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第四十章 終わりと始まり Ⅰ

 シァンドロスは駆けた。闇夜の中を、駆けに駆けた。 

 ソケドキアへ、ヴァルギリアへ、ふるさとへ帰るために。

 それをコヴァクス率いるリジェカドラゴン騎士団らが追う。

 国境を越えられれば、もう追うことはできない。だからコヴァクスらも必死に駆けていた。

 闇夜は徐々に青さを増して、空の雲の形や白さが見えるようになってゆく。それにともない周囲の地形も見えるようになり、西方、暁が光る。

「もうすぐで国境でございますぞ」

 イギィプトマイオスは言った。

 国境を越えれば、専守防衛をもっぱらとするドラゴン騎士団らは追ってはこれない。

 シァンドロスは、もの言わず頷いた。

 心の中では、言葉にできぬ思いがうずまいていた。

 ただひとつ言えるのは。

 この雪辱を必ず果たす。そう決意していた。

 後方ではリジェカドラゴン騎士団らが迫っている。が、どうにか振り切れそうだった。

「神雕王、もうすぐ国境でございますれば。どうか愛馬にて我らをも振り切り、御身ひとつでも国境を越えられますよう」

 夜通し馬は働かされて、疲れから徐々に速度が落ちてきている。しかし、シァンドロスの愛馬ゴッズだけは平然としていた。

 イギィプトマイオスはそれを察し、シァンドロスに先に逃げるよう進言したが。シァンドロスは首を横に振った。

「いや、お前たちとともにゆく」

「神雕王……」

「シァンドロス、遠慮しなくてもいいんだよ」

 とバルバロネも言うが、シァンドロスはまた首を横に振った。

「お前たちを置き去りに、己一人だけ落ち延びるのも、また神雕王ににあわぬ恥というものだ」

 そう言われて、バルバロネもイギィプトマイオスも言葉がなかった。

 敵に、敗北者に対して氷のように冷たく、容赦のなさを見せるシァンドロスでも、近しい者は捨てることはできないようだった。

 イギィプトマイオスは、馬を鞭打ち、無理にでも速度を上げさせた。バルバロネら近しい将兵らも最後のひとふんばりと、速度を上げた。

 となれば、シァンドロスの駆るゴッズも速度をあげた。

 イギィプトマイオスの言うとおり、国境はもうすぐだった。

 リジェカと旧ダメドの国境は山脈が東西に走っており、山の頂上が古来から境とされていた。だからいま、シァンドロスらは山道を必死に駆け上がっているのだ。

 国境を越えれば、下り坂になり、馬を操るのが難しい代わりに、すこしは楽になる。なにより、ドラゴン騎士団らは追ってこれない。

「励め。もうひとふんばりだぞ」

 シァンドロスは周囲を励ます。雪辱も、己一人でなしうるものではないくらいは、わかっている。

 またの機会に、この将兵が必要になるのだ。

 だから愛馬の俊足にまかせて己一人先に逃げるということは、しなかった。

「神雕王! 後ろから……」

 という声がする。

 よく耳を澄ませば、馬蹄の響きが迫ってくる。

「ドラゴン騎士団だ!」

 将兵に戦慄が走る。

 もうすぐというところで、追いつかれてしまうのか。

 イギィプトマイオスは意を決し、

「どうかご無事で」

 と言うと、馬首を返し、

「勇気のある者は、オレについて来い!」

 と叫んで、後から続く者たちをかきわけながら、もと来た道を戻り駆け下ってゆく。

 そのイギィプトマイオスに、五百ほどの将兵が従う。

 いまいる山道は左右を森にかこまれ、狭い。

 いかにドラゴン騎士団が優勢な兵力をほころうとも、一斉に駆け上がることはできず、その隊列は細く伸びている。

 イギィプトマイオスはそう見て、意を決してドラゴン騎士団らの足止めのためにわずかな手勢を率いて踏みとどまった。

「イギィプトマイオス!」

 シァンドロスは呼ぶが、聞こえないかのように、その背中は遠ざかってゆく。

「いくんだよ、シァンドロス。イギィプトマイオスの勇気を無駄にしないために」

 バルバロネは声を励まし、シァンドロスに言った。

 シァンドロスは歯噛みし、

「ゆるせ」

 と言って、ゴッズを駆けさせた。

 イギィプトマイオスと五百ほどの将兵はシァンドロスが山道を駆け上がって行くのを見届けると、すう、と大きく深呼吸し、

「かかれ!」

 と叫んだ。

 わっ、という大きな喚声が暁照らす中で響きわたり。

 迫るドラゴン騎士団らを、真正面から迎え撃つ。

「や、またイギィプトマイオスか。シァンドロスを逃がすために……」

 コヴァクスは槍斧を握りしめ、口をつぐみ、馬を駆けさせた。それに龍菲が続く。

 狭い山道を埋める人馬は、暁に武具を反射させながら喚声あげて、ぶつかりあって。

 刃も激しく交えられた。

 下り坂を下る勢いに乗せてソケドキア軍は槍を突き出し、坂を駆け上るドラゴン騎士団らにぶつかった。

 それは一定の効果があり、先頭にいた将兵らが槍の餌食となって、串刺しになってたおれた。

 しかし、一万を超す兵力の厚さを完全に貫くにいたらず。

 先頭の将兵を餌食にした後は、後方から駆け上がってくる刃に槍の柄を斬られ。あるいはコヴァクスの振るう槍斧に粉砕され、あるいは風のように舞う龍菲の剣に斬られ。

 流血の量は、ドラゴン騎士団らよりもソケドキア軍の方が多くなってゆく。

 が、それでもよいのだ。

 この戦いの目的は勝つことでなく、シァンドロスが逃げる時間を稼ぐことにあるのだから。

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