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第三十八章 獅子の革命 Ⅰ

龍菲ロンフェイ、手出し無用だ!」

 コヴァクスは苦戦しながらもカンニバルカの大剣を槍斧ハルバードで受けながら叫んだ。だが、龍菲はかまわず迫り。剣をカンニバルカに見舞おうとする。

「龍菲! これはオレとカンニバルカの一騎打ちなんだ!」

「何を言うの、負けそうなのに。それに……」

 大剣と槍斧、剣の三つが火花を散らし激しく交わる中、龍菲はコヴァクスを見つめた。

「あなたが好きなのよ」

 槍斧を振るいながら、コヴァクスは龍菲の言葉に耳を疑った。

「な、なにを言うんだ、こんなときに」

「言ったとおりよ」

「お前ら、好き合っておるのか! これは面白い!」

 カンニバルカはコヴァクスと龍菲が自分と刃を交えている最中に、あらぬ会話をしていることがおかしかった。

「ろ、龍菲! とにかく、いまはオレとカンニバルカの一騎打ちなんだ。手出ししないでくれ!」

「手出ししなければ、あなたは討たれてしまうわ。私は、そんなのはいやよ!」

 龍菲は珍しく声を張り上げて、コヴァクスに言った。

 物静かというか冷めた印象のあった彼女が声を張り上げるのは、珍しいことだった。ここはどきりとするところだろうが、なにせカンニバルカと刃を交えている最中である。

 龍菲の言葉に戸惑い、心が乱れてゆくのを感じざるを得なかった。

(オレだって、オレだって……。龍菲が好きだ!)

 そう叫びたかった。

 だが戦いの最中に、色恋沙汰など。騎士としての面子が許さなかった。

 しかし同時に、戸惑いは戸惑いでも、なにか暖かな戸惑いも感じていた。やはり恋心が実るというのは嬉しいものだった。

 なにか、心の片方に黒い翼、片方に白い翼が生えて。息も合わず羽ばたこうとしているような、そんな感じであった。

(ああ、もう。龍菲め……)

 コヴァクスは様々に交錯する気もちを紛らわせるように、

「おおッ!」

 と叫んで、どうにか集中して、カンニバルカに槍斧を振るった。カンニバルカも受けて立ち。そこに龍菲が割って入った。

 三つの刃と心が交錯している間に、ニコレットとダラガナは軍勢をまとめ。遊撃軍の撃破にかかっていた。

 戦況としては、オンガルリ・リジェカ側優勢であった。

 遊撃軍の兵士はカンニバルカに従う部将が数名、まとめようとするが。挟み撃ちにされ意表を突かれて乱れだした軍勢は、そうなかなかまとまるものではない。

 次第に敗走する兵士の数が多くなってゆく。

「逃げるな! 踏みとどまれ!」

 部将らは叫ぶが、兵士たちはかまわず戦場から離脱しようとする。

 オンガルリ・リジェカ双方のドラゴン騎士団に、赤い兵団らとて、優勢に甘えず。必死になって遊撃軍を打ち破ろうとしていた。

 ニコレットも、ダラガナもセヴナも、懸命に戦い。アトインビーも紅の龍牙旗を堂々と掲げて。戦場を駆け巡った。

 カンニバルカがコヴァクスと龍菲と刃を交えていても、それに気をとめる者はいなかった。

「おのれ、忌々しいドラゴンどもめ……」

 遊撃軍の部将はうめき、剣の柄を握りしめる。

 いっそ、

「退け!」

 と、号令をくだしたかったが。退くことは、負けたということで。シァンドロスは、それを許すまい。

 さきの、ペーハスティルオーン率いる軍勢がリジェカドラゴン騎士団らに破れてもどってきたとき、シァンドロスは烈火のごとくの怒りと憎悪をもって、敗残兵を処刑したのだ。

 ソケドキア軍にとって、負けることは許されず。それはそのまま死を意味した。

 それは兵士たちが敏感に感じているようで、蜘蛛の子を散らすように、ばらばらに逃げ惑っている。その者は、もうソケドキア軍にもどることはあるまい。

 歯噛みする部将のもとに、ニコレットが迫る。

 勇気のある者はニコレットを討ち取ろうと刃を見舞うが、それことごとく薙ぎ払われていた。

「小龍公女!」

 部将はニコレットの戦いぶりに、背筋が凍りそうなのを覚えた。慌てて馬首を返して、逃げ出そうとしてしまった。

 だがそれより早くニコレットは迫る。

「名のある騎士とお見受けした。いざッ!」

 ニコレットの剣が迫り、部将もそれを咄嗟に受けて立つが、狼狽したため満足にニコレットの剣を受け止めきれず。

 数合打ち合い、うなるニコレットの剣は部将を斬り。討たれた部将は無念のうめきをあげて、落馬した。

「もうだめだ」

「逃げろ、逃げろ!」

 部将がニコレットに討たれたのをきっかけに、遊撃軍は雪崩を打ったように一気に崩れだした。

 コヴァクスと龍菲と、刃を交えるカンニバルカの三人の間にも、敗走する兵士や騎士が割り込み。もはや、刃を交えるどころではないくらいに、遊撃軍は乱れに乱れた。

「ふん、逃げるわ逃げるわ」

 無理矢理コヴァクスらと引き離されたかたちとなったカンニバルカは、遊撃軍の壊滅ぶりを目にして、自嘲的に笑った。

 コヴァクスは槍斧の柄を握りしめ、カンニバルカを睨みつつ。戦況がさだまったことをさとった。龍菲はコヴァクスからはなれないようにしている。

 勝敗は決した。

 遊撃軍の中で、オンガルリ・リジェカ軍と戦おうとするものはいなかった。

 そんな中で、カンニバルカは一緒になって逃げず、その場に踏みとどまり。敗走する兵士らはそれを避けてゆく。


 ところはかわる。

 ソケドキアの東方。かつてはタールコ西方地域。

 西へと進む一団があった。

「エスマーイール……。オレを見守ってくれ」

 青空に向かいつぶやくのは、かつて獅子王子アスラーン、獅子皇と呼ばれたムスタファーであった。

 そばにはイムプルーツァにその侍女パルヴィーンに、かつてのオンガルリ国王バゾイィー。

 およそ二百名ほど一団は、商隊キャラバンを装い、西方に向かっている。

 その先には、かつてのタールコの都、トンディスタンブールがあった。

 一団は、トンディスタンブールを目指して進んでいた。

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