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第三十八章 獅子の革命 Ⅸ

 もはや天宮は無防備に白亜の宮殿を群衆に囲ませるのみ。

 守る者も、いない。

 ムスタファーは宮殿の前でザッハークから飛び降り、駆け足で中に駆け込んだ。これにイムプルーツァ、パルヴィーン、バゾイィーらも続き。

 群衆までもが続いた。

 宮廷の官人に官女らは革命に驚き、悲鳴をあげながら逃げ惑うのみ。

 ムスタファーを先頭に、群衆は雪崩れのように天宮の宮殿に乱れ入り。各所を占拠してゆく。

 立ちはだかる者はなかった。

 目に付く官人や官女らは、狼狽しきってひたすら難を逃れるために逃げてばかり。その中に、

「あ、獅子王子アスラーン!」

 と、ムスタファーに気付き。足を止める者もあった。だがムスタファーはかまわず、宮殿の広間を目指す。

 ムスタファーに気付いた官人や官女らは、ほんとうにムスタファーが群衆を扇動して革命を起こしたのだと確信するにいたり。

 どうしたものかとしばし迷ったのち、急いでムスタファーのあとについていった。

 ムスタファーは駆けた。タールコに伝わる最速の英雄イスカンダテンのごとく駆けた。

 駆けて駆けて駆けて、ついには広間にいたった。

 広間には、うろたえるソケドキアの代官らが顔を真っ青にしてムスタファーらを待ちうけていた。

「き、貴様は何者だ!」

 代官は叫んだ。ムスタファーの顔を知らないので、本人であるとはわからない。

「オレは、ムスタファーだ。お前たちはソケドキアから来た代官どもか」

 ムスタファーは駆けながら叫び、代官のひとりに剣を突きつけた。

 イムプルーツァにパルヴィーン、バゾイィーも広間にいたり。それぞれ代官らを囲む位置にいて、剣をつきつけている。

 その後ろから、群衆がどっと広間になだれこみ、広い広間があっという間に人で埋め尽くされる。

獅子アスラーン革命デヴルン!」

 群衆は代官らに放つように叫びだす。ついてきた官人や官女は息を切らしながら、群衆の中に混じり、獅子アスラーン革命デヴルンという叫びの中に身を置いていた。

 天宮の宮殿は事実上、革命側に占拠されたといってもよかった。

 剣を突きつけられた代官らは、さらに顔を蒼ざめさせて、ムスタファーを睨み据えている。

 トンディスタンブールへの派遣が決まったときは、栄光の道を歩めていると思っていたのに。その果てにあったのは、まさかの、ムスタファー導く革命であったなど。

 どうして夢にも思おうか。

「お前たちは、ソケドキアの代官なのか、どうか!」

「そ、そうだ……」

 剣を突きつけられながら、代官は頷く。ムスタファーは代官らを見回すが、見知った顔がない。タールコの旧臣も統治に関わると、母から聞かされていたのだが。

「タールコの者は統治にかかわっていないのか」

「タールコの旧臣たちは、……牢獄に入れた」

 理由もきかず、ムスタファーは剣の横っ面で代官の顔面を殴りつけた。

 代官は鼻血を垂れ、歯も折れたか白い歯をぽろりと二本ほど落としてどおっとたおれこんだ。

 慌てて起き上がろうとするその、真っ赤になった鼻先に、剣が突きつけられる。

「お前たち、トンディスタンブールを我が物にしたつもりだったか。おめでたいとは、まさにこのことだ」

 炎を吹き上げるような瞳で、ムスタファーは代官を見据えた。

 群衆はムスタファーが代官を剣で殴りつけたのを見て、わっ、と喚声をあげた。

 いいぞ、もっとやれ、などと煽るような叫び声も聞こえた。

 代官らはもう恐怖のどん底であった。

 これからどのようにされるのであろう。最悪の事態が脳裏に描かれて、心悸は激しくなり、身震いがとまらず、足はすくみ。

 中にはへたりこむ者まであった。

 そこへ容赦なく、群衆の叫びが放たれる。

 代官は真っ赤になった鼻先に剣を突きつけられながらも、どうにか弁明をこころみる。

「ま、まて。アスラーン・ムスタファーよ。我らはトンディスタンブールをそれなりに統治してきたぞ。人民とて、日常の生活を営んでいた。そなたはそれを見なんだのか」

「見た」

「な、ならば敢えて乱を起こさずともよかったのではないか」

「そう思うのが、ソケドキアの浅はかさというものよ。トンディスタンブール以外の都市はどうした。ソケドキアは、ヴァバロンをどうした!」

 流浪の身であったため、最近の、ベラードでの破壊と殺戮をムスタファーは知らぬ。しかし、そうでなくてもソケドキアは破壊と殺戮に容赦なく。いままでいくつの都市が、暴虐の餌食になったことであろうか。

 代官は何もいえなかった。恐怖が先立ち、思考を鈍らせるのであった。

 群衆は、いつの間にか、

「殺せ!」

「殺せ!」

「殺せ!」

 と叫んでいる。

 熱狂が頂点に達し。いきつくところまでいこうとしている。

 熱狂の群衆を鎮めるためには、代官の命をもって鎮めさせるしかなさそうであった。

 ムスタファーは代官と群衆を交互に見回し。

 剣を振り上げ、一気に振り下ろし。代官の頭をかち割った。

 代官は頭から血と脳漿をぶちまけて、たおれた。

 それをきっかけとするように、群衆はもう押さえがきかなくなって。止める間もなく、残る代官らに殺到し、取り囲んで私刑にした。

「やめろ、やめてくれ!」

 血と汗と涙にまみれながら、代官は懇願するが。群衆は聞く耳を持たず。代官を滅多打ちに、滅多刺しにして。

 それこそ、襤褸ぼろのようになって、代官は息絶えた。

「革命はなった! トンディスタンブールはソケドキアから解放された!」

 私刑を見届けて、ムスタファーは剣を掲げて叫べば。

 それに呼応して、群衆は叫ぶ。

獅子アスラーン革命デヴルン万歳シェレーセ!」

 宮殿広間に、万歳シェレーセの叫びがこだまする。

 かくして、トンディスタンブールはソケドキアから解放された。

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