第三十七章 ザークラーイの会戦 XIII
略奪に向かっていたソケドキア軍二万はリジェカ軍一万五千と真っ向からぶつかり。主将ペーハスティルオーンはコヴァクスに討たれ。恐慌を来たして、算を乱して逃げ出した。
略奪を楽しむどころか、怒れるリジェカ軍により敗残兵とし逃げ惑うのは、まことにみじめなことだった。
コヴァクスは頭を砕かれたペーハスティルオーンのむくろをひと目見て、
「無残な」
とつぶやいたあと、
「容赦するな。徹底的に叩き潰せ!」
と激しく号令した。
言われるまでもなく、リジェカ軍は敗走するソケドキア軍の騎士や兵士らを追い、背中から斬りつけていった。
「助けてくれ!」
「後生だ。見逃してくれ」
などと、命乞いをする者もあった。しかし、
「略奪した先で同じことを言われて、お前はどうする!」
そう、リジェカ軍は言い返し。容赦なく、制裁を加えていった。
敗残兵を追い込むのは、ある意味不本意ではある。しかし、まだソケドキア軍には兵力があり。生半可なことでは、衝撃を与えられないと、コヴァクスは心を鬼にして追撃の手を緩めなかった。
ここで、一部といえど、徹底的に壊滅させなければならない。
戦場はソケドキア軍のしかばねが溢れてゆき。血の臭いがたちこめてくる。
その数は、半数の一万に届こうか。ソケドキア軍側から見れば、一方的な殺戮であった。
リジェカ軍が殺戮の手を止めたとき、陽は傾き彼方の山に身を隠そうとしていた。紅い夕焼けは、無情に悲惨な戦場を照らす。
ザークラーイ山を囲むソケドキア軍本隊に、コヴァクス率いるリジェカ軍に敗れて命からがら逃げ出した騎士や兵士たちがなだれ込んでくる。
迎えるソケドキア包囲軍は、なにごとだ、と心穏やかではなかった。
そのことは、もちろんシァンドロスの知るところとなる。
「コヴァクスにか……」
さすがのシァンドロスも不敵な笑みは消え。全面に憎悪をみなぎらせた。
しかもペーハスティルオーンは無残にも、コヴァクスに討たれたというではないか。
「ペーハスティルオーンめも、無様なことだ」
怒りをこめて、シァンドロスは吐き捨てた。なるほど、これでは、もしペーハスティルオーンが逃げ帰ったところで、命はなかったろう。
そばのイギィプトマイオスにバルバロネ、部将たちは固唾を飲んで、怒れるシァンドロスを見つめるしかなかった。
それを証明するように、逃げ帰った騎士や兵士たちは味方に捕らえられ。手足を縛られ、自由を奪われた。
その数は五千ほどであろうか。他の生き残りは、どこかへと逃げ去ったのであろう。そして、その方がよかったかもしれなかった。
陽が沈み夜の帳が落ちて。かがり火をいつもより多く焚き。夜を昼にでもするかのように、ソケドキア軍は明るかった。
「なんだ?」
ジェスチネはイヴァンシムとともに、包囲するソケドキア軍の様子がおかしいのを察して、山頂から見下ろす。
目を凝らせば、かがり火が照らし出す中で、多くの騎士や兵士が縛られ。そのそばには、剣をもった兵士が控えている。
一部の軍勢が包囲からはなれ、行く先でコヴァクス率いるリジェカ軍と当たって、敗れた。ということは、包囲軍の様子から察することができ。
「ざまを見よ!」
と、手を叩いて喜んだものだったが。ソケドキア軍はそれと対照的に、険悪な雰囲気がただよっていた。
「まさか……」
イヴァンシムはうなる。いつのまにか、その横にモルテンセンがいた。
「ソケドキア軍は、何をしようとしているのだ」
不思議そうに、包囲軍を見下ろしている。イヴァンシムは首を横に振って、
「王よ、見てはなりません」
と、その手を引いて、砦の中に引きこもった。モルテンセンとしては、何が起こるのか見てみたかったのだが、イヴァンシムは頑として許さなかった。
「まさか、な……」
ジェスチネはつぶやく。そう、そのまさか、だった。
耳を澄ませば、シァンドロスは軍兵の前にて愛馬の馬上から、何かを叫んでいる。それは遠くて、よく聞こえなかったが。だいたいの予想はできた。
「こやつらは、使命を果たせず。おめおめと敵軍に敗れ、恥ずかしくも逃げ帰ってきた。これは我らがソケドキアに泥を塗る行為である。諸君! その恥辱をゆるせようか! よって、こやつらを皆ことごとく、処刑する!」
ソケドキア全軍に、シァンドロスの叫びが伝えられた。
五千にものぼる敗残兵らは、哀れなほど涙をこぼし、声にならぬ声で叫んでいた。
「黙れ、この恥じさらしめ!」
「お前たちはソケドキアの恥だ!」
「命をもって償え!」
ところどころから、敗残兵に無情な叫びがぶつけられる。それは言わされているのか、自発的に言い出したものなのか。
イギィプトマイオスにバルバロネも、一緒になって敗残兵をなじっていた。ソケドキア軍は、敗残兵処刑すべし、という処刑一色に染まっていった。
「やれッ!」
シァンドロスの号令がくだされるや。処刑人は刃を振り下ろし、敗残兵の首を斬り落としてゆく。
声にならぬ悲鳴とともに、血が大量に撒かれ。血の臭いが、風に乗ってソケドキア軍の間を流れていった。