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第三十七章 ザークラーイの会戦 Ⅶ

 そのころ、都メガリシの教会において。モルテンセンの妹で、王女のマイアは、神弟子でありモルテンセンの近習でもあり友人であるクネクトヴァと、女王のメイドとしてそばに仕えるようになったカトゥカとともに、神に祈りを捧げていた。

 祈りの内容はいうまでもない、戦いの勝利である。

 ソケドキア軍が国境を越えたという報せが都にもたらされて、市民たちは動揺を隠せない。

 長い戦乱があり、革命があり、突然の民族主義による反乱により都も分裂し、一時タールコに征服されていたという痛ましい経緯がある。

 都メガリシの市民たちは、自分たちに安穏はないのか、と嘆くことしきりであった。

 人は生まれる場所を選ぶことはできない。住む場所も、選べそうで選べないものだった。どうして乱多き地に生まれ、住まねばならないのかと、己の運命を、いや、宿命といおうかを嘆いていた。

 そんな、悲観的な雰囲気がメガリシを包み込んでいて。そういうときこそ、留守をあずかるマイア王女がしっかりしなければいけなかった。

 背の翼を広げ、右手に剣を掲げ、左手には神書しんしょを携えた白亜の女神二ケーレの像が厳然とたたずむ講堂にて、女神の像の前に跪き、手を合わせマイアは瞳を閉じてひたぶるに勝利を祈っていた。

 リジェカもオンガルリと同じく、女神二ケーレを信仰していた。

 その後ろに、クネクトヴァとカトゥカが控えて同じように跪き、手を合わせ、神に祈りを捧げていた。

 祈りながら、マイアの閉じられた瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。

 まだ十になったばかりの幼い王女は、王女として生まれたが故の苦難に襲われる人生を、歩まされていた。

 この戦いに敗れることがあれば、己の命運はどうなってしまうのであろう。まだ十の幼い王女に、恐怖を抑えよ、というのが無理な話であった。

 しかし、クネクトヴァは敢えて言った。

「王女さま、心の固きによりて神の守りすなわち固し、です。苦しいでしょうが、どうかお心を丈夫にたもちますよう」

 それは師匠であるルドカーン筆頭神父に教えられたことだった。

 神すらも動かすかのような強情な祈りは、心の強さからしか生まれない。苦難に負け、感傷におぼれて、どうして神に祈ることすらできようか。

 この世に神はないという人がいる。しかしそれは、苦難に負け、祈ることすらできなくなってしまった敗残者の言い訳でしかなかい。そう、ルドカーンは厳愛をもって教えてくれた。

 思えば、あのとき、リジェカに入って間もないころの、難民同士の争いがあったとき。老婆は神がなにをしてくれたのか、と言った。が、それこそ、苦難に打ちのめされてしまい、敗残の姿をさらすような無残さではなかったか。でなければどうして、幼い子どもを打ち殺すことができよう。

(無残だ。ほんとうに、無残だ)

 神に祈ることすらできなくなるということは、そういうことなのだ。クネクトヴァは、いまもあの時のことを思い起こすと、胸が痛くなるのであった。

 マイアも同じである。恐怖に打たれ、震えるのは、今はよいかもしれぬ。しかし、十年後、二十年後を考えたとき。マイアも、成長せねばならないのだ。

 もちろん、クネクトヴァも、カトゥカも成長せねばならぬ。いまは、まだ未熟だからと、言っていられるような状況ではなかった。

 こういうとき、

「ルドカーン様ならどう言われるだろう」

 と、必死に考えて。

 だから、クネクトヴァは敢えて、厳しくも優しく、マイアをさとした。

(女神様、どうかお兄さまたちや、コヴァクス、ニコレットたちに勝利をもたらしてください)

 マイアは涙を抑えられないながらも、涙とともにこみあがる恐怖を必死に抑えながら、神に祈っていた。

 悲観的な雰囲気がつつむ都メガリシであるが、王女が教会で神にひたぶるに祈っているということが広まるや。

 市民の人々は、心を打たれ。

「まだ幼い王女が心を奮い起こして、神に勝利の祈りを捧げている。なにもできない自分たちだけど、せめて、王女にならい、神に祈ろう」

 と、街角の教会に赴いたり、あるいは家族一丸となって自宅にある神の像に祈ったりと。市民が一体となって勝利の祈願をする動きが見られはじめた。

 それは、ソケドキア軍が襲来するという恐怖をいくらかでも抑え、恐慌をきたして逃げ惑うという混乱を未然に防ぐかたちとなった。

 

 時を同じくして、オンガルリの都ルカベスト。

 ルカベスト一の大教会であるマーヴァーリュ教会にて、筆頭神父ルドカーンを先頭に、女王のヴァハルラ、王女のアーリアにオラン、王子のカレル。そして近衛兵長としてそばに仕える老将マジャックマジルら一同が、女神二ケーレの像の前に跪き、ソケドキアとの戦いの勝利を祈っていた。

 ルカベストもリジェカの都メガリシと同じく、不安が都を覆っていた。

 ソケドキア軍の強さに、破壊と殺戮への容赦のなさはオンガルリにも聞こえるところだった。

 いまは、リジェカが盾となってソケドキア軍と刃を交えているが。オンガルリからも軍勢を送り、リジェカと連合を組みソケドキアと戦っている。

 もしそれが敗れれば、戦力を失い、リジェカに続きオンガルリもソケドキア軍の馬蹄に軍靴に踏みしだかれることになる。

 そうなるのではないかと、一部の人々は恐慌を来たしすでに混乱をしながらも避難をしていた。が、皆が皆、避難ができるわけではない。どこに逃げればよいのかわからず、足踏みする人々は、身を震わせてソケドキア軍を恐れた。

 ルドカーンはそのことを察し、ドラゴン騎士団らを信じ、心を平らかにするよう女王に進言し。女王もそれを受け、触れを出して、市民の心を鎮めることにつとめ。

 自らはマーヴァーリュ教会に赴き、勝利への祈りを捧げるのであった。

(女神様、ニコレットは、コヴァクスはきっと、ソケドキア軍を打ち負かしてくれますよね!)

 祈りというより、確信をこめて、アーリア王女は心で女神像に語りかけていた。その瞳は、じっと女神像を見つめていた。

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