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第三十七章 ザークラーイの会戦 XIV

 五千もの敗残兵は、無情にも味方に処刑されてしまった。負けた、という理由で。

 それは生半可な戦争よりも凄惨な光景だった。

 かがり火に照らされて、五千もの敗残兵は無念の表情を浮かべながらその首を地に落とし。むくろは溢れる血に浸されていた。

 途中でジェスチネもリジェカ軍の兵士も目を離すほど、悲惨なものだった。

「なんて奴だ。逃げ帰った兵士を処刑するなんて」

 リジェカ軍は口々にシァンドロスの行いを批判した。

 無論、それが聞こえたとて、気にするシァンドロスではない。

 戦いに敗れ、また逃げ帰った騎士や兵士を処刑したことにより。ソケドキア軍総数は二十万から十八万に減ったが、まだ余裕はある。

 なにより、負けて逃げ帰ったことがシァンドロスには許せなかった。

 ソケドキア軍は異様な熱気につつまれていた。

 末端の兵士一人ひとりにいたるまでが、シァンドロスと同じ考えのようだった。ソケドキア軍にとって、負けなどあってはならぬことであり、ましてや逃げ帰るなど死に勝る恥辱であると。

 だがソケドキア軍はザークラーイ山を攻めあぐねている。その苛立ちを、敗残兵を処刑することで、鬱憤を晴らしたのかもしれない。

 破壊と殺戮を繰り返してきたシァンドロスとソケドキア軍は、まさに、血に餓えていた、と言ってもいいかもしれなかった。

 ペーハスティルオーンは自らコヴァクスに討たれた。その判断は、正しかったのであろう。ソケドキア軍から見れば……。

 シァンドロスは冷然と、処刑された五千もの敗残兵を見据えていた。

「この、忌々しいごみどもを片付けよ!」

 という号令が下され。兵士たちは離れたところに大穴を掘り。淡々と、処刑された軍兵を大穴に放り込み、埋めていった。

 それはかがり火に照らされて、ザークラーイ山からも見下ろせた。

 ソケドキア軍の異様な熱気とは対照的に、リジェカ軍兵士たちはうすら寒いものを感じていた。

 ジェスチネは眉をしかめ、不快さと怒りを同時に抱えて砦に入り。ことの次第をイヴァンシムとモルテンセンに話した。

 イヴァンシムには予想どおりであったとはいえ、気持ちのいいものではないし。モルテンセンなどは、顔を蒼ざめさせていた。

「逃げ帰った兵を処刑したのか……」

 信じられなさそうに、モルテンセンはつぶやいた。こういうとき、汚名返上の機会を与えるのが普通ではないのか。そんな考えはシァンドロスにはないのか。それとも、汚名返上の機会を与えるなど、甘いのであろうか。

 負けるたびに処刑をしていれば、兵はいくらあっても足りぬ。なにより、自身も突然の反乱で都を出たという苦い経験がある。

 皮肉な話だが、負けから立ち上がる、という経験においては若いモルテンセンの方が豊富であった。それに対し、シァンドロスには負けの経験はなかった。その差が、この場合に出た、といおうか。

 むくろの片付けを、カンニバルカは遠くから眺め。強く固唾かたずを地に吐き捨てた。

 

 略奪に向かうソケドキア軍を破ったコヴァクスは、

「戦いが終われば、敵味方などない。死者たちを、手厚く弔おう」

 と言い。

 ドラゴン騎士団およびリジェカ国軍に紅い兵団は、討たれたリジェカの兵士やソケドキアの軍兵のむくろをひとしく埋葬し。

 冥福を祈っていた。

 それは、騎士道にのっとってのことだった。

(ペーハスティルオーンも、仕える主を誤まった……)

 咄嗟のこととはいえ、丸腰のペーハスティルオーンを討ち取ったのは後味の悪いことだった。だが、彼は自ら討たれたのだ。

 シァンドロスの怒りに触れることは、死よりも恐ろしいことだというのか。それは、勝っているうちはいいが、負ければどうなるか。

 破壊と殺戮を繰り返したソケドキア軍の中に身を置き、ペーハスティルオーンの心にそんな感覚がはぐくまれていったのであろう。

 まさか自分たちが打ち負かして敗走させたソケドキア軍の兵士らがソケドキア軍によって処刑されているなど知る由もなく。

 知る由もないながら、またふたたび略奪に向かうかも知れぬ、ということで。死者たちの埋葬をすませたあと、臨戦体勢をたもち。ソケドキア軍に備えていた。

 その一方で物見をはなち、戦況を見に行かせていた。

 龍菲ロンフェイは、胸に手を当てて死者の冥福を祈るコヴァクスを、じっと見つめながら。自身もマオの作法にのっとって、胸の前で掌を合わせて、死者たちの冥福を祈っていた。

 死者の冥福を祈るなど、初めてのことだったが。コヴァクスらに触発されて、知らないうちにそうしていたのを、龍菲は自分で驚いていた。


 さてニコレット。

 彼女の率いるオンガルリドラゴン騎士団およびオンガルリ国軍三万五千は臨戦体勢をたもちつつ、夜をすごして。

 コヴァクスとの戦いに敗れたソケドキア軍の兵士ら五千がソケドキア軍によって処刑されるという報せを、物見から聞いて、唖然としていた。

「なんという暴虐……」

 怒りをこめてニコレットは夜空を見上げてつぶやいた。

 負けたとはいえ、味方を処刑する感覚が、ニコレットには理解できぬ。どうすれば、そのような考えをもつことができるのであろう。

 また、そんなシァンドロスに求婚をされたことが、ここにいたって非常に不愉快に感じられて仕方がない。例えていえば、気味の悪い虫が身体を這うような。

 このことはオンガルリ軍全体にも知らされて。全軍驚きと怒りをあらわにし、なんとしてもソケドキア軍に痛恨の一撃をくわえんと、意気込むのだった。

 そのソケドキア軍がふたたびの略奪に向かうのに備えるとともに、機会があれば奇襲を仕掛けようと待機しているのだが。これは、是非ともこちらからどうにか奇襲を仕掛けて少しでもソケドキア軍に打撃を与えたいところだった。

 おそらく、これに懲りて略奪にゆくのをやめるなどあるまい。むしろ、血気に逸ったシァンドロスは何度でも略奪にゆかせるであろう。

 そのソケドキア軍に鉄槌を下すために、カンニバルカ率いるソケドキアの遊撃軍をどうにかせねばならない。

 いや、

「カンニバルカ率いる遊撃軍こそ、どうにかせねばならないわ」

 ぽそっとつぶやいた。

 ソケドキア軍全軍を相手にするのではなく、カンニバルカに的を絞って戦えばどうであろう。

(そうだ、それがいいかもしれない)

 閃いたニコレットはこのことをオンガルリの部将に話すとともに、コヴァクス率いるリジェカ軍との連携をとるべく、伝令将校を派遣した。

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