第三十七章 ザークラーイの会戦 XVIII
十三万もの寄せ手を相手に、ザークラーイ山のリジェカ軍は善戦した。
ザークラーイ山の天険を生かし、岩石や油、矢など集められるものは集め、迫り来るソケドキア軍にそれを見舞い、ことごとく追い返していた。
「なんという……」
シァンドロスは憎悪を込めて、ザークラーイ山を睨んだ。
いままでの戦いで、ここまでてこずったことがあったろうか。
屈辱であった。
二十万もの兵力を集めたにも関わらず、その半分以下の兵力しか持たぬリジェカ軍を攻めあぐねるなど。
「攻めよ! 徹して攻めよ! 攻めの手を緩めるな!」
そう、激しく号令し。
ソケドキア軍は、無理にでもザークラーイ山に迫った。だが崖を上るのにも一苦労である。そこへ、岩石が落とされ油が撒かれ火矢を放たれ。東西と南の方面からの攻めはことごとく返り討ちにされて。
落下するばかり。
北方面でも、防衛隊はよく働き。迫り来るソケドキア軍を追い返していた。
犠牲は増えるばかりである。
前線に立つ兵士らも、この苦戦っぷりに閉口し。戦意が萎えてくるのはいかんともしがたかった。
十三万もいるのである。中には立ち止まって、動かぬものもあれば。山に近づくも、人の姿をとどめぬ兵士のむくろに怖じて引き返す者もいたのは、やむをえぬことであったろう。
崖下には、人の姿をとどめぬむくろと岩石が積み重ねられ。地面には血が広がり。まるで血の池に浮いているかのようだ。
周辺を回るカンニバルカは、その様子を覚めた目で眺めていた。
(さてどうなることやら)
リジェカに智者あり。その智者はよく考えたものだ。
こうなれば兵糧攻めにして、干し殺すのが一番よさそうなものだし。一旦はそうしていたのに、血気に逸ったシァンドロスは結局は力攻めを選んだ。
カンニバルカは、この戦いでシァンドロスが精彩を欠いているのを察していた。
なにせ自然を生かされるなど、はじめてのことである。シァンドロスとて、それに戸惑い精彩を欠くのもやむをえなかったろう。
さてさてどうなることやら、と考えているとき。
「将軍!」
と、部下がカンニバルカを呼ぶ声がした。
「なんじゃい」
「あれを」
と指差す先を見れば、無数の人影や旗指物が見える。集団がこちらに向かってきている。
「あれは、ドラゴン騎士団どもだな」
カンは当たった。やはりドラゴン騎士団らは動き出した。さて、オンガルリ、リジェカに分かれているが、どちらのドラゴン騎士団であろう。
「備えよ!」
カンニバルカは号令をくだした。
遊撃軍は動きを止め、剣や槍をかまえ、いつでも戦えるように身構えた。
部将が、近づきつつあるドラゴン騎士団の兵力を目測で数えていた。その数は一万と数千ほどであろうか。
「将軍。敵の数は少のうございます。ここは蹴散らせてやりましょうか」
「数は一万といくらかだのう。となれば、ペーハスティルオーンを討ったリジェカドラゴン騎士団か」
咄嗟にカンニバルカは、
「小癪な。蹴散らしてやれ!」
と号令をくだした。
五万の遊撃軍は喚声あげて、リジェカドラゴン騎士団向かって駆け出した。
別にオンガルリドラゴン騎士団が控えているのはすでに調べがついている。何を思ってか知らぬが、リジェカドラゴン騎士団のみで来るなど。無謀というべきであろう。略奪に向かったソケドキア軍を撃破し、ペーハスティルオーンを討ったことで勢いづいて、攻めてきたのか。
遊撃軍は迫る。リジェカドラゴン騎士団、それを率いるコヴァクスはそれを見て。
「来たか。よし、一旦退却せよ!」
という号令をくだし。リジェカドラゴン騎士団らは反転し、カンニバルカの遊撃軍から逃げ出した。
「逃げるか。追え!」
遊撃軍は逃げるリジェカドラゴン騎士団を追った。
リジェカドラゴン騎士団の他にオンガルリドラゴン騎士団三万五千がいる。それと合流して、互角の兵力になっては多少の苦戦は免れまい。だからこそ、いまのうちに各個撃破する必要があった。
逃げるリジェカドラゴン騎士団、追うカンニバルカの遊撃軍。
ザークラーイ山からどんどんと離れてゆく。
コヴァクスは逃げつつ振り向き、山が小さくなってゆくのを見た。ということは、ソケドキア本隊からも離れているということだ。
「かかったな」
と、にやりと笑った。
「ようし、反転して、ソケドキア軍と当たれ!」
逃げていたリジェカドラゴン騎士団らは、反転して、喚声あげてソケドキア遊撃軍目掛けて駆け出した。
「む、逃げ切れぬとあきらめて、来るか」
カンニバルカはそのまま遊撃軍を走らせ。
リジェカドラゴン騎士団と遊撃軍は激突した。
カンニバルカは大剣を振るい敵兵を薙ぎ倒してゆく。コヴァクスも槍斧を振るい、敵兵を薙ぎ倒す。そのそばには、龍菲。風のように剣を舞わせて、迫り来るソケドキア兵を払っていた。
赤い兵団もダラガナの指揮のもとよく勇戦し。セヴナも得意の弓矢でもって、ソケドキア兵を射止めていた。
アトインビーは戦場をコヴァクスとともに駆け抜け、紅の龍牙旗を高々と掲げていた。
リジェカドラゴン騎士団らは数の不利を抱えながらも、勇戦していた。
だが、いかんせん、やはり勇気だけでは数の不利を跳ね返せない。しばらく刃を交えたのち、
「退け!」
と、コヴァクスは号令をくだし。リジェカドラゴン騎士団らは、カンニバルカの遊撃軍から逃げ出した。
「む、逃げるか! 追え!」
カンニバルカは逃げるリジェカドラゴン騎士団らを追わせた。ここでなんとしても、潰しておかねばならないのだ。
リジェカドラゴン騎士団らは遊撃軍から逃げる。
ザークラーイ山との距離は広がってゆく。
コヴァクスは振り向き、遊撃軍が迫るのを見る。龍菲が微笑んで、コヴァクスを見つめていた。
それに気づき、コヴァクスは龍菲を見つめ、笑顔をつくった。
「よし、反転!」
逃げていたリジェカドラゴン騎士団らはまた反転して、カンニバルカの遊撃軍と当たった。
「どういうつもりだ」
この行動には、カンニバルカは不審がった。リジェカドラゴン騎士団らの動きは、あきらかにおかしい。
大剣を振るいながら、どういうつもりか考えて。
(そうか!)
と、閃いた。
そのときであった。
どこからともなく、鬨の声がし。軍靴馬蹄の轟きが耳に飛び込んでくる。
「オンガルリのドラゴン騎士団だ!」
という声がした。
遊撃軍の兵は、色違いの瞳を持った女の騎士を先頭にして迫り来る一軍を目の当たりにしていた。
それも、背後から。
「しまった!」
カンニバルカは歯噛みした。リジェカドラゴン騎士団は単独で行動していたのではない。すでにオンガルリドラゴン騎士団と連携をとっていたのだ。
「かかれッ!」
先頭に立って愛馬・白龍号を駆るニコレットは勇ましく剣を掲げて号令し。
オンガルリドラゴン騎士団三万五千は、リジェカドラゴン騎士団と当たるカンニバルカの遊撃軍の背後を突いた。