第四十章 終わりと始まり Ⅴ
ところはかわって、リジェカ。
ザークラーイでの会戦において粘りある戦いにより、ついにソケドキア軍を撤退にいたらしめたオンガルリ・リジェカ連合軍は、ザークラーイ山に一旦集結し勝ち鬨をあげ。
都メガリシに凱旋し、そこでメガリシ市民の歓呼の声に包まれた。
一旦は民族問題から分裂し、タールコの支配下に置かれたリジェカであったが。この勝利により、国はひとつにまとまろうとしていた。
王女マイアに、若き王モルテンセンの近習でありよき友でもあるクネクトヴァ、マイアに仕えるメイドのカトゥカら留守を預かっていた者たちは郊外まで連合軍を出迎え。
言葉にならぬ喜びをわかちあって、王城へと向かった。
王城に向かう途中、都の人々は厚く歓呼の声をあげて軍勢を出迎え、万歳を唱え、万雷の拍手を鳴り響かせた。
モルテンセンは毅然と民衆の眼差しを受け切って、右手を挙げて歓呼の声に応えていた。
コヴァクスとニコレット率いるドラゴン騎士団、ドラゴン騎士団の騎士であるジェスチネに紅の龍牙旗を掲げるアトインビー。イヴァンシムに、ダラガナ率いる赤い兵団に、赤い兵団のセヴナら、両国国軍将兵らも、歓呼の声に包まれて、笑顔で都入りし、王城に向かった。龍菲もちゃっかりと、コヴァクスのそばにいて、笑顔で歓呼の声につつまれて、晴れがましい面持ちでコヴァクスの背中を見つめていた。
「こんな日が迎えられようとは」
モルテンセンは感無量だった。
それはコヴァクスとニコレット、ジェスチネにアトインビー、イヴァンシム、ダラガナ、セヴナらも同じだった。
旧ヴーゴスネアの内乱を駆け抜け、一日も早く平和な日をと奮戦をした。というよりも、死線をかいくぐり、生きるために必死であったといった方が正直なところだった。
その試練を乗り越え、リジェカは隣国の同盟国オンガルリとともに、これから平和の道を歩みだすことができるようになったのだ。
「イヴァンシム」
モルテンセンは少し後ろに控えるイヴァンシムに振り向き、言った。
「これは終わりでなく、始まりなのだな」
「左様でございます。ひとつ階段をのぼったに過ぎませぬ。まだまだ、これからでございます」
イヴァンシムは若き王モルテンセンが道理をわきまえていることに、嬉しそうに応えた。
そう、まだまだ、これからなのだ。
連合軍が都入りしたその夜、盛大な宴がもよおされた。
王城はかがり火がたくさん焚かれて、夜の帳の中からその姿を浮かび上がらせていた。
都も王城にならい、かがり火がたくさん焚かれ、夜を昼にするかのように明るかった。それは人の心もそうだった。
都のところどころで、飲めや歌えやの賑わいがあり。末端の兵士らは市民ともに勝利を喜び祝い、いかに戦ったか雄弁に語ったものだった。
王城においてもその賑わいははなやかなものだった。
皆、鎧を脱ぎ、礼服に着替え。
王城の大広間にて音楽が奏でられ、蔵出しのワインに豪華な料理もふるまわれ。人々は戦いの勝利を祝い、乾杯をし。
喜びのままに、舞踏も楽しんだ。
「今宵は無礼講だ。皆の者、気ままに楽しむがよい」
モルテンセンは皆にそう告げて、王城は一夜眠りを忘れて弾む心のままに宴を楽しむ。
留守を預かっていた臣下らとその家族、リジェカの貴族らは、コヴァクスやニコレットらの周囲に集まり、いかに戦ったかを聞き出そうとしていた。
そうかと思えば、コヴァクスのもとにきらびやかなドレス姿の女性が駆けつけ。
「小龍公、どうかわたくしと踊っていただけませぬか」
とコヴァクスを舞踏に誘い。その一方で、若い貴族の男が、
「小龍公女、あなたを讃える詩をおつくりいたしました。ぜひお聴き下さい」
と、ニコレットに詩を吟じるのであった。
礼儀として、コヴァクスは女性の手を取りともに舞踏し、ニコレットは詩人の詩を聴いていた。
龍菲はいつの間にか姿をくらまして、宴には参加しなかった。彼女としては、こういった場は息が詰まりそうで、あまり得意ではなかった。
どこかの民家の屋根の上にのぼり、遠くからかがり火に照らされる王城を眺めて、一夜を過ごしていた。
ダラガナやセヴナ、ジェスチネにアトインビーらは、思い思いに宴を楽しんでいた。
モルテンセンも宴を素直に楽しみ。そのそばには、イヴァンシム、マイア、クネクトヴァ、カトゥカが控えて。祝いの言葉を述べに詰め寄る臣下らの応対をしていた。
その合い間、モルテンセンは何を考えていたのであろう。
この宴の一方で、ソケドキアは、タールコは。
軍師であり人生の師匠ともいうべきイヴァンシムの影響か、おのずと、宴を楽しみながらそのことに思いをはせるのであった。
対応の合間、モルテンセンはイヴァンシムに語りかけた。
「獅子王子、獅子皇と呼ばれたムスタファーが、いまは革命王となって、トンディスタンブールを手中に治め。シァンドロスを討つために出兵までしたとは、驚きだな。よくぞ、再起したものだ」
「これも、乱世ゆえでございましょう」
「旭日の勢いであること、想像に難くない。しかし、なんとも皮肉な話ではあるな」
「皮肉、でございますか」
モルテンセンの言葉を、イヴァンシムは静かに聞いた。
「ヴーゴスネアの内乱からシァンドロスが生まれ、さらに乱世を広げていった。そのために、どれほどの血と涙が流されたことであろう」
「悲しいことでございますが、人の世ある限り、乱世はいずこかにあるものでございましょう」
「その乱世ゆえに、ムスタファーは再起できた。乱世を広げたのは、他ならぬシァンドロスだ。もし乱がヴーゴスネアの中だけでとどまっておれば、そのようなこともなかったろうに」
ワインでなく、オレンジの実を絞った砂糖入り果汁の入ったグラスを片手に、モルテンセンは考えうるところを述べる。
「この世には、乱世を望む人間がいる。いや、乱世を望まずとも、己の望みのために乱世を引き起こすこともいとわぬ者がいる、と言ったほうがいいかもしれぬ。シァンドロスは己の望みのために、乱世を広げ、破壊に殺戮にも容赦がなかた。その乱世が広がったゆえに、ムスタファーが再起できたのかと思えば、皮肉な話ではないか」
イヴァンシムは笑顔で、静かに若き王の話を聞いていて。静かに頷いた。
モルテンセンは試練に負けることなく、多くを学び、王として懸命に生きようとしていることが、イヴァンシムにとってなによりも嬉しかった。




