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第五章 激突 Ⅰ

 なんだ、とコヴァクスとニコレットは帯剣の柄に手をかけて警戒するも、拍手の音の主は見えなかった。

 人々は突然の拍手に驚き、首をきょろきょろさせるが、誰が拍手をしているのか、またはどこからするものかわからず。身を寄せ合って怖がっていた。

「いやあ、いい、いい、いいもん見せてもらった」

 と、誰か、黒装束をまとった若い男がひょっこりと家屋の陰から姿をあらわした。この近辺では見ない顔だ。

 それに続いて、続々と見慣れぬ顔が現れて、しめて六人の人間。ひとりは女で、みな二十代から三十代の間のようで。皆、男女の別が咄嗟にはつかぬほど、顔立ちのよい、ぞっとするような美貌の持ち主だった。それでいて、目は異様に冷たい。

 皆、黒装束を身にまとい、顔つきも暗い。手にはそれぞれが剣を握りしめられているが、腰にぶら下がる鞘も、柄も鍔も、衣装と同じように黒かった。

 瞳の色も、髪の毛こそそれぞれが色が違うものの、皆腰まで伸ばした髪を紐で首の後ろでまとめ。なおかつ背中でまた紐でまとめている。その紐の色も黒かった。

「何者だ」

 ソシエタスは相手から冷気のような殺気を感じ、咄嗟に剣を抜き放てば、続いてコヴァクスとニコレットも剣を抜き。バルバロネは盾で身をかばいつつ斧を構える。

 彼らはどう考えても、まともな者たちではない。それどころか、害を加えようという悪意に満ち満ちている。

 人々は六人の姿を見て、驚愕の声をあげてうろたえている。かろうじて、年配の者は落ち着けと言いながらコヴァクスらの後ろに集まるよううながし、人々は恐慌をかろうじて抑えてそれに従った。

 クネクトヴァとカトゥカもその中にいる。朝起きてから、自分たちに出番はないと思っていたが、本当になさそうだった。

 それと入れ違いに、コヴァクスらは六人の前に進み出て、人々を背後にかばう。

 その途中で、

「六魔」

 と言うのが聞こえた。バルバロネははっとする。

「六魔っていう悪趣味なのは、お前らのことか」

「ふん。人が我らのことをなんと呼ぶかは知らぬが、それはおそらく我らのことであろうな」

 と、黒目に黒髪の男が応えた。

「それより」

 男は六人の頭領なのか、一歩前に進み出る。

「そこの男と女、お前たち、オンガルリ王国ドラゴン騎士団の小龍公に小龍公女というのは間違いないか」

 コヴァクスとニコレットを指差して言う。

 なぜ自分たちのことを知っている。と、驚きを隠せない。しかしなめられてはいけない、と平静をよそおい、「そうだ」と一言応えた。

「一つ問う。なぜヴーゴスネアの、こんな辺鄙なところにいるのだ。大龍公ドラヴリフトか、国王バゾイィーより何かの密命を帯びてのことか」

 ぞっとするような声だった。が、父と王の名を得体の知れぬ者に軽々しく口に出された怒りと不快感で。

「応える必要はない」

 とコヴァクスは強く突っぱねた。

「左様か。なら、いい。これよりお前たちを、抹殺する!」

 その唐突さに驚く間もない。六人は剣をひらめかせて一斉に飛び掛ってくる。

 戦わねばならぬだろう、とは思っていたが。ここまで問答無用で来られるとは思わなかった。こっちだって、相手が誰なのか知りたいというのに。

 悲鳴が響く。それを包むように剣の音が響く。

 四人は人々の壁になり、六人に立ちはだかるも、もとより六人は主だった四人しか狙っていないようで難民の人々を無視し、四人を取り囲む。

「案ずるな。お前たちを殺すまで、他には手を出さぬ」

 確かに、難民の人々には手出しをしようとしないが。それをどこまで信用してよいのやら。四人背中合わせになれればよいが、人々を守るためには、四人横に並び壁にならざるをえなかった。

 また数も向こうが二人多い。コヴァクスには頭分らしき黒髪の男と、灰色の髪をした男が二人がかりで襲い掛かり、ソシエタスにも、金髪の男と赤毛の男が二人がかりで襲い掛かり。

 ニコレットには白髪の女が来て。バルバロネには茶色の髪の男が襲い掛かる、この男は六人の中で一番にやけている。

(こいつら、強い!)

