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第四十章 終わりと始まり Ⅱ

「どけ! 邪魔をするな!」

 コヴァクスは槍斧バルバードを振るい、行く手をさえぎるソケドキア軍の将兵を薙ぎ払ってゆく。

 そばの龍菲ロンフェイも剣を振るい、ソケドキア軍の将兵を斬り払ってゆく。

「防げ! 神雕王しんちょうおうの逃げる時間を稼ぐのだ!」

 イギィプトマイオスは将兵を叱咤激励し、山道で繰り広げられる乱戦の中、自身も剣を振るい迫り来るリジェカ軍将兵を討ってゆく。

「イギィプトマイオス! お前はあくまでもシァンドロスのために戦うか」

 コヴァクスが槍斧を掲げてイギィプトマイオスに迫る。イギィプトマイオスもコヴァクスを見つけ、

「おう、にっくきドラゴンの小倅か! 貴様ごときに神雕王は討たせぬぞ!」

 両者一気に距離を縮めて、それぞれ刃を振りかざして激しく打ち合った。

 山道は人馬で埋められ、リジェカ軍は進むに進めない。

 森の中を抜けようとも、馬ではうまく木々の間を通り抜けられない。

 前に進むには、立ちはだかるイギィプトマイオスの手勢を追い払うしかなかった。

 その間にも、シァンドロスは駆けて。

 国境との距離はすくなくなってゆく。

 コヴァクスは槍斧の一撃一撃に怒りを込めて、イギィプトマイオスめがけて振り下ろす。

 イギィプトマイオスも歴戦の勇士であり、よく槍斧をかわしたり、受け流したりして隙をうかがっていたが。

 防戦一方になり、槍斧を受けるたびに剣身がきしんだ。

 やがては、剣身は槍斧の一撃に絶えられなくなり。鋭い音を立てて、折れてしまった。

「ちぃッ!」

 舌打ちする間に、剣先は地に落ちて。

「覚悟!」

 というコヴァクスの叫びとともに槍斧は振り下ろされて。イギィプトマイオスの右肩を砕いた。

 右肩を砕かれたイギィプトマイオスは、右肩を真っ赤に染め、苦痛の顔をゆがめて。それでもコヴァクスを睨み据えて。

 槍斧が振り上げられたのを見計らって、コヴァクスに飛び掛り。首筋に噛み付いた。

「うお、貴様は吸血鬼か!」

 まんまと首筋を噛み付かれたコヴァクスは、抱きつかれて槍斧も使えず。歯が食い込む不快感と痛みが全身を襲う。

 イギィプトマイオスは顎に力を込めて、コヴァクスの首筋を噛み千切ろうとする。

「離せ、離れろ!」

 痛みに顔をしかめ、咄嗟に槍斧を落として。イギィプトマイオスの両肩をつかんで引き離そうとするが。

 右肩の痛みもこらえ、なかなかしぶとく抱きついて、イギィプトマイオスははなれない。

 皮膚が破かれ、歯が肉に食い込み血管を千切ろうとする不快感が全身を駆け巡った。このままでは首筋を噛み千切られて、負傷は免れない。

「小龍公!」

 将兵は急いでコヴァクスのもとまでゆき、イギィプトマイオスの背中に刃を見舞った。が、背中をいかに斬りつけられようとも、イギィプトマイオスははなれない。

 それこそ、悪魔のような形相になって、コヴァクスの首筋に噛み付いていた。

「どいて!」

 コヴァクスの危機を見て、龍菲は味方を掻き分けて急いで龍星号を駆けさせ。剣を突き出す。

 龍菲の剣は、イギィプトマイオスの首を貫いた。

 剣が引き抜かれると、イギィプトマイオスは首も血に染まってゆき、苦痛をこらえられなくなって、ついには口から血を噴き出しながらコヴァクスからはなれて。

 地に落ちた。

 コヴァクスは危うく首筋を噛み千切られそうになって、さすがに顔を青くしている。

 龍菲は冷然とイギィプトマイオスを馬上から見下ろしている。

 その顔はやはり悪魔のような形相で、憎しみを込めてコヴァクスと龍菲を睨み据えて。

 血を口から噴き出しながら、なにやらぱくぱくと口を開閉させると。白目を剥いて息絶えた。

「なんという奴だ」

 コヴァクスは馬上からイギィプトマイオスを見下ろし、ただ唖然とするしかなかった。

 シァンドロスのためにここまでするとは。

「コヴァクス」

 名を呼ばれて、はっと我に返れば。いつの間にか龍菲は馬から降りて槍斧を拾い、コヴァクスに差し出していた。

「すまない。ありがとう」

 礼を言いながら槍斧を受け取り、気を持ち直して周囲を見回す。

 龍菲はコヴァクスの危機を救えて、ほっとするような笑顔をコヴァクスに向けて。風に乗るような華麗な動作で、龍星号に飛び乗った。

 副将格のダラガナは軍勢をよく指揮し、行く手を阻むソケドキア軍を追い払う。

 ことに、主将のイギィプトマイオスが討たれて。ソケドキア軍は一気に崩れ去っていった。 

 もはや行く手を阻む者はない。

 コヴァクスはイギィプトマイオスのむくろを一瞥すると、首筋に残る痛みと、シァンドロスのために身命を捨てる戦いぶりに身震いすらおぼえ。

 あらためて、シァンドロスという人間に思いをはせた。

 だが、それも一瞬のことである。

「邪魔者は追い払った、シァンドロスを追え!」

 槍斧を掲げ、そう号令し、愛馬グリフォンを駆けさせた。 

 リジェカドラゴン騎士団らも駆けた。

 国内にいるうちにシァンドロスを仕留めねば、また来襲するかもしれなかった。

 だが、駆けても駆けても、その姿は見えない。

 やがては、国境の山頂にいたった。

「逃がしたか……」

 コヴァクスは悔しそうにつぶやいた。

 吹く風が頬を、イギィプトマイオスに噛み付かれた首筋をなでてゆく。首筋にはまだ微妙に痛みが残っている。

「なんとも、逃げ足の速いことですな」

 ダラガナも無念そうだ。

 龍菲はコヴァクスのそばで、その横顔を見つめていた。

 悔しそうな思いと、首筋の痛みをこらえる表情を見るうち、なにか、心にうずくものが生まれて。

 コヴァクスに寄り添ったと思うや、イギィプトマイオスに噛み付かれた首筋に優しく接吻をした。

 柔らかな唇の感触を感じて、コヴァクスは意表を突かれながらも。痛みと入れ替わるように、ほのかな暖かみが広がるのを感じながら。

 人目もはばからぬ龍菲の行為に顔を真っ赤にしていた。

 ダラガナは呆気にとられて、苦笑し。セヴナは目を見開いて、仰天していた。


 ソケドキア軍、オンガルリ・リジェカ両国を征服せんとするも。

 ザークラーイの会戦にて、手痛い敗北を喫し。

 大きな損害をこうむり、命からがらリジェカから逃げ出す。

 その報せは各地を飛び交い。

 トンディスタンブールにももたらされた。

 革命を成し遂げた市民たちは、溜飲の下がる思いで、ドラゴン騎士団の奮闘を讃えた。

 無論、それはムスタファーも知るところであった。

 報せを受けて、速急に天宮の宮殿広間にイムプルーツァら臣下が集められて。

 それを玉座から見下ろし、

「シァンドロスを討つ」

 と、ムスタファーは叫ぶように言った。

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