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第三十八章 獅子の革命 Ⅴ

 ムスタファーの叫びに呼応して、荷車の覆いが外され、積み込まれていた剣を皆素早くとり、抜剣した。

 愛馬ザッハークにムスタファーは素早く飛び乗り。同時にイムプルーツァはウォルダーンに、パルヴィーンはイーシガレに素早く飛び乗り。他の馬のある者も素早く馬に飛び乗った。

 市場の人々は何事かと驚き、一行を眺めている。

「何事だ!」

 突然、商隊キャラバンの者たちが剣をとったので、ソケドキアから派遣された憲兵がやってきて。尋問しようとするが。

 一行のただならぬ様子を見て、憲兵らも抜剣する。

 市場の人々はこの突然の出来事に悲鳴をあげて、逃げ惑うものや立ちすくんで様子を眺めている者など様々で、混乱に陥った。

「我はムスタファー! トンディスタンブールをソケドキアより奪還するために立ち上がる!」

「ムスタファーだと」

 憲兵はムスタファーの顔をまじまじと見たが、そもそも顔を知らないので判別のしようがなく。かたりであるかもしれないと思った。

 市場の人々は意外な名が出たので、さらに驚き、ムスタファーら一行に視線を集中させている。

 そうしているうちにも、守備兵が集まってきて一行を取り囲む。

「ええい、ムスタファーなどと言えば引き下がると思ってか。者ども、こやつらをひっ捕らえよ! 斬ってもかまわぬ!」

 憲兵の頭らしき者が剣を掲げて突っかかってくる。

「来るか。来い!」

 ムスタファーらは剣をかまえて、襲い来る憲兵や守備兵と刃を交えた。

 怒号と悲鳴が、刃のぶつかり合う鋭い音が入り交じり、市場はさらに混乱し、ほとんどの人々が難を逃れるために逃げ惑った。

「うおおッ!」

 ムスタファーは怒号をはなち、剣を振るってはや三人を斬りたおした。

 イムプルーツァやパルヴィーンも襲い来る憲兵や守備兵を斬りたおし。バゾイィーらもよく渡り合った。

 この市場の混乱はすぐにトンディスタンブール中に広く知れ渡り。郊外の天宮にも伝えられた。

 市場から逃げ惑う人々と入れ替わりに、野次馬が市場に殺到する。

 天宮では、旧臣らがあらぬ事態が起こったことに困惑し、人を遣って様子をさぐらせにいかせた。

「者ども、立ち上がれ! トンディスタンブールをソケドキアから解放するのだ!」

 ムスタファーは剣を振るいながら叫んだ。

 市場につめかけた野次馬らは、この突如はじまった戦いを遠巻きに眺めて。ムスタファーの叫びを耳にして、はっとするように憲兵や守備兵と刃を交える一行を見やった。

 その中に、ムスタファーの顔を知っている者が数十名おり、

「あ、獅子王子アスラーンムスタファー様だ!」

 と、口々に叫んだ。

 ムスタファーは突然の内乱で行方知れずになっていたが。まさかトンディスタンブールに入り、突然剣をもって立ち上がるなど考えもおよばぬことである。

「ムスタファーって、獅子王子アスラーン、獅子王子のムスタファー様のことか」

「そうだ、そのムスタファー様だ! 生きておられたのだ」

 野次馬たちは騒然となって、一行と憲兵、守備兵の戦いを眺めていた。

 行方知れずとなったムスタファーが突然あらわれて、トンディスタンブールをソケドキアより取り戻すために戦っている。それで、自分たちはどうすればよいのだろう。

 天宮から遣わされた者も市場にたどりつき、その混乱と戦いを目にし、さらにムスタファーにイムプルーツァ、パルヴィーンを目にしてたいそう驚いて。

 慌てて天宮にもどり、このことを旧臣らに報せた。

「なんと、獅子王子が!」

「は、はい。間違いありませぬ。獅子王子であられたムスタファー様でございました。他にイムプルーツァにパルヴィーンもおりました」

「なんと……」

 旧臣らは絶句した。

 ソケドキアから派遣された数名の代官はこの報せを聞いて、迷うことなく、

「ムスタファーがどうした。反逆者は討ち取るべきではないか」

 と言ったが。旧臣らは眉をひそめて、なにも言わなかった。

「なにを黙っておるのだ。そこもとらが動かぬのであれば、ことの収拾は我らでさせてもらうぞ」

 代官は士官に命じ、人数を増やして反逆者を討ち取るよう厳命した。

 旧臣らは、戸惑い代官をながめて。どうすればよいか迷っていた。

 市場では、野次馬が集まるどころの騒ぎではなかった。この突然の反逆はトンディスタンブール中にあっという間に広がり。次から次へと、ひっきりなしに人々がつめかけてくる。

 天宮からの命令で守備兵がさらに派遣されて、市場に向かおうとするも。つめかけた人々にはばまれて、なかなか前に進めない。

「ええい、どけ、どかぬか!」

 兵士らは叫ぶが、なかなか道は開けない。

 そうする間にも、ムスタファーは憲兵、守備兵を斬り。イムプルーツァやパルヴィーンらもよく戦い、憲兵や守備兵のほとんどを斬った。

 残った憲兵に守備兵らは、反逆者の強さに舌を巻き、思わず逃げ出そうとする。

 しかし、市場に駆けつけた人々はその憲兵や守備兵に冷たい視線を送り。逃げ道をふさぐ格好で、道をあけなかった。

「人々よ、立ち上がれ! このムスタファーとともに、ソケドキアを追い払うのだ!」

 ムスタファーはザッハークの馬上、血塗れた剣を掲げて、人々に叫んで訴えかけた。

 野次馬として戦いを眺めていた人々は、ムスタファーらや血塗れた剣を見て、心に何か触れるものを覚えざるを得なかった。

「トンディスタンブールが、破壊、殺戮をいとわぬ暴君シァンドロスの手中にあってよいものか。トンディスタンブールは、誰のものか」

 イムプルーツァもムスタファーに続いて人々に訴えかけた。

「我らは何者か! ソケドキア人か! タールコ人か!」

 その言葉は、人々の心に決定的なものをあたえた。

「我々は、タールコ人だ!」

 群衆の中からそんな叫びが起こったかと思うと、次から次へと、

「我らはタールコ人だ!」

「トンディスタンブールはタールコの都だ!」

「ソケドキア人を追い払え!」

 などといった叫びが沸き起こり。それは波動となって広まってゆく。

 叫びがさらに人心を突き。人々はもろ手を挙げて、

「ムスタファー、ムスタファー!」

 と唱和する。

「タールコ人の心と誇りあらば、我に続け!」

 ムスタファーは天宮の方角目掛けてザッハークを駆けさせ。それにイムプルーツァやパルヴィーン、バゾイィーも続く。

 同時に人々は道を開き。ザッハークら駆け抜け、馬蹄の響きと風を感じると、そのあとについてゆき。

 その数は無数に膨らんでいった。

 革命がはじまったのだ。

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