 コヴァクスは内心唸った。その剣の威力は、父に稽古をつけられた時とほぼひとしく思えた。それでいて風と同化したかのように自在に舞い、どこに来るのかわからない。それが、二人がかりでだ。

 常に相手の動きに気を配り、我が剣を攻めより守りに用いるのが精一杯。ソシエタスも無論のこと、一対一のニコレットとバルバロネも同じようだった。

 クネクトヴァは短剣を握りしめ、カトゥカを背中にかばって戦況を見守っているが。それ以上のことは出来なかった。

 いざというとき、鍬や斧をもって戦うはずだった男たちも、六魔こと六人の異様な迫力に圧されて身動きままならず、一難民として身を寄せ合って成り行きを見守るしかなかった。

(おのれ!)

 ソシエタス相手の剣をかわしながらも、一方的に攻められるをよしとせず、咄嗟に足を振り上げた。とともに、相手の足に当たる。と見えたがその直前、相手は後ろに飛びのき足は空しく風を切る。

 対照的に、コヴァクスは二つの剣に翻弄されてあがくうちに体勢をくずし不覚にも後ろに転びそうになり。その顔面に切っ先二つ迫って、やむなく咄嗟にたおれて地に伏し後ろに転がりながら急ぎ片膝をついて、左手も地に着けながら、右手で剣を握り横に構えて相手をにらみつける。

 六魔の黒髪と灰色髪はあざけるように笑って距離をとり、コヴァクスを見下している。

 他二人も、仲間に合わせて相手と距離をとり、コヴァクスを見下している。

 コヴァクスらは、冷や汗で額を濡らしているというのに。

「ふん。他愛もない。お前らは本当にオンガルリ王国の誇るドラゴン騎士団か?」

「偽者でしょ」

 白髪の女がニコレットの目を見つめながら、手で口をおおいあからさまに高笑いする。

「だって、どう考えても騎士だなんて言えない女も一緒にいるし」

 指差されて馬鹿にされたバルバロネは、褐色の肌を赤く染めるような怒りをあらわすが、女は意に介さない。

 ふと、黒髪の男はカトゥカが持っている長箱に目をやった。

「……」

 この少女は、長箱を大事そうにかかえている。何が入っているかまではわからぬが、よほどのものに違いない。

 ドラゴン騎士団には、バゾイィー王より下賜された紅の龍牙旗があると聞いたことがある。なら、あの長箱の中には。

「少女よ、その箱には、紅の龍牙旗があろう」

 と問えば、カトゥカは怖じ、がたがたと身を震わせ、長箱を持つ手には、さらに力がこめられる。

「図星のようだな」

 彼ら彼女らは、まことドラゴン騎士団であった!

 事情は知らぬが、一国の重要人物がいる。これだけでも、大ごとというもの。オンガルリで何かがあったのは、間違いない。

 そのドラゴン騎士団の小龍公に小龍公女が、異国の地で斃れたとなれば、オンガルリ王国に強い衝撃が走ろう。

(ならば我が王は大変喜ばれよう)

 それまで冷徹であった黒髪の男が、にわかに顔をゆがめ、えもいわれぬ笑顔になった。

「お前たちを斃して、紅の龍牙旗をいただこうか。ならば、この血塗れた手と剣も報われようというもの」

 男の歪んだ笑顔に、皆背筋が凍りつく思いだった。ここまで美しくも、醜い笑顔があるのだろうか、と。


 皆類希な美しさを持ちながら、その目の語る心は、醜さは、千の夜をもって語ろうとも語りつくせぬ濁りをたたえていた。

(こいつら、何者だ)

