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第三十七章 ザークラーイの会戦 XVI

 ザークラーイ山を攻めあぐねていたシァンドロスは、その要因が天険を生かした篭城戦にあることはわかっていた。

 数で言えばソケドキア軍が有利なのだが、ザークラーイ山の天険を生かした戦いのためその数の有利が生かせなかった。

 そこで、リジェカ軍を山から下ろすためにどうすべきか考えたのが、悪口雑言による挑発だった。

 ソケドキア兵としても、ザークラーイ山の天険を生かした戦いをされて攻めあぐねていたので、どうにか山から下ろしてやりたかった。

「リジェカの糞野郎!」

「モルテンセンの餓鬼大将!」

「臆病者め、度胸があるなら山から下りてこい!」

 ソケドキア軍はわめいた、とにかくわめいた。

 モルテンセンをはじめ、イヴァンシムやジェスチネらはこの挑発に堪えた。

 だがまんまと挑発に乗ってしまい、山から下りようと主張する者も出たが。

「落ち着け。我らがソケドキア軍と戦えるのも、ザークラーイ山の天険を生かせばこそだ。山から下りれば、それこそ殲滅させられるぞ」

 と説得して、どうにか踏みとどまらせていた。

 周辺をまわるカンニバルカの遊撃軍五万は、これがどのような結果になるのかと、見物しながらまわっている。

 そろそろ、ドラゴン騎士団らが仕掛けてきそうな気がする。カンニバルカは野生的なカンを働かせて、臨戦態勢を軍勢にとらせていた。

 シァンドロスは悪口雑言を耳にし、憎悪に燃える目でザークラーイ山を睨んでいる。

 たとえ挑発に乗らずとも、ザークラーイ山に篭るリジェカ軍をこれによって精神的に追いつめることはできる。

 いかに大将が堪えようとも、下々の者たちも同じように堪えられることはできないと踏んでのことだった。

 同時に物見をはなち、周辺の様子を探らせて。その報せがもたらされる。

 国境方面にコヴァクス率いるリジェカドラゴン騎士団らおよそ一万五千がひかえ。北方面にニコレット率いるオンガルリドラゴン騎士団ら三万五千がひかえているという。

 また兵力を割いて略奪にいかせようと思っていたのだが、それを警戒しドラゴン騎士団が控えている。

 一度目ではコヴァクス率いるリジェカドラゴン騎士団に手痛い敗北を喫している。二度目までそうなることは避けたかった。

 だが、シァンドロスもカンニバルカ同様、そろそろドラゴン騎士団がなんらかの動きを見せるのではないかと思っていた。

 それを思うと、下手に兵力を割くのは得策ではない。ここは十万を越える兵力を集中させて、奇襲などにそなえるほうがよいだろう。

 ともあれ、ソケドキア軍はザークラーイ山のリジェカ軍にあらん限りの悪口雑言をはなった。

 リジェカ軍の兵士たちは耳をふさぎ、その悪口雑言にひたすら堪えていた。

(これはなんとかせねば)

 イヴァンシムは考える。

 ただ堪えるなど、長く続くはずがない。かといって、こちらも同じように悪口雑言をはなつなど、自分たちの程度をソケドキア軍と同程度に落すような真似はしたくなかった。

「歌だ。歌をうたおう!」

 モルテンセンは叫んだ。

「奴らの悪口に呑まれぬよう、歌をうたい、心を奮い立たせるのだ!」

 モルテンセンは言うと、イヴァンシムは瞬時に顔をほころばせた。モルテンセンの柔軟な発想に、イヴァンシムは感心した。

「それはようございますな」

 早速、歌をうたうことがザークラーイ山のリジェカ軍全体に伝えられた。

 聞くに堪えぬ悪口雑言を聞かされて、心が乱れていた兵士たちは、その手があったかと手を叩いて喜び。

 悪口を跳ね返すような叫びで、リジェカ軍に伝わる戦いの歌をうたいはじめた。

「ばらばらにうたってはいかん。全軍心を一つにして、音律を合わせてうたうのだ!」

 モルテンセンは叫んで、音律を合わせてうたうように全軍に触れを出し。自らも戦いの歌をうたった。イヴァンシムもジェスチネもそれに合わせて。周囲の兵士たちもまた、それに合わせてうたい。

 山頂から下がるように、音律がととのえられてゆき。やがて、ザークラーイ山に篭る一万の軍勢は心と声を合致させて、悪口雑言を跳ね返すように、歌声を響かせた。

 大口開き、声を大にしてうたうことで心も奮い。声でのみならず、心でも、ソケドキア軍の挑発を跳ね返せるようになる。

 モルテンセンの咄嗟の機転が、リジェカ軍の乱れる心を押さえ。挑発を跳ね返させた。

 これも、日頃のイヴァンシムの薫陶のなせる業だった。イヴァンシムは臣下でもあるが、モルテンセンの師でもあった。常日頃の教えが、この、咄嗟のときに遺憾なく発揮されて。イヴァンシムは感慨深いものを感じていた。

「なんだ?」

 悪口雑言をはなっていたソケドキア軍の兵士たちは、ザークラーイ山から何かが聞こえてくるので悪口をはなちつつ、それが何を言っているのか聞き取ろうとした。

「歌をうたっているのか?」

 ふもとの兵士たちは、はっきりと、ザークラーイ山からうたわれる歌を聴いた。

 ザークラーイ山に生える木々の茂れる青葉も、歌に合わせてゆれて踊っているようだった。

 この歌は、シァンドロスの耳にもかすかながら届く。

「悪あがきをする」

 リジェカ軍が歌をうたうことで挑発を跳ね返そうとしているのを嘲笑い。歌を呑み込むように、さらなる悪口雑言をはなつよう全軍に触れを出した。

 事態は、悪口雑言による挑発とそれを跳ね返そうとする歌のせめぎ合いとなった。

 まさに声と声、言葉と言葉の戦いだった。

「負けるな、歌をうたうんだ! ここでうたうのをやめてしまえば、リジェカに未来はない。いま歌をうたうのは、試練に打ち克つためだ!」

 数の上ではリジェカ軍は圧倒的に不利。そのため、歌は悪口雑言に掻き消され呑みこまれてしまいそうになるときがあったが、そのたびにモルテンセンは声を大にして将兵を励ました。

 王の励ましを受け、リジェカ軍の将兵らは心を奮い立たせ、ソケドキア軍の挑発を跳ね返さんと歌をうたった。

 試練に打ち克つために。リジェカの、自分たちの未来を切り開くために。

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