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第三十八章 獅子の革命 Ⅳ

 トンディスタンブールには、従来どおり商隊キャラバンもやってくる。

 東方の国、マオから貴重な絹や陶器をはじめ、さまざまな地域から、さまざまな物品が運ばれてきて。市場や商店で取引をされる。

 昴にまでいたる、東西に跨る大帝国を築く野望を抱くシァンドロスは、昴からの運ばれてくる物品を集めるよう代官に命じてもいた。

 ソケドキアやシァンドロスに対する不安や不満などを抱えつつも、トンディスタンブールは都としての賑わいを失ってはいなかった。

 そのトンディスタンブールに、ザークラーイでの戦況が次々にもたらされる。

 敗残兵を処刑した、という報せはシァンドロスに対する不安や不満をさらに募らせて。

 その一方で、ソケドキア軍はザークラーイ山を攻めあぐねたうえに、遊撃軍もオンガルリ・リジェカ連合軍に撃破させられ。戦力を一気にそがれた、という報せは人々を喜ばせ。

 市場や商店では、それを祝うかのように特別に値を下げて商売をするなどといったことが見受けられたり。

 酒場などでは、人々が乾杯をしてソケドキア軍の苦戦に献杯するなどといったことも見受けられていた。

 それを言葉にすれば、

「ざまあみやがれ」

 であったろう。

 露骨にそれを言えば、ソケドキアから派遣された憲兵に捕まってしまうので、別の口実をもうけてはいるが。祝いの酒を飲む者や特別値下げをする商人たちは、活き活きとしたものだった。

 ムスタファーは愛馬ザッハークに乗らずに手綱をもって馬を曳き、歩き、トンディスタンブールの活気を眺めて。

「あの頃と変わっていないな」

 と、ぽそっとつぶやいた。

「やはりトンディスタンブールは都でございますね」

 そばのイムプルーツァとパルヴィーンも下馬し、手綱をもって馬を曳きながら、ムスタファーに同意する。

 およそ二百の一行で馬をもつのはわずか数名であり、他は徒歩である。

 バゾイィーなどは手綱をもつ手を放しそうになりそうに、きょろきょろして、トンディスタンブールの活気を見つめていた。

「なんという賑わい。さすがタールコの都よ」

「かつては、だ」

 バゾイィーがしきりに感心するのを、ムスタファーがすかさず突っ込みを入れる。

「そうか、かつては、か」

 そう言いながらも、バゾイィーはやはり、トンディスタンブールの活気にやや呑まれているようだった。

 同じ都といっても、オンガルリのルカベストとは違う。ルカベストも都としての規模は負けてはいないが、活気という点ではトンディスタンブールにおよばぬところがあった。

 なにより、様々な地域の文化が入りまじり、建物ひとつひとつをとっても個性的であった。ルカベストは建物の様式が統一されて、文化的にも西方文化圏の国のひとつとなっていた。

 人もまたさまざまな人種や民族が入り交じる。オンガルリも旧ヴーゴスネアも様々な人種や民族が入り交じってはいたが、徐々に西方民族の血が濃くなっていっていた。

 が、トンディスタンブールは各地域から人々が自由に行き来し、その民族性が一方的になることはまずなさそうである。

 ともあれ、軍装を解き、商隊を装い、トンディスタンブールに入ったムスタファー一行は市場を歩きその活気を眺めていた。武具などは皆荷車に乗せている。

 ムスタファーは冷静で、トンディスタンブールに入っても懐かしさを感じることは少なかった。

(エスマーイールのいない世界など……)

 そのような気持ちが、心の片隅に潜む。

 バゾイィーに従うオンガルリの騎士や兵士らも、主同様、トンディスタンブールの活気に感心しきりで。あたりをきょろきょろと眺めまわっていた。

 トンディスタンブールは自由に人が行き来している。シァンドロスはタールコから続く、この、来る者を拒まぬ習慣を残させていた。

 それは王者の余裕でもあったろう。

 そのおかげで、ムスタファー一向もトンディスタンブールに入れた。

「で、どうするのじゃ」

 バゾイィーが言う。

 どうするのじゃ、とは、いつ決起するのだ、ということだ。

「そうだな……」

 ムスタファーは先頭に立ち、一行を引き連れて市場を歩いている。

「なんなら、いまからでもやるか」

 その言葉にどきりとしたのはイムプルーツァにパルヴィーンだ。

 冗談なのか本気なのか、ムスタファーは振り向いて一行を笑顔で見た。

 その笑顔には、どこか悲壮なものを感じずにいられなかった。

「せめて一晩、人心がいかなるものか、トンディスタンブールの様子をさぐってからにしては」

 と、イムプルーツァは言った。無為無策に決起をする無謀を、危険を、ムスタファーは冒そうとしているのかのように見える。

「まわりくどいな」

 などと、ムスタファーは言う。

獅子王子アスラーン……」

「いやか? イムプルーツァ、パルヴィーン」

「いやではございませぬが」

 このやりとりを見て、バゾイィーらはきょとんとしている。ムスタファーは急いでいる様子はないが、それでいて、いまからでもとは、どうであろう。

(やはり、エスマーイールの死が、獅子王子のお心に深い傷を負わせているのだ)

 そう、イムプルーツァにパルヴィーンは思わずにはいられなかった。

「やるか」

 突飛にそう言うのは、バゾイィーであった。

「どうせこのままでは、我らに行く当てはない。時を引き伸ばしたところで、なんの意味がある。ならば、そなたの言うとおり、いまからでも決起しようではないか」

 引き締まった笑顔で、バゾイィーはムスタファーを見据えた。

 ムスタファーも、同じく笑顔で見返す。

「やるか」

「おう、やろうではないか」

「よし、やろう」

 ムスタファーは、ふっ、と笑い。歩みを止め、後ろに振り向き一行を見据えた。イムプルーツァにパルヴィーンも、覚悟を決めた。

 ムスタファーは叫んだ。

「剣をもて!」

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