第三十八章 獅子の革命 Ⅶ
革命起こり。
トンディスタンブールは争乱の巷と化した。
ムスタファーは人々を導き、守備兵と渡り合い。天宮を目指していた。
天宮を制圧すれば、トンディスタンブールを手中にできるのだ。
「なにをしている。素人の群衆を相手に!」
守備兵の長は叫んで守備を徹底させようとし、自らも剣をもって群衆に斬りかかった。
守備兵も危機を感じて必死に戦った。ということは、群衆を斬ったということである。やはり、犠牲は免れず。群衆の中には憲兵や守備兵に斬られて、むくろを街路に横たえるものも多数出てしまった。
トンディスタンブールの市民の中には、シァンドロスに傾倒し守備兵の側につく者もおり。それらはどさくさに紛れて市場や武具を扱う商店から剣や槍を分捕り、
「神雕王に刃向かう身の程知らずが!」
「神雕王こそ、オレたちの王だ!」
などと叫び、ムスタファーの側についた群衆と渡り合った。それらはほとんどが、十代から二十代の若者たちであった。
シァンドロスの存在は、彼らにとって新時代の到来を期待させるものであった。彼らはシァンドロスに賭けたのであった。
ともあれ、革命によりトンディスタンブールの市民はいくつにも分かれた。
解放を求めるて立ち上がった者。争乱を怖れて閉じこもる者、ソケドキアの側につく者など。トンディスタンブールの人々にはそれぞれの立場があり、心情があった。
シァンドロスに傾倒した若者の中には、ムスタファーやイムプルーツァにも勢いよく飛び掛る者もあった。
「小癪な!」
ムスタファーは剣の横っ面でそれを殴りつけ、追い払う程度にとどめようとしたが。争乱の度合いは増して、守備兵と市民とをわけるどころではなくなっていった。
シァンドロスに傾倒した若者はなかなかに勇敢なところを見せ、剣の横っ面で殴られた程度ではひるまなかった。
むしろ闘志を掻き立てられて、何度でも飛び掛ってくる。
(ええい、やむをえん!)
ムスタファーは意を決し、己に飛び掛る若者を、斬った。
若者は「ぎゃ」と悲鳴をあげて、たおれた。
市民に手をかけるのは不本意ではあるが、そんなきれいごとを言っている場合ではない。
「革命とは、こういうことか」
すこし、自分の考えは甘かったようである。
だが、後に退くこともできぬ。
「進め! 天宮を目指せ!」
もう守備兵とシァンドロスに傾倒した若者の区別なく、ムスタファーもイムプルーツァもパルヴィーンも、剣を振るい。
道を切り開こうとする。
バゾイィーも相手の別なく剣を振るわざるを得なかった。
ムスタファーもバゾイィーもかつては一国を治めていた皇帝であり王であった。それがこうして群衆を導き革命を起こそうなど、どうして夢にも思えようか。
だが宿命とでも言うべきか、それはムスタファーとバゾイィーを革命へと導いた。
革命の前には試練があった。試練に打ちのめされて、殻に閉じこもるように隠棲していれば楽であったかも知れぬ。
しかし、ムスタファーもバゾイィーもそれができる人間ではなかった。
ムスタファーもバゾイィーも、皇帝や王である以前に、戦いを求める戦士であった。戦士であったことが、宿命的な革命へと導いた。
「おのれ……」
守備兵の長は歯噛みした。数の不利があろうとも、素人の群衆などものの数ではないと思っていたが。先頭に立つムスタファーらがよく戦うので、群衆も闘志を沸き立たせ勢いにのって、守備兵を薙ぎ払おうとする。
群衆の勢いは凄まじかった。
いかに守備兵やシァンドロスに傾倒した若者らが刃を振るおうとも、解放を求める群衆が圧倒的に多く。守備兵やシァンドロスに傾倒した若者を取り囲んで、これでもかと殴打し、あるいは殺した。
群衆は熱狂の渦となっていた。
これに、シァンドロスに傾倒していた若者がひるみ。
「くそったれ」
と捨て台詞を吐いて逃げ出す。
これに守備兵が続くように、逃げ出した。
「とどまれ、とどまって防がぬか!」
守備兵の長は叫んで引きとめようとするが、効果なかった。守備兵は群衆の熱狂に恐れをなして、一気に崩れ去ってゆく。
「逃げるな! 戦え!」
守備兵の長は必死に叫んだ。
これを聞いたムスタファーは守備兵の長に向かっていった。
「お前が長か!」
ザッハークを勢いよく駆けさせて、剣をうならせる。
はっとした守備兵の長も剣を構えてムスタファーの突進を防ごうとするが、勢いに乗るムスタファーの斬撃凄まじく。守備兵の長は数合渡り合って、かなわず首を刎ねられてしまった。
「隊長がやられた!」
どうにかふみとどまっていた守備兵も、長がムスタファーに仕留められたのを見て、戦意を完全に失い。逃げ惑った。
シァンドロスに傾倒していた若者らも、もう革命の群衆の前に立ちはだかることはなく。熱狂に恐れをなして、逃げ惑うばかりだった。
「逃げる者にかまうな! 天宮を目指せ! 天宮を制圧するのだ!」
ムスタファーは剣を天宮の方角に向けて叫び。先頭に立って、天宮目掛けてザッハークを駆けさせた。
群衆は、わっ、と喚声をあげてムスタファーらに続く。
天宮の前にも守備兵が守りを固めてはいたが、革命の熱狂に胸を押さえつけられているように、身体を震わせていた。
やがてムスタファーは天宮にたどりつき、守りを固める守備兵と渡り合った。
群衆は数に物を言わせ、天宮を取り囲んで。
「獅子の革命!」
と叫んでいた。
その叫びは天宮を揺るがすほどだった。