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第三十六章 神雕王来たる Ⅳ

 二十万の軍勢は、あろうことかソケドキア領の都市であるベラードに襲い掛かり。破壊と殺戮の嵐を吹き荒らせた。

 これには、ベラードの市民ももちろんソケドキアの官吏も驚く、などというものではなかった。

(なぜ、ベラードが)

 日も浅いとはいえ、ベラードはソケドキアの都市である。市民たちは税を納めるのはもちろん、徴兵に応じ先の戦いに赴いた者もいる。

 ヴーゴスネア、タールコ、ソケドキアと短い間に国が代わりながらも、市民たちは日常生活を守るために、様々な心情はあるにせよ、市民としての勤めを果たしてきた。

 にもかかわらず、シァンドロスはベラードの都市を壊滅させようとしている。

 一部の者たちが蜂起を企てたとはいえ、未遂に終わったではないか。それにもかかわらず、シァンドロスは、ベラードを壊滅させようと、兵士たちに命じて都市を破壊させていた。

 市民たちは悲鳴を上げて逃げ惑い、それを背後から刃が襲い命を奪う。家屋には火が放たれ、各所で炎があがり風に煽られて広がってゆく。

 兵士たちにも容赦はなかった。ソケドキア領の都市といえど、日も浅い。各地から集まった兵士たちは、ベラードがソケドキアの都市であるという実感が薄かった。それが破壊と殺戮にためらいをさせなかったことの一因でもあった。

 乱痴気騒ぎで都市の眠り妨げた翌日の、破壊と殺戮である。ベラードの市民たちは恐怖と悲しみとともに、シァンドロスを憎悪した。

 太陽はそれをもの言わずに見下ろし、陽光を降りそそぐのみ。

 その太陽を模したソケドキアの旗がはためき、かたわらに神雕の旗もはためき。それらの旗の下では、悲惨な流血が繰り広げられていた。

 言うまでもなく、女も子どもも、容赦なく刃の餌食となった。

 二十万の軍勢である。ベラードの都市を埋めつくさんがばかりに兵士たちは溢れかえり、ところ狭しと仲間の兵士と馬鹿笑いをしながら殺生を心ゆくまで楽しんでいるようであった。それはまこと、血に餓えた餓狼といってもよかった。

 たとえ神雕の旗がはためき、シァンドロスがいかに己を神雕王と名乗ろうとも、ベラードの市民にはその軍勢は狼の群れにしか思えなかった。

 現にいまなされている破壊と殺戮は、血に餓えた狼そのものではないか。

「報いを、恐ろしい報いを、ベラードに」

 シァンドロスは愛馬ゴッズの馬上で叫んだ。目に飛び込む破壊と殺戮の光景。不敵な笑みは会心の笑みへとかわってゆく。

 そばに控えるペーハスティルオーンにイギィプトマイオス、カンニバルカ、バルバロネはそれぞれの気持ちで、この破壊と殺戮の光景を目にしていた。

(恐ろしいお方だ)

 イギィプトマイオスは心胆が冷たくなるのを感じる、その一方で、

「神雕王に逆らえばどうなるか。とくとベラードの愚民どもに思い知らせてやれ!」

 ペーハスティルオーンとバルバロネはシァンドロスに続いて兵士たちを叱咤激励し、破壊と殺戮を煽った。

 カンニバルカはもの言わず、シァンドロスのそばに控えていた。その目は冷然としていた。

(このために、あいつらを城の二階の部屋に押し込んだのか)

 蜂起を企てた十人の男女を地下牢から城の二階の部屋に押し込んだのは、なんのためだろうと思ったが。それが、いまはわかった。

(しかし、この男は、喧嘩が好きな餓鬼大将じゃな)

 カンニバルