第三十八章 獅子の革命 Ⅹ
万歳の叫びは広間から天宮の宮殿全体に広がり、さらに、トンディスタンブールの都市を包み込むように叫ばれるようになった。
群衆は、
「革命はなった! トンディスタンブールは解放された!」
と歓喜した。
牢獄に捕らわれていた旧臣らは救い出されて、いそいで天宮におもむけば。
広間は群衆で埋まり。万歳の声轟き。
ムスタファーは無残な最期を遂げた代官らのむくろを一瞥し、歓喜する群衆とは対照的に顔を引き締め、物思いにふけっているようであった。
「獅子王子」
旧臣はムスタファーの姿をみとめた。
「まこと、アスラーン・ムスタファーでございますか」
まさか、という思いでムスタファーに歩み寄る。
ムスタファーは視線を旧臣らに移し、
「確かに、ムスタファーである。トンディスタンブールはこの通り、ソケドキアから解放された。この、ムスタファーが解放した」
と、言った。
旧臣らは、目を見張りムスタファーを見つめた。
なにかが、違う。確かにアスラーン・ムスタファーではあるのだが、前とは違う何者かになっているようだった。
本国で内乱があり、ムスタファーは行方不明になっていたのだが。まさかトンディスタンブールで群衆を扇動し革命を起こすなど、夢にも思わぬことである。
さらに、旧臣らの視線は無残な代官らのむくろにも移されて、すぐに離れた。
ムスタファーがこんな酷い仕打ちをするとは思えず。これは群衆の私刑に遭って死んだのだと、すぐにわかった。
その群衆は、歓喜を爆発させて万歳と叫んでいた。
「これより、このトンディスタンブールを都として新たなタールコを建国する。そのためには、お前たちが必要なのだ。力を貸してくれ」
ムスタファーは旧臣らに言った。
新たなタールコ。この言葉に旧臣らはやや驚いた。
それがなにを意味するのか。
タールコは事実上、分裂したのだ。
(タールコにも、ついにこのようなときが来たか……)
乱世である。それも数百年に一度というほどの。
栄華を誇り大帝国として大陸中央に君臨するタールコも、ついにこのようなときを迎えるにいたったのだ。
この革命も、ムスタファーが起こしたというよりも、時代が起こした。旧臣らにはそう思えるのであった。
時代は変わるものだとは、理屈ではわかっていたが。この変わりようはどうであろう。抗うことのできぬ、時の流れ。
いままさに激動の時代であり。激流にのみこまれる思いだった。
旧臣らは跪き、投げキッスをムスタファーに送り、
「我ら一同、ムスタファー様にお仕えいたします」
と、うやうやしく言った。
旧臣がムスタファーに跪くのを見て、群衆はさらに歓喜し、
「革命王ムスタファー! 万歳!」
と叫んだ。
獅子王子、獅子皇、と呼ばれたムスタファーであるが。この瞬間から、革命王と呼ばれるようになった。
「まずは、群衆を天宮から出さねば。いつまでも無秩序のままでは、新たな国をおつくりになるどころではありませぬ」
「そうだな」
旧臣の言葉を受け、ムスタファーは外に出ようとする。それにイムプルーツァ、パルヴィーンも続き、さらに群衆も続く。
外に出れば、中に入っていた群衆は駆けて外で天宮を囲んでいた群衆と交わり。互いの手を握り合ったり、抱擁したりして、革命と解放を喜んでいた。
ムスタファーは愛馬ザッハークに跨り、馬上の人となって群衆を見回す。
群衆は目を輝かせて、革命王ムスタファーを見つめていた。
それに付き従うイムプルーツァにパルヴィーンらにも、熱い視線が注がれていた。
それとは対照的に、うつろな目をし、襤褸となってよこたわる守備兵、憲兵のむくろと。守備兵、憲兵らと渡り合って命を落とした市民のむくろ。
万歳と叫ぶ群衆の足元にそれはあったが、だれも目もくれない。
それが、革命というものであった。
彼らは革命の生け贄として、群衆の歓喜のために、命を捧げさせられたのだ。
ムスタファーは拳を振り上げ、馬上から群衆に叫んだ。
「今日より、トンディスタンブールは新たなタールコの都となり。我はその王となる! 異存あらば、剣をもって訴えかけてもよいぞ!」
「異議なし!」
「革命王ムスタファー、万歳!」
「新タールコ、万歳!」
群衆に異存はなく。ムスタファーらは熱い歓呼に包まれた。
ここに、新タールコは産声をあげて。ムスタファーは革命王となった。
時代は流れて、変わってゆく。
ことにいまは、乱世である。
乱世の時代は、ついに大帝国タールコを、ふたつにわけたのであった。