第三十七章 ザークラーイの会戦 XI
真っ向から激突したドラゴン騎士団およびリジェカ国軍に赤い兵団一万五千と、略奪に向かっていたソケドキア軍二万。
コヴァクスは槍斧を振りかざし先頭を突っ切って、ソケドキア軍を分断しようと突破しようとしていたが。ソケドキア軍を率いるペーハスティルオーンが一隊を引き連れコヴァクスを討とうと向かってくるのと見て、向きを変え主将同士ぶつかりあうかと思われた。
そこで力を見せたのは、コヴァクスに恋心を抱く龍菲であった。
コヴァクスから譲り受けた愛馬、龍星号を駆り。剣を振るい。コヴァクスの露払いとばかりに、ソケドキア兵を薙いでゆく。
甲冑でなく、白い衣を身にまとい。黒髪をなびかせ乱戦を駆け抜ける異形の様相は、ソケドキア軍を驚かせた。
「なんだこの女は!」
という叫びが、龍菲の向かうところで起こっていた。
「龍菲……」
コヴァクスは、彼女が露払いとばかりに前に出て。その背中と黒髪を見つめて、吐息を漏らすようにその名をつぶやいた。
コヴァクスとて龍菲を意識せぬことはなかった。その澄んだ黒い瞳で見つめられると、まるで吸い込まれそうな錯覚を覚えるのであった。
そんな彼女が、コヴァクスの前に出て白刃を振るっている。まさに、露払いをしようというのか。コヴァクスのために。
「龍菲……」
思わず、またもその名をつぶやいてしまった。心が感傷にひたりそうになる。
だがそんな感傷にひたる暇は、いまはない。いかん、と気を引き締めなおし、龍菲に続いて槍斧振るい、ペーハスティルオーン向かってグリフォンを駆けさせた。
ペーハスティルオーンの方でも、龍菲がコヴァクスの露払いと自軍の兵士を薙ぎ倒してゆくのが見えた。
「あの女か」
ドラゴン騎士団に、はるか東方の昴人らしき女がいるのは知っている。コヴァクスがシァンドロスに拳を見舞い、ペーハスティルオーンが剣を抜こうとしたとき。彼女は咄嗟に見たことのない体術の構えを見せて、前に立ちはだかったものだった。
また、ドラゴンの夜の革命のときも、ガウギアオスの戦いにおいても突然現れた。彼女は、ドラゴン騎士団のなんなのであろう。
そんな疑問はあるが、ソケドキアに敵対しているのは確かだった。
疑問を解き明かすより、ペーハスティルオーンは龍菲を討ち取ることにした。
「取り囲んで、あの小癪な女を討て!」
ペーハスティルオーンは龍菲を睨んでそう叫んだ。騎士や兵士たちも、言われるまでもないと龍菲を取り囲んで討ち取ろうとしているが。
白刃は風のように舞い、ソケドキア軍の刃はことごとく跳ね返され、かわされて。入れ代わりに龍菲の振るう白刃がソケドキアの軍兵を薙いでいった。
「龍菲すごい……」
セヴナは乱戦の中、矢を放ちながら。龍菲の勇戦を目にして、その強さに舌を巻き、感心しきりだった。
「赤い兵団は小龍公に続くぞ。残りはそのまま、敵を突破せよ!」
赤い兵団の団長であり、副将格であるダラガナは咄嗟の判断でそう号令をくだした。
その号令どおり、赤い兵団はコヴァクスに続き。残りの軍勢はソケドキア軍を突破し分断しようとする。
龍菲は迫り来るソケドキア兵らを薙ぎ払い、どんどんと前へ進んでゆく。取り囲まれて討たれるどころの話ではなかった。
おかげでコヴァクスも、後に続く赤い兵団も進みやすかった。
(なんという強さ。天界から降臨した戦女神か)
ダラガナも龍菲の強さに舌を巻き、感心していた。最初は、ドラゴン騎士団につきまとっている意図もわからず印象もよくなかったが。こうして戦いの中ではっきりと味方につき、敵兵を打ち倒してゆくのを見て、印象も変わってゆかざるを得なかった。
だがまさか龍菲に続け、とまでは言えなかったので。主将である小龍公に続け、と言わざるを得なかったが。そのコヴァクスは、龍菲に続いている。
それこそ、戦女神に導かれているようにも見えた。
まさに快進撃。
それはペーハスティルオーンにとって忌々しいことであった。
「おのれ……」
取り囲んで討ち取るどころか、突破を許している状況に歯軋りする。
快進撃で突き進む龍菲であったが、後ろを、コヴァクスの方に振り向き、笑顔を見せて速度を緩めた。
同時に、コヴァクスは頷きながら龍菲を追い抜いていき。その後についてゆき。そのまた後ろに、赤い兵団が続く。
ペーハスティルオーンとの距離は随分と縮んだ。あとは、コヴァクス自身で切り開け、ということか。
言われるまでもない、と。
「うおおッ!」
コヴァクスは唸りをあげて、槍斧を振るい活路を切り開いてゆく。龍菲が一陣の風とすれば、槍斧で敵兵を打ち砕くコヴァクスは突風であった。
「ドラゴンの小倅めが」
ペーハスティルオーンは頭に血がのぼり。我を忘れて、剣を振りかざしてコヴァクスに立ち向かっていった。
「危のうございます」
と部将が止めるのも聞かず、ペーハスティルオーンは味方をかきわけコヴァクスに迫った。コヴァクスも、それを見てますます距離は縮まり。ついには、馬の鼻先が触れ合うところまで来た。
「身の程知らずのドラゴンの小倅よ。神雕王に付き従えばよいものを、敢えて敵対せんとするか!」
「シァンドロスの野望の走狗になど、なってたまるか!」
「それこそ、身の程知らずというもの。その報いを受けさせてやるぞ!」
早口に言葉をまじえると、両者は刃を交えて激突した。