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第四十章 終わりと始まり Ⅳ

 ガッリアスネスを悩ませるものはまだあった。

 トンディスタンブールでの革命の余波は確実にソケドキア領土内に広がり、ガッリアスネスの守る旧タールコ西部においても、民衆の反ソケドキアの気運が高まっているという。

 急に行方をくらませていたムスタファーが、突如あらわれてトンディスタンブールを占拠した。そのムスタファーがソケドキアに奪われたタールコ西部を取り戻すことを、民衆は熱望しているというのは、想像に難くない。

 とりあえず、今の時点では民衆に何の動きもない。しかし密かに探らせたところ、民衆はなにかのきっかけがあれば、蜂起してソケドキアを追い払おうという気でいるという。

 ともあれ、トンディスタンブールが奪われたことは、シァンドロスの大敗に並んでソケドキアの危機として重くのしかかった。

 

 ガッリアスネスが思い悩んでいる間、トンディスタンブールにおける革命王デヴルン・クラールムスタファーは、郊外に兵力を集結させた。その数一万。

 それまで率いていた兵力にくらべれば少ないものだが、ほうほうの体で逃亡しているシァンドロスを討つには十分であった。

 ムスタファーは愛馬ザッハークに跨り。馬上から将兵らを見据えて。

「進軍!」

 と、号令をくだした。

 この進軍が、新たなタールコの初陣であった。

 

 ヴァルギリアを目指すシァンドロスは、命からがらソケドキア領内に入った。

 だがそのために、どれほどのものが犠牲になったのだろうか。

 イギィプトマイオスは、時間稼ぎをしてすぐに駆けつけるものと思われたが、いつまで経っても戻ってこない。

 山を駆け下り、領土内に入って気持ちもいくらか落ち着いたからか、シァンドロスにしては珍しくひどい疲れを感じて。

 すぐ近くにあったフェレムという町に寄って、休息をとろうとした。

 町の代官はシァンドロスが来て、急いで出迎えて官舎に招き。食事を用意し、ついてきた兵士らにも食料を振る舞った。

 代官はいたましげにシァンドロスをながめ、今日一日は官舎でゆっくり休むよう進言し。シァンドロスも、そうすることにした。

 寝室に、バルバロネとともに入り。寝台にふたりで寄り添って横たわって、眠りについた。

 代官もザークラーイでの大敗に、トンディスタンブールでの革命のことは知っている。

 これからシァンドロスは、ソケドキアはどうなるのであろうと、気が気でなく。少ない町の兵士をあつめて、守りを固めさせた。

 町の人々といえば、シァンドロスら一行を冷ややかな目で見ていた。

 破壊と殺戮に容赦なく。その気になれば、自国領の都市でさえ壊滅させるその無慈悲さは、町の人々をおおいに恐れさせた。忠誠など、ひとかけらもない。

 小さな町である。蜂起したところですぐに鎮圧されてしまうのがおちだ。そのため、人々はシァンドロスらを疎んじながら、どこかで蜂起・革命が起こってシァンドロスを討つことを強く望んでいた。

 その人々が望んでいた蜂起・革命は、起こった。

 かつて破壊されたベラードの都市の、生き残りの民衆が、シァンドロスの大敗とトンディスタンブールでの革命を知り。

 心に炎が燃えあがって、手にできるものはなんでも手に取り、蜂起したのだ。

「シァンドロスを殺せ!」

「ベラードの恨みを思い知らせてやれ!」

「もう神雕王しんちょうおうなど、糞食らえだ!」

 などと叫びながら、一丸となって北に向かっているという。その数は数千にのぼる。

 ザークラーイでの大敗で兵力はもはやなきにひとしく、シァンドロス自身も疲弊しきっていることであろう、との判断が多くの人々の間で飛び交い。

 いまなら、自分たちでも討てる、という希望を抱かせたのだ。

 そう、シァンドロスを討つのが、人々の希望となっていた。それに呼応するように、ムスタファー出撃の報せが旧ヴーゴスネア五ヵ国、ダメド、エスダ、ヴーゴスネア、ユオ、アヅーツ地域に広まった。

 シァンドロスを討つ。いまなら討てる。

 それが波紋のように広がり、それまであった畏怖いふの念も吹き飛び。旧ヴーゴスネア五ヵ国の人々は得物を手に蜂起し、次々に革命を起こし。

 革命の波導を広げていった。

 それは南方エラシアの諸ポリスにも影響を及ぼしたのはいうまでもなく。

 もはや神雕王シァンドロスは、天空舞う力もなく、地に墜ちつつある。ということで、それまでソケドキアの支配下にあったのが、次々と独立宣言をして、反旗をひるがえしたのであった。

 本土ともいえるソケドキアでは、旧五ヵ国で巻き起こる革命の波導がソケドキアの人々の心に恐れを抱かせ。留守を預かっている代官はヴァルギリアはもちろん国境地帯に守備兵を配置し、守りを固めさせた。

 四方に斥候を放って情勢を探らせてはいるが。シァンドロスがどうしているのか、ヴァルギリアにはなんの報せもなく。

 代官は神にシァンドロスの無事帰還を祈るしかなかった。

 

 トンディスタンブールから出兵した新たなタールコの軍勢は、進軍し通り過ぎる街ごとに厚く歓迎され。人々は、

革命王デヴルン・クラールムスタファー、万歳シェレーセ!」

 と、軍勢を取り囲むようにあつまり、万歳の大合唱だった。

 中には、軍勢に加えさせてほしいという者もあり。ムスタファーは来る者を拒まず、軍勢に組み入れた。

 抵抗は、なかった。

 革命の波は、いたるところにおよび。トンディスタンブールに近い街々では群衆の蜂起を恐れて、ソケドキアの代官やソケドキア人がすでに逃げ出していたところもあった。

 そのため、旧タールコ地域は、ムスタファーが進むにつれてソケドキアの領土から新たなタールコの領土へと、自動的に入れ替わってゆくのだった。

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