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第六章 王太子 Ⅰ

 大熊を斃してしばしのときが流れた。

 大熊のかばねを横目に、魂が抜けたようにうずくまっていたコヴァクスとニコレットだったが。にわかに耳に飛び込む蹄の音にはっとして、立ち上がり様子をうかがう。

「あ……、龍星号!」

 蹄の音は大きくなってゆく。音のするほうを見れば、コヴァクスの愛馬・龍星号が駆け足でこちらにやってくる。平静を取り戻して、慌てて主を求めて駆けているのか、と思ったら、そのまた後ろから蹄の音や人の声がする。

 声は男ばかりで、数十人はいそうな感じでがやがや言っている。まさかいずこかの軍隊が龍星号を見つけ捕らえようとしているのか。

 大熊の恐怖から恐慌をきたし主を捨てた馬だとて、やはり長年連れ添い愛着がある、コヴァクスは疲労困憊で重い身体を引き摺るように龍星号のもとへ駆けた。

 ニコレットは白龍号にまたがり、剣を構え兄に続いた。

「龍星号!」

 主を見つけ無邪気に嬉しそうな愛馬にコヴァクスは咄嗟に駆け寄り、素早く手綱をつかみ、飛び乗った。しかし得物を持っていない。

 迂闊さに眉をひそめ、「ええい、もう」とつぶやきながら、やむなくまた下馬し剣を拾い上げ、再び愛馬・龍星号に飛び乗った。とともに、白豹を思わせるまだら色の馬にまたがる若者を先頭にした武装集団が姿を現す。

 若者らとコヴァクス、ニコレットは目が合った途端動きを止め、互いに警戒し。後ろの集団は、素早い動きでまわりを取り囲む。

(彼らは、訓練されている……)

 動きのキレを見て、コヴァクスとニコレットは、若者をはじめとするこの武装集団が何らかの一個師団であることを見抜いた。

 馬に乗った者は十名たらず。他は歩兵。皆槍を携えている。

 武装集団は静かに殺気立ち、いつでもコヴァクスとニコレットに飛びかかれる体勢をとっている。 

 若者はその隊長らしく、右手を挙げて、

「静まれ!」

 とよくとおる声で号令した。武装集団はその言葉に従い、じっと次の指示を待ちながら身構えている。

 若者はこの世に怖いものはないというような不敵な笑みを浮かべている。薄茶色の髪に青みがかった瞳。肌も白く秀麗というに相応しい容貌だが、今身にまとっている鎧に帯剣は伊達や酔狂ではないのは、その身体から得体の知れない霧のように立ち上る気迫からいやというほど感じ取れた。

 おそらくはいずこかの貴公子であろうが、同じ貴公子でもコヴァクスとはどこか違った。それは自分の上に人がなきかのような、不敵さだった。

 若者は、好奇心いっぱいに瞳を光らせコヴァクスとニコレットを値踏みするように眺めていた。

「我はソケドキア王太子、シァンドロス。汝ら、いずこの者で、名は何と言う」

 若者の名乗りを聞き、コヴァクスとニコレットは、一瞬呆気に取られた。今何と言った? ソケドキア王太子シァンドロス、だと?

 ソケドキアといえば南方の強国ではないか、若者はその王太子だと言った。

 本気か?

「オレを偽者だと思っているのか。無理もあるまい。なら見せてやろう、偽者か否か。……それ!」

 シァンドロスと名乗った若者は武装集団に右手で合図を送ると、武装集団は一斉にコヴァクスとニコレットに襲い掛かった。

「いきなりか!」

 大熊の血にまみれ疲れ切ったコヴァクスとニコレットはうんざりする思いをしながら、身を守るため剣を振るった。

 武装集団は皆槍を持ち穂先をふたりに向けている。包囲の輪は一気に縮まり、コヴァクスとニコレットを串刺しにするつもりか。

(いよいよ命運尽きたか)

 一難去ってまた一難というにはあまりにも過酷な試練と最期に無念の情念が湧く。ふたりは死なばもろとも、と一人でも多くの道連れを、と思い抗戦の構えをとった。

 しかし、槍はすべてふたりをやり過ごしその横を勢いよく駆け抜けてゆく。シァンドロスと名乗った若者は、右手を挙げ前に、右に左に振り、武装集団を操っているようだ。

「なんだ?」

 命運尽きたと思ったふたりは深い霧に包まれたような不可思議さで集団の動きを眺めるしかなかった。

 武装集団は、まず騎馬の者は五騎ずつ左右にわかれ、その間に歩兵が十名ずつ横に整列し、先頭の者らは槍をまっすぐ前にかまえ、二列目の者らは槍を斜めにかまえ、また三列目の者らから五列目の者らまで徐々に穂先は上にむけられていた。

 整列するまでの動き、ばらつきはなく息の合った動きだった。それを満足げにながめ、若者は右手を頭上で大きく振った。五列に並んだ武装集団は、槍をかまえた姿勢のまま、喚声をあげて一糸乱れぬ隊列のまま、コヴァクスとニコレットのまわりを駆けた。

 まるで一個の生き物のように武装集団はコヴァクスとニコレットのまわりを駆けた。

 以心伝心。若者は右手の動きひとつで武装集団を意のままに操り、また武装集団も忠実に若者に操られている。これは奴隷を鞭打つような強制で出来ることではない。

「なんという……」 

 今彼らと戦えば間違いなく討ち死にするであろう。それ以上に、上から頭を押さえつけるような威圧もありありと感じられた。この威圧は弱者しか相手にしない野盗のたぐいには絶対出せない。

 彼らはまちがいなく、玄人の戦闘集団であり、若者はたしかにその隊長である。

 相手に不足なし、というが、確かに相手に不足はない。しかしそれでも戦う理由による。理由もない戦いで命を落すことほど愚かなことはない。

 そもそも若者ら戦闘集団と戦う理由はないのだ。戦わずにすめばそれにこしたことはない。なにより、やすやすと死ねない。

「とまれ!」 

 若者が叫んだ。集団はぴたりと動きを止め、槍をかまえじっとふたりを見据えている。

「信じる気になったか?」 

 若者、シァンドロスは得意気に笑っている。コヴァクスとニコレットは、口元を引き締め、頷いた。

「では名を聞こうか。またその、むごい様はどうしたのかもな」

 やや間をおいて、ふたりはかるく息を吐く。

「オレは、オンガルリ王国ドラゴン騎士団小龍公コヴァクス」

「私も、同じくオンガルリ王国ドラゴン騎士団小龍公女ニコレット」

 二人の名乗りを聞き、今度はシァンドロスが驚く番だった。

 どうして旧ヴーゴスネアの隣国の騎士、それも名のあるドラゴン騎士団の騎士が、こんなところに。それも、血まみれのむごい様で。

「この様は、あれだ……」

 コヴァクスは指差した。大熊のかばねのある方を。

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