 コヴァクスは六人と対峙しながら、嫌悪感を感じつつ睨み合っている。瞳の奥に、光届かぬ闇が広がって、ひきこまれそうなのを気力を振り絞ってこらえている。

 バルバロネは、六魔と言った。ヴーゴスネアでは、多少なりとも噂になっているようだ。オンガルリにもヴーゴスネアの情報は入ってくるが、六魔は聞いたことがない。

 そんな暗殺集団でもあるのだろうか。

「誰に殺されたのか知らぬまま死ぬのも、くやしかろう。せめてもの情け、名前くらいは教えてやる。オレの名は、グニスッレー」

 と頭分が名乗ると。

「我が名はオナリハトク」

 と灰色髪は名乗り。続いて金髪、赤毛、白髪の女、茶色髪の順で、

「我が名はアンダルゾン」

「我が名はブラモストケ」

「私はアッリムラックだ」

「オレはルクトーヤンだ」

 と名乗った。

 名乗りの声も、声が出るたびに空気が凍てつきそうな冷たさをたたえていた。

「さあもういいだろう。これで地獄の獄卒どもに、誰にやられたのかくらいは告白できる」

 グニスッレーは言うや再びオナリハトクとともにコヴァクスに襲い掛かり、ソシエタスにはアンダルゾン、ブラモストケ。ニコレットにはアッリムラック。バルバロネにはルクトーヤンが仕掛ける。

「なめるな!」

 最初こそ不覚をとったが、今度こそはとコヴァクスは叫んだ。

 激しい剣戟の響きが鳴り響く。

 コヴァクスも渾身の力を振り絞って剣を振るう。ふた振りの剣の動きをよく見切り、すかさず隙を見つけて刺突を送り、あるいは横になぐ。

 しかし相手もさるもの。コヴァクスの攻めを難なくかわし、もてあそぶように剣先を突きつける。

 それは他も同じだった。ことにソシエタスも二人がかりで来られ防戦一方だった。おまけに相手は騎士ではないから、人数に頼ることを恥ともなんとも思わない。

 それは猫が鼠をもてあそぶのと、同じことなのかもしれない。

 ニコレットもアッリムラックの斬撃をかわすのが精一杯。顔面迫る剣をかろうじてかわしざま、その金色の髪が数本切り払われて宙に舞う。

「ふ、楽に殺しはしないよ。髪の毛を全部切って顔の皮を剥ぎ取って、その目玉をえぐりとってやるんだから」

 嘲弄がもれる。アッリムラックの目は冷たく光り。色違いの瞳を射通す。背筋がぞっとする。今までの戦いの中で、こんな冷たい目をした者を相手にするのは初めてだった。

 集団対集団の戦争と違い、これは一対一の剣の戦い。思えば、こういった一騎打ちは初めてだった。ニコレットとて剣の腕が未熟というわけではない。だが、大将として軍勢を率いて戦うこととは勝手が違った。


 バルバロネもルクトーヤンに苦戦しきりだ。斧よりも盾で剣を防ぐ方が圧倒的に多い。

「うぬっ」

 ソシエタスははっと閃き、ニコレットのそばに寄った。ニコレットも意を悟り、ソシエタスと組んで三本の剣を相手取る。

 これで一対二から二対三。

「小癪な真似を」

 オナリハトクが憎憎しげに言う。どうせ人数で不利。なら無理に一人で我慢せず、誰かと二人で一緒に戦った方がいい。ソシエタスはニコレットの副官として戦っていたので、息はぴったりだった。

 その手があったか、とバルバロネもすかさずコヴァクスのそばへ駆ける。

 が、こちらは知り合って間もないせいか、動きはちぐはぐのばらばらだった。それでも、コヴァクスにすれば受けて立つ相手が半人減ったのでたいぶ楽ではあったが、バルバロネは相手が半人増えたのでかえってわずらわしかった。

「しくじった」

 思わず口走る。コヴァクスは思わず「うるせえ!」と咆える。

「はっはははは! お前ら面白い。すぐに殺すのは惜しい、しばらく遊んでやる」

 グニスッレーあからさまな嘲笑。

 難民の人々はこのざまに絶望をおぼえる。

「くそったれ!」

 大きく振った斧は空しく風を切る。バルバロネはむきになって、さらに斧を滅茶苦茶に振り回す。これでコヴァクスとの息が合うわけがない。

 グニスッレー、オナリハトク、ルクトーヤン、にやにや笑いながらかわすばかり。言ったとおりに相手の無様さを楽しんでいた。

 ニコレットとソシエタスはアッリムラック、アンダルゾン、ブラモストケを相手にどうにか互角だったが、もう一方の危険な様子に胆を冷やす。

 ともすれば二対六なのだ。

「も、もうだめだ」

 絶望の声が難民から漏れる。

 行くも死、かといって、とどまっても災厄が向こうからやってきて、死。所詮、期待も一夜の夢であったのか。

「へへーへー! あのアマにくらべりゃあ、てめえらなんざ屁だぜ、まったく!」

 ルクトーヤンが悪態をつく。それをグニスッレーが鋭く睨む。

「余計なことを言うな!」

 咄嗟に叫ぶグニスッレー。目もわずかにルクトーヤンに向けられている。

 コヴァクスはすかさずグニスッレーめがけて刺突を繰り出す。と同時に他の二本はバルバロネが盾で弾く。

 しまった、と思う間もない。

 反射神経を生かし咄嗟によけたものの、相手の反射神経もさるものだった。

 どうにかかわすも、コヴァクスの剣はグニスッレーの右肩をわずかだがかすった。

 黒装束の肩の部分が裂け。血が飛び散る。

「くっ!」

 思わずうめく。

 戦いの最中に視線をわずかでもそらせば、どうしても隙が出来てしまう。ことにそれが咄嗟のことだっただけに、相手に好機を与えること大であった。

 場数を踏んでいるだけあって、これしきの傷と物怖じせず、すぐに体勢を整えなおすも、屈辱であった。

「もう遊ぶのはやめだ!」

 それはまさに悪鬼の形相ともいうべきものだった。

 迫る斬撃威力を増し、閃くたびに強い衝撃がコヴァクスとバルバロネに走った。たとえ剣で、盾でふせごうとも、さけようとも、同じ衝撃が身体に走った。

(なんて攻めだ!)

 奥歯を食いしばり、やられないようにするしか出来なかった。

 心のどこかで、もうだめか、という気持ちが頭をもたげた。

 父の遺志を遂げられず、早々に凶刃に果てるか。無念が広がる。

 そのときだった。

「おやめなさい」

 という声がした。

 同時に斬撃がやんだ。剣六振りすべて。

 六魔の六人は、すべて声の方を向いていた。

 コヴァクスらも声の方を向けば、そこには雪のように白い白装束をまとった女がいた。

 不安定な屋根の上に立ちながらも、足は大地を踏みしめるように安定し。太陽を背に、じっと下を見下ろしている。

(いつの間に)

 と驚くとともに、その容姿にも見入る。

 黒い瞳に長い黒髪は珍しくはないものの。その顔立ちは、あきらかにここにいる誰とも違っていた。

 顔の彫りは皆に比べて浅いものの。その顔の線は、肌の白さは、匠の手による陶器のようななめらかさを感じさせ、美しかった。

 いやそれ以上に、どこか儚げな面持ちをし、小さな口をつぐんで黙ったままでいると、そのまま風に吹かれて、消えてしまいそうだった。

(誰だろう)

 と思うや、女はひらりと跳ぶ。あ、という声が難民の人々から漏れた。

 女は風に乗ったかのように、姿勢を整え。風に遊ぶ木の葉のように宙を舞い、音も埃も立てず、静かに地に舞い降りた。

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