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第三十七章 ザークラーイの会戦 Ⅸ

 ザークラーイ山を包囲、攻撃をし、三日が過ぎ。四日目の朝を迎えた。

 シァンドロスにとって、攻めあぐねて日数が過ぎてゆく、ということは初めてだった。

 苛立ちも感じ、それにともない、リジェカに対する憎悪も増してゆく。

 攻めの手をゆるめるつもりはないが、いたずらに戦力を浪費するばかりでは間抜けというものだ。

 前夜に臣下らと軍議し、攻めるに難いザークラーイ山とて、篭る兵士たちに無限の物資や士気があるわけでもなし。かくなるうえは、長期戦になることを見込んで、無理に攻め込まず、兵糧攻めでじわじわと敵に打撃を与える戦法をとることにした。 

 四日目の朝を迎え。全軍に兵糧攻めをする旨が伝えられ。ザークラーイ山には、攻め込まなかった。

「ソケドキア軍は、無理に攻めず、我らを兵糧攻めにするつもりでしょう」

 攻め込まぬのを見て、イヴァンシムがモルテンセンに言った。

「兵糧攻めか。糧食はいつまでもつ?」

「そうですな。スープをすすって、三ヶ月ほど」

「三ヶ月か」

「ただ、時間としては、三ヶ月もあれば十分でございます」

 イヴァンシムは確信をこめて言った。その根拠を、モルテンセンは確認するように、告げる。

「ソケドキアの、国としての基盤は弱い。ザークラーイ山を三ヶ月も攻めあぐねてしまえば、いずれ各地で蜂起なり革命が起こるかもしれぬのだな」

「左様でございます。我らがソケドキアにつけこむところがあるとすれば、そこでございます」

「しかし、馬鹿正直に三ヶ月も篭ることもあるまい。遊撃隊として、ドラゴン騎士団もいる。まさか彼らが指をくわえて戦況を傍観することもないだうし。なにかしらの奇襲を仕掛けて、ソケドキア軍を撹乱させるであろう。場合によっては、早くソケドキア軍を撤退させられるかもしれぬ」

「そうです。王も物事をよくお考えになるようになりましたな」

 モルテンセンの考えを聞き、イヴァンシムは顔をほころばせた。

 四日目は、最初の三日に比べて静かなものだった。包囲するソケドキア軍とザークラーイ山のリジェカ軍は、黙って睨み合いをしていた。

「馬鹿面ならべやがって」

 ソケドキア軍を見下ろし、ジェスチネはにくたらしくつぶやいた。このまま、リジェカ軍の餓えを待つつもりか、と思われた。

 だが、ここでただ兵糧攻めだけをしないのがシァンドロスであった。

「だまって山を囲むのもつまらぬであろう。少し兵どもを遊ばせてやろうか」

 と、言った。

「や、ソケドキア軍が動くぞ」

 ザークラーイ山からソケドキア軍を見下ろすジェスチネは、包囲する軍勢の一部が国境方面にゆくのを見た。

「いったいどういうつもりだ」

 すぐにイヴァンシムを呼んで、その様子をともに眺める。

 すると、イヴァンシムは苦々しそうに「ううむ」とうなった。

「まさか、いずこかの町や村落へ略奪にゆくのではあるまいな」

「略奪ですか」

 ジェスチネも苦々しそうにつぶやく。

 ソケドキア軍なら、やりかねないことだ。馬鹿正直に、ただ山を包囲することはなかろう。

「やつらめ、きびきびと動いてやがるぜ」

 その通り、国境方面にゆく軍勢の一部、二万ほどであろうか、それらは隊列を整え素早い動きで包囲する軍勢から離れてゆく。

 三日間ザークラーイ山を攻めあぐね、ソケドキアの軍兵らも苛立ちを募らせていた。その息抜きに、シァンドロスはまず一部ながら国境付近の町や村落へ略奪に行かせたのであった。

 先にベラードに破壊と殺戮の嵐を吹きあらせた軍隊である。喜ばぬはずがなかった。最初は破壊や殺戮に抵抗があろうとも、その嵐の中に身を置くうちに、人としての良心はどこかへ吹き飛ばされ、代わって獣のような、得体の知れぬ開放感を感じるようになった者も多い。

「コヴァクス殿やニコレット殿ら、ドラゴン騎士団がいる。案ずることはなかろう」

 憎憎しげにソケドキア軍を見下ろすジェスチネにイヴァンシムは言った。が、それでおさまるジェスチネではなかった。

「ソケドキアの蛮人どもめ」

 吐き捨てるように、眼下のソケドキア軍に言い放った。

 

 息抜きのための「略奪隊」、二万を率いるのはペーハスティルオーンであった。

 ザークラーイ山のような、天険の要塞を攻めあぐねるのははじめてであったため、彼もまた言い知れぬ苛立ちを感じ。リジェカに対して憎悪をつのらせていた。

 これは腹いせであり、軍略という観点から見れば下の下であることは十分承知であった。が、そんなことに頓着するソケドキア軍ではない。なにより、そうしたのは、他ならぬ神雕王シァンドロスであった。

 兵士たちも束の間でも息抜きができるとあって、意気揚々と進んでいた。

 だがその前に立ちはだかる軍勢があった。

 コヴァクス率いるドラゴン騎士団およびリジェカ国軍であった。

 物見からソケドキア軍の一部が国境方面に向かっているという報せを聞き、それは略奪だろうと見抜き、その前に立ちはだかったのである。

 アトインビーの掲げる紅の龍牙旗が、ソケドキア軍に見せつけられるようにはためく。

「や、あれはドラゴン騎士団ではないか」

 ペーハスティルオーンは憎憎しげにつぶやいた。ここで会ったが百年目、とでも言おうか。

「ザークラーイ山におらぬのは調べがついていたが、離れたところで我らの動きをうかがっていたか。小面憎い奴らめ」

 ドラゴン騎士団を前にして引き下がるような臆病者ではないペーハスティルオーンは、これを絶好の好機ととらえた。思えば、リジェカと戦うということはドラゴン騎士団と戦うということでもあるのだ。ドラゴン騎士団こそ、真の主力ではないのか。

 こうして前に進み出てくれたのだから、これを好機として打ち破ってやろう、とペーハスティルオーンは意気込むのであった。

 対するコヴァクスは、ソケドキア軍を前にして。槍斧ハルバードを握り締める手に力がこもる。龍菲も、ダラガナ率いるセヴナら赤い兵団も、いつでも飛び出せるように身構えている。

「このリジェカを、ソケドキア軍の好きにさせてなるものか」

 コヴァクスは槍斧を掲げ。

「かかれ!」

 と大喝し、先頭に立って駆け出した。

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