第三十九章 崩壊の序曲 Ⅰ
トンディスタンブールにて革命起こる!
革命起こり、ムスタファーは革命王となって新たなタールコを立ち上げる。という報せは、驚愕をもって各地に広まった。
タールコにおいては、マルドーラとガーヌルグの驚きも尋常なものではなかったのは、いうまでもない。
革命王ムスタファー、新たなタールコを興す、という報せにマルドーラはただらなぬ恐怖すら覚えて。ますます殻のように閉じこもり守りを固めさせて。
統治、行政に関することは宰相のガーヌルグに任せっぱなしであった。
ガーヌルグは、若き皇帝の不甲斐無さを嘆きつつも、やむなく政務にはげみ。タールコの安定統治につとめた。
つとめながら、先行きが見えず不安を覚えるのはガーヌルグとて同じであった。
なにか、人の力を超えた何かが時代を動かしているように思えてならなかった。
ともあれ、タールコは動かぬ。
タールコはそれでもよかったろうが、そうはいかなかったのは、ソケドキアであり、シァンドロスであった。
トンディスタンブールの革命、獅子の革命はソケドキア各地にも伝わり。各都市は騒然としていた。なにせトンディスタンブールはソケドキアが都とさだめていた都市である。
そこで革命が起こり、革命王ムスタファーなどが生まれようとは。
ソケドキアは不穏な空気に包まれた。
なにより、
「それはまことか!」
と、シァンドロスでさえ、目が飛び出るほどに驚いたものだった。
「ま、まことでございます。トンディスタンブールは革命により、新タールコとして独立いたしました」
陣中に駆け込んだ遣いは、おろおろとして、シァンドロスにことの次第を伝えた。その気性を思えば、事実を伝えようとも怒りが波及し、首を刎ねられるのではないかと、遣いは気が気でない。
ソケドキア軍十三万は、ザークラーイ山を囲みリジェカ軍を兵糧攻めにて干し殺そうとしていた。
別行動をとるオンガルリ・リジェカ双方のドラゴン騎士団らは、カンニバルカ率いる遊撃軍を撃破してから、本隊に手を出すことはなかったが。
奇襲の機会を虎視眈々とうかがっているのはいうまでもなかった。
「ムスタファーは群衆を扇動し革命を起こし。トンディスタンブールをのっとり、革命王を名乗り新タールコを興したというのか」
シァンドロスは目をいからし、遣いを睨み据えて、聞いたことをまとめた。
遣いはシァンドロスの怒りと驚愕に恐れおののき、ひたすら平伏して、
「そのとおりでございます」
と言うのみであった。
「ううむ……」
シァンドロスは歯噛みし、拳を握りしめた。
「いかがなさいます」
とは、言いたくても言えぬ空気が漂っていた。
イギィプトマイオスやバルバロネらは、もの言わず緊張した面持ちでシァンドロスを見据えていた。それとともに、彼らもまた、トンディスタンブールでの異変に心臓が爆発しそうなほど驚いたものだった。
それこそ、どうするどうすると、うろたえたい衝動があったが。シァンドロスの発する怒気がそれを圧殺していた。
天険の要害に攻めあぐね。オンガルリ・リジェカ双方のドラゴン騎士団にはペーハスティルオーンとカンニバルカといった主だった将を討たれ。軍勢も破られ。
その兵力は大幅にそがれてしまった。
それでも、まだいけるとザークラーイ山を取り囲んでいる最中にもたらされた凶報。
シァンドロスは決断を迫られていた。
ここは、一旦退かざるを得まい。しかし最寄の拠点となるベラードは自ら破壊して拠点の役割を成さぬ。
まさか都で革命など、シァンドロスとて夢にも思わぬことであり。領土の統治には絶対的な自信があった。
力こそすべて。力をもって、なせぬことはない、というのがシァンドロスの信条であった。力を見せ付ければ、相手は黙って言うことを聞くと思っていた。
それが裏目に出た。
認めたくなかった。
しかし、決断せねばならぬ。
このままザークラーイ山を囲んでいる間に、革命の波導がソケドキアを駆け巡っているかもしれなかったし。
自分に敵が多いことを自覚してはいるシァンドロスであった。反シァンドロス派がこれみよがしに蜂起することも考えられた。
エラシアの諸ポリスも、力を見せ付けて従えさせているが。トンディスタンブールでの獅子の革命の影響を受けて、逆らうポリスも出てくるかもしれない。
ここはソケドキアに戻らねばならないであろう。
しかし、ザークラーイで苦戦したのを挽回することなく引き返すのは屈辱だった。
それこそ、神雕王の名が泣くではないか。
無敵の神雕王。覇道の神雕王。それも過去のものとなってしまうのか。
シァンドロスの誇りは、今の時点でも、ずたずたに引き裂かれそうだった。
それでも、決断をせねばならなかった。
「ソケドキアへ戻るぞ」
シァンドロスは搾り出すように、うめくように、言った。
兎にも角にも、ソケドキアへ戻らねばならぬ。しかし、ソケドキアのどこへ、戻ろうというのだろう。イギィプトマイオスは勇気を出して、
「いずこの都市へゆかれるのですか」
と問うた。
「ヴァルギリアへ」
これも、搾り出すような声だった。