第三十七章 ザークラーイの会戦 XIX
カンニバルカ率いる遊撃軍は前後を突かれる格好となってしまった。
ニコレットはあらかじめリジェカ軍と連携をとり、いかにしてカンニバルカの遊撃軍と当たるかを打ち合わせていた。
そこでまず、数の少ないコヴァクス率いるリジェカ軍およそ一万五千が遊撃軍の前にあらわれ、油断をさせて追わせて本隊から引き離す。
本隊から離れたところで、ニコレット率いるオンガルリ軍三万五千がカンニバルカの遊撃軍の背後を突く。
その策は見事功を奏した。
前後挟み撃ちにされたカンニバルカの遊撃軍の兵士たちは、混乱をきたし、コヴァクスやニコレットに薙ぎ払われるがままだった。
「カンニバルカを討ち取れ!」
ニコレットは激しく号令をくだす。同時にコヴァクスも槍斧を振るい、
「どこだ、カンニバルカ!」
と、その姿をもとめ乱戦の中を駆け抜けた。そのそばにはやはり龍菲。剣を舞わせるように振るい、コヴァクスから一馬身引いたところでともにカンニバルカの姿を求めた。
当のカンニバルカはというと。
「やられたわい」
と歯噛みし、大剣を振るい迫る敵兵を薙ぎ倒す。このときにあっても、カンニバルカの勇猛は変わらなかった。
しかし、一度ならずニ度までもドラゴン騎士団にしてやられた。カンニバルカは、おかしくなった。ドラゴン騎士団との戦いを楽しみにし、これを楽しんだのだが。自分が負けるなど考えなかった。結局どこかで、コヴァクスとニコレットの兄妹をなめてかかっていた。
それが、この結果を生んだのかと思うと、屈辱などよりも、おかしさが込み上げるのである。
(なんとも、オレの人生はおかしいものだわい)
不意に、今までの来し方が思い起こされた。
故国は大陸の西方の、その南にある島国ガルーダーゴ。カンニバルカは代々ガルーダーゴに仕える武門の家に生まれ、成人すると武将として臣下の列にくわわった。
そのガルーダーゴでは、王権をめぐり権謀策術が繰り広げられ。それが高じて、ついに内戦となった。
国が真っ二つにわかれて相争ったのだ。
当時の王ポニーエと、その王弟カネンは国を二つに分けて争ったのだが。先に挙兵したのは、王弟カネンであった。その言い分は、
「兄ポニーエは政をながしろにし、女色に耽ることはなはだしく。我は幾度もこれを諌めたるも、まったく聞く耳を持たず。むしろこの我をけむたがり、まったく諌めを聞き入れず。あいかわらず女色に耽る。このような兄に、王に、国を担えるであろうか。否である。それゆえ、我は挙兵のやむなきにいたる」
というものであった。
実際王ポニーエは女色に耽り、政をないがしろにしていた。が、そこは近しい臣下が補い。国は、王宮に権謀策術が駆け巡る意外にこれといった混乱はなく、一応の平和はあった。
王ポニーエにしても、政をおろそかにし、女色に耽っても、暴虐の王ではなかった。実質は飾りの王ではあっても、王として王位につき国を治めていた。臣下もよく支えた。民も、別段不満を抱かず、普段の生活を営めた。
だが、王弟カネンにはそんなことは関係なかった。
(兄とはいえ、こんな男が王になってもよいのか。ならば、オレでも王になってもよいのではないか。二年遅れて生まれただけで、こんな男の下で一生を過ごす必要などあろうか)
飾りの兄王を見ているうちに、王弟カネンの心に野心が芽生えた。王たる資格など、存外に低いものであるものだ、と。
カネンはついに挙兵した。
カンニバルカは王弟カネンの側について戦った。その働き目覚しく、王ポニーエの軍勢をことごとく打ち破り。
挙げた首級も数知れず。
王弟カネンの信頼も厚く。その一方で王ポニーエを怖れさせた。
ついには、王弟カネンはカンニバルカの働きもあって、王ポニーエを追いつめ。自害にいたらせ。
ガルーダーゴは王弟カネンが王位につき、内容はともあれ、これで戦争は終わり、国に平和が訪れるかと思われた。
確かに戦争は起こらなかった。
その代わりのように、粛清が王宮を駆け巡ったのだった。
王となったカネンは、王位についてから、どうしたことか猜疑心に取り付かれて。功績のあった臣下たちの身辺を探らせて、少しでも疑わしいと思うところあれば呼び出し問い詰めた。
呼び出した臣下を問い詰めに問い詰め。臣下がどう言おうとも、最後は様々な口実を以って、処刑するのである。
実力をもって王位を奪い取った。自分がそうするなら、他もするかもしれない。そんな猜疑心が、カネンの心を蝕んだのだ。
当然のように、その猜疑心はカンニバルカにも向けられ。一番カネンを怖れさせた。その理由は、カンニバルカが一番手柄を挙げたからだった。
もしカンニバルカが王位を狙えば、ひとたまりもない。
カネンは決意した。絶対にカンニバルカを粛清する、と。
兄王は女色に耽り、取って代わった王弟は粛清に取り付かれた。政は二の次だった。結局は、兄も弟も、内容は違えど同じ道をたどっていた。
カンニバルカは残党狩りで各地を回り、カネンを批判することはなく、黙々と働いた。働きながら、カネンの猜疑心が自分に向けられていることを察していた。
そして、速急に王宮に馳せ参じるように、呼び出しがあった。
「オレを粛清するか」
王宮に呼ぶということは、そういうことである。素直に従えば、首を差し出すことになる。
カンニバルカは馬鹿馬鹿しさを感じた。
反逆者の汚名を覚悟して、王弟に仕えて、手柄も立てたというのに。その果てに、粛清の対象になるなど。これほど馬鹿ばかしいことがあろうか。
カンニバルカは、その夜行方をくらませ。密かに国を出た。
それから、国がどうなったのか、知ったことではなかった。
以後カンニバルカは、心の赴くままに、好きなように生きて自由を満喫していた。