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第三十八章 獅子の革命 Ⅲ

「なんという男だ」

 コヴァクスとニコレットは、むくろとなったカンニバルカの不敵な笑みを見て、身震いをする。

 戦いには勝ったが、そこに充足感はなかった。

 思えばカンニバルカは、ソシエタスの敵であった。が、敵討ちができた、という喜びも薄い。

 自分たちを陥れたイカンシの首を刎ね。父ドラヴリフトの冤罪も晴らした。とはいえ、そういったことはコヴァクスとニコレットはあまり知らない。カンニバルカ自身恩着せがましいことは一切しなかった。

 むしろ、コヴァクスとニコレットが異国の風雲の中でどう生き残るかを眺め。それと戦う日が来るのを楽しみにしていたくらいだった。

 それに、この男が何者であったのか、結局はわからずじまいだった。

 なにより、不敵な笑みのまま逝ったことが、コヴァクスやニコレットらの勝利の喜びをそいだ。

 コヴァクスは、ペーハスティルオーンに続き、カンニバルカといったソケドキアの主要な将をふたり討ったわけだが、それはあまりにも対照的であった。

 事情を知らぬ兵士たちの中から、素直に勝利を喜び、勝ち鬨が上がる。それは軍全体に広がってゆく。

「勝ち鬨を上げろ!」

 コヴァクスは槍斧ハルバードを掲げて叫ぶ。

 いつまでも、自分が倒した敵のために思い悩むことなどあろうか。内容はともかく、戦いに勝ったのだ。

 ならば素直に勝利を喜び、勝ち鬨を上げるべきではないか。

 そうでなくば、死せるカンニバルカにいつまでも翻弄されてしまいそうだった。

 

 カンニバルカ討たれる、の報せは物見からシァンドロスにもたらされた。

 シァンドロスは激怒した。

「なんと不甲斐無い男よ」

 出自不明であることなど関係なく、重くもちいてやったというのに。無様にもドラゴン騎士団に敗れてしまうとは。

 所詮はその程度の者であったか。

 正体不明のまま死なれたのは、シァンドロスとて同じであったが。こちらはそんなことに頓着しなかった。

 むしろ、敗れたことに怒っていた。

 それにしても、敗走する兵士が一向に戻ってこない。

「処刑を怖れてか」

 イギィプトマイオスは敗れた遊撃軍の兵士が戻ってこないわけを察した。無理もあるまい。さきにペーハスティルオーンに率いられた兵士らが、リジェカドラゴン騎士団との戦いに敗れた咎で処刑されてたのだ。

 処刑されるとわかって、戻ってくる者などいないであろう。

 遊撃軍は五万である。その五万を、ソケドキア軍は失うことになった。このことで、兵力はおよそ十三万と、一気に減った。

 ザークラーイ山の要害もしぶとく抗戦し、落すどころかの話であった。

 シァンドロスは歯噛みする。

 屈辱感が心に広がってゆく。

 いままでこんなことなど、なかった。連戦連勝を重ね、ソケドキアを一大国家にのしあげて、東西に跨る大帝国にするのが夢であり、野望であった。

 それが、こんなところでつまづくことになるのか。

「ううむ……」

 いかに憤ったところで、事態が改善されるわけではないくらい、シァンドロスにはわかる。ここは、やはり兵糧攻めにするしかなさそうだった。

 ソケドキア軍はザークラーイ山に猛攻をくわえていたが、一向に埒が明かない。

 シァンドロスは攻撃をやめさせ、ザークラーイ山を厳重に包囲し、兵糧攻めでリジェカ軍を干し殺しにすることにした。

「ドラゴン騎士団は見事遊撃軍を破ったようですな」

 遊撃軍の姿が見えなくなり。ソケドキア軍が山を攻めなくなったことで、イヴァンシムは事態を察し、モルテンセンにそう言った。

 モルテンセンは満足そうに頷き。流れがリジェカにとってよい方向に向かっていることを感じていた。

「もうひとふんばりだな」

 モルテンセンのその言葉に、イヴァンシムとジェスチネは笑顔で頷いた。


 さて、ところは変わる。

 ここはトンディスタンブール。

 タールコからソケドキアへと支配国がうつり。ソケドキアの都にさだめられた。

 一時は人心は不安に揺らいだが、いまは人々は日常の生活を送っていた。 

 そのトンディスタンブールにザークラーイでの戦況の報せがもたらされる。

「どうにも、神雕王はザークラーイ山を攻めあぐねているようだ」

 という報せは、人々の心を軽やかにするものだった。

 シァンドロスはこのトンディスタンブールにはなにもしなかったが、他の、ヴァバロンの破壊や殺戮は広く知られることだった。

 そんなシァンドロスの暴虐を、トンディスタンブールの人々が喜ぶわけもなかった。

 誰か、強力な者が現れて、タールコからソケドキア、シァンドロスを追い払ってくれまいか、と願う人々が多いのも無理からぬことであったろう。

 代官としてトンディスタンブールの統治に当たるのはタールコの旧臣たちであった。

 彼らもまた、表向きはよく統治のために働いていても、内心は、ソケドキアを追い払う者の出現を待ち望んでいた。

 タールコがトンディスタンブール奪還のための戦いを起こしてくれればよいのだが、そのタールコも、あろうことか内乱があり、獅子皇ムスタファーは追われ行方知れず。新皇帝となったマルドーラだが、ソケドキアとの戦いに敗れてしまい。殻に閉じこもるように、守りに徹しているというではないか。

 旧臣らはそれを知り、ため息をつき、失望を覚えざるを得なかった。

 これから、トンディスタンブールはどうなるのであろう。新しい支配国となったソケドキアも不安定要素をかかえている。旧臣らは、トンディスタンブールが宙に放り出されてしまいそうな不安も覚えざるを得なかった。

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