第四十章 終わりと始まり Ⅵ
ザークラーイの会戦における勝利の報せはオンガルリにももたらされて、女王ヴァハルラは心から安堵し。
勝利を祝しての宴をもよおした。
都ルカベストの市民たちもこの勝利を喜び、リジェカの都メガリシと同じように、一夜眠りを忘れて喜びにひたった。
宴において、ルカベスト王城にはオンガルリの王侯貴族が集まり。女王ヴァハルラに祝いの言葉を述べるとともに、ドラゴン騎士団の活躍を讃えた。
「小龍公、小龍公女は、大龍公ドラヴリフト様亡きあと。試練を乗り越えて、よくぞ二ヶ国のために戦われたものでございます。大龍公と、奥方のエルゼヴァス様も天国でお喜びにちがいない」
そう、異口同音に言ったものだった。
ソケドキアからの脅威は取り除かれて、都のみならずオンガルリの国中が安堵していたのはいうまでもなかった。
宴では音楽が奏でられ、吟遊詩人が詩を吟じ。男女は舞踏に興じ。それははなやかなものであり。人々は朗らかに、宴を楽しんでいた。
女王ヴァハルラは子のアーリア王女、オラン王女、カレル王子をともなって。宴に参加し。そばにはさらに数名の侍女やメイドたちが静かに控えていた。
活発なアーリアは宴を心から楽しんでいたが。ふと、なにか思いついたらしく。
「お母さま」
と、母のドレスを引っ張った。
「なんですか、アーリア」
「はい、お母さま。わたくし、よいことを思いつきましたの」
「よいこと?」
「はい。わたくし、リジェカ王のモルテンセン様に、嫁ぎたいと思います!」
「なんですって」
これには、ヴァハルラは面食らった。まだ幼い娘から、突然そんなことを言われて、喜びも吹っ飛ぶというものだ。
「そうそう、モルテンセン様には妹君のマイア様がおられますね。カレルはマイア様を妻に迎え入れたら、いいと思いますの」
「まあ……」
突然のこの言葉にオランもカレルもびっくりしている。が、アーリアはかまわず続ける。
「モルテンセン様は聡明なお方とお聞きします。いずれいずこかに嫁がねばならぬ身ならば、そのモルテンセン様がいいと思うのです。それに、マイア様がカレルに嫁がれれば、オンガルリとリジェカの同盟関係も、さらに強いものになると思いますの。ねえ、どう、お母さま」
「……」
ヴァハルラは聞きながらあいた口がふさがらない。
なんとまだ幼い娘から、結婚のことが飛び出すとは。しかも、二ヶ国の同盟関係まで視野にいれて、これは政略結婚ではないか。
ヴァハルラは目を白黒させて、娘を見ていた。
「……。まだその話は早いでしょう。せめて十六を過ぎてから、あらためてお考えなさい」
「それでは遅いと思いますわ。いま、両国が良好な関係のうちに、さらにそれを堅固なものにするために。いま、婚約をすべきだと思いますわ。お母さま、どうか使者をリジェカに遣わして、そのことをモルテンセン様にお伝えになって」
アーリアじっとヴァハルラの目を見つめて言った。
ソケドキアの危機が取り除かれたとはいえ、オンガルリにはまだ問題がある。王であるバゾイィーの行方が知れず、その捜索もせねばならぬ。まずはそれが先だと、ヴァハルラは思うのだが、それとは別に、アーリアは……。
(アーリアはもしや、恋に恋しているのかも……)
モルテンセンが聡明なることは、オンガルリにも知られている。その話を聞いて、アーリアが少女らしい憧れを抱くのも無理からぬことであろう。
だが王族同士の結婚ともなれば、好きだからというだけではできぬのである。
モルテンセンにその気がなく、突っぱねられることも考えられるし。そうなれば両国の関係は気まずいものとなりかねない。
とはいえ、アーリアはそこまでは考えが及ばず、引き下がらない。
ヴァハルラはやむなく、
「考えておきます」
と言って、その場をやり過ごした。
オンガルリとリジェカの、この二ヶ国は、戦いに勝利したとはいえともに再興されたばかり。宴の一夜過ぎれば、現実を直視し。
すぐさま守りを固め、国造りに専念した。
ザークラーイの会戦での目的は、あくまでもソケドキア軍を撤退させることにあり。それから国境を越えて攻め入り、とどめをさす、というところまで、オンガルリ・リジェカ両国には余力がなかった。
当初はふたたびの来寇もあるかと想定されたが、都であったトンディスタンブールにおいて革命が起こり。旧ヴーゴスネア地域各地でも民衆の蜂起が起こっているという。
ムスタファーも出兵し、シァンドロスを討つと宣言している。
もしかしたら、シァンドロスはムスタファーが討つかもしれない。
そのムスタファーは、その後、オンガルリ・リジェカにとってどういう存在になるのか、非常に気がかりなところではあった。
革命王ムスタファーの軍勢進むごとに、領土は塗り替えられてゆく。
民衆はムスタファーの軍勢を歓呼で見送り、軍勢に加わる者もあり、進むごとに兵力も増していった。
ソケドキアにの支配下にあった旧タールコ西部、トンディスタンブールから旧ユオとの国境までが、新たなタールコの領土となるのだ。
あらぬ女性問題で皇帝の地位から転げ落ちたムスタファーであったが、いまや旭日の勢いで新たなタールコを打ち立てていった。
ムスタファーの軍勢は旧ユオとの国境地帯まで進んだ。そのときには、軍勢は二万まで兵力が増えていた。
士気は高かった。
駒が進むたび、草木もなびいていた




