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第三十九章 崩壊の序曲 Ⅲ

 ソケドキア軍は撤収の準備を急いでいた。

 本国、それも都での革命。

 ともすれば、ソケドキア軍は帰る場所を失うかもしれなかった。

 部将たちの、急げ、という声がところどころで響く。

 兵士らの士気は低い。

 急いで荷物をまとめ。荷駄隊の荷車に糧食や武具が積み込まれる。

 兵士たちの間で、どこにいくのだ、とういささやきがもれる。

「前の都の、ヴァルギリアに行くらしいぜ」

 誰かがそういえば、ほとんどの者は、唖然としていた。

 ヴァルギリアからこのザークラーイまでどのくらいの距離があるというのだ。

 旧ヴーゴスネアの旧五ヵ国をわたってゆかねばならぬではないか。

 最寄の都市であるベラードは自らの手で破壊してしまい、拠点としての機能がなくなっている。

 兵士らは、いまさらのように、ベラードの破壊を悔いていた。

 また、道中の追撃や、反シァンドロス派の報復も恐ろしかった。

 ザークラーイ山を攻めあぐね苦戦し、主立った将をふたりも討たれて兵力も大幅にそがれた。となれば、それだけでも士気に響くというものだ。

 ムスタファーの獅子の革命は、それに追い討ちをかけるかたちとなった。

 陽が傾き、沈もうとして。夜の帳が落ちるころに撤収の支度はようやく終わった。

「いつでも出立できます」

 という報告を受けたシァンドロスは、一夜休むことなどせず。夜通し移動して少しでも早く、ザークラーイから遠ざかり。

 少しでも早く、故郷ソケドキア本土に、前の都ヴァルギリアにたどり着きたかった。

「よし、では、ゆくぞ」

 シァンドロスは愛馬ゴッズにまたがり。

 かがり火を多く焚いて、夜になってソケドキア軍は移動を始めた。

 ザークラーイ山から、かがり火が南へと動いてゆくのが見下ろせる。

「ソケドキア軍が撤退しているぞ!」

 山のどこからかそんな声が出て。

「やったぞ」

「ざまあみやがれ」

 と、歓声があがった。

「イヴァンシム、やったな」

 モルテンセンは喜色を浮かべてイヴァンシムに言った。

 イヴァンシムは策が当たって、さすがに嬉しそうに微笑んでいる。ジェスチネも、

「やったぜ!」

 と拳を握りしめ振り上げて叫んでいた。

 リジェカ軍にとって、最大の武器はザークラーイ山の要害でもなければ、ドラゴン騎士団らでもなく、時であった。

 時を稼ぎ、ねばれば、いずれソケドキア国内で異変が生じる。それに賭けたが、その賭けは見事大当たりしたのだ。

「我らはどうする」

「このまま山にいればよいかと。ソケドキア軍追撃は、ドラゴン騎士団らがよきにはからってくれるでしょう」

「そうか。ではドラゴン騎士団に任せよう」 

 モルテンセンとイヴァンシム、ジェスチネは笑顔で互いを見交わしていた。

  

「ソケドキア軍が撤退をはじめました!」

 物見からの報せがもたらされる。

 コヴァクスはそれを聞いて、即断をした。

「よし、ゆくぞ」

 ドラゴン騎士団らおよそ五万の軍勢は、撤退するソケドキア軍を追って進軍を開始した。

 闇夜の中、かがり火を多く焚いて。かがり火に照らされる兵士らの目は闇夜の中で異様に光り輝いていた。

 士気は高い、ということだ。

 兵力は二倍以上の差があるとはいえ、もはやソケドキア軍は烏合の衆となっているであろう。

 ソケドキア軍は何の収穫もないどころか、大きな損害を出してしまった。それで士気が保たれるわけがないと、コヴァクスとニコレット、ダラガナらは見ており。龍菲ロンフェイもその程度のことは予想できたものだった。

「急ぐ必要はない。落ち着いて、ゆとりをもって進め」

 勝機を急いでつまらない失敗をするのを防ぐために、コヴァクスは軍勢をなるべくゆっくりと、ゆとりをもって進ませた。

 いま、ほとんどの兵士らは心が昂ぶっており。もう勝ったつもりでいる者も多かった。

 戦いは、最後の最後までわからない。

 もう勝ったつもりでいることは危険なことだ。それを戒めるために、コヴァクスやニコレット、ダラガナは何度も、

「落ち着いて行動せよ」

 と繰り返した。  

 その甲斐あって、ドラゴン騎士団らは整然とした進軍ができ。結果として、移動速度は速いものとなっていた。

 ソケドキア軍は夜通し移動してリジェカを抜けるつもりでいるだろうが、リジェカ国内にあるうちに背後から攻めて、少しでも打撃を与えてやりたかった。

 トンディスタンブールでの革命。オンガルリ・リジェカ征伐の失敗と。シァンドロスにとってはいままでにないほど敗北感を味わっていることだろう。

 その敗北感はソケドキア全軍に広まり、いまはもう、撤退をすることでいっぱいいっぱいだった。

 コヴァクスも逸る気持ちをおさえて、シァンドロスから譲り受けたグリフォンを進ませていた。

 思えば、父が死にドラゴン騎士団が壊滅して国を出てから、数奇にして波乱の日々であった。ことにシァンドロスとの出会いは、その存在は数奇さと波乱をよりいっそう激しいものにした。

 一時は行動をともにしたシァンドロスであったが、心にじょうはなかった。ガウギアオスにて、タールコの大軍とソケドキア軍とともに破ったことも、所詮は過去のことだった。

 ともあれ、あの時から、なんと激動の日々であったことだろう。

 ニコレットは、ぽそっとつぶやいた。

「それも、もうすぐ、終わる……」

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