしたものだった。
そのことを、民衆は思い出し。
「ムスタファー、あのムスタファー様か!」
狂喜して、ムスタファーの再来をいたくよろこび。
「異議なし!」
「よくぞお帰りになりました!」
と、口々に叫んだものだった。
街を制圧して、新たなタールコの軍勢も喜びをあらわにして。民衆と手を取り合って、
「革命王ムスタファー、万歳!」
そう叫んでいた。
ムスタファーの軍勢にとってこれが最初の戦いであり、勝利であった。
その夜、軍勢は一夜を街で過ごし。兵士は民衆とともに飲めや歌えやの賑わいだった。
ムスタファーにイムプルーツァ、パルヴィーンは官舎にて慎ましやかに勝利を祝い。翌日に備えて、早めに眠りについた。
そのころ、シァンドロスはフェレムの街に滞在していた。
疲れを癒すため。ではない。各地における民衆蜂起の報せがあり、それにくわえて、ムスタファー出兵の報せまでが飛び込み、動くに動けないからだった。
「いま出てゆかれるのは、大変危険かと思われます……」
代官はシァンドロスを慮り。街に滞在し、守りを固めることを進言した。
シァンドロスの手勢は二千五百ほど。それにフェレムの守備兵をくわえて、三千五百ほどであろうか。
かつて二十万の軍勢を率いてリジェカに攻め込んだことを思えば、なんとも落ちぶれてしまったものではなか。
シァンドロスは官舎の窓から空を眺めた。
夜空では月や星星が輝き、下界を見下ろしている。
「神は、ついにオレを殺そうとするか」
ぽそっと、そんなことをシァンドロスはつぶやいた。
そばのバルバロネは何も言えずにシァンドロスに寄り添い、腕を組み、その肩に顔を摺り寄せていた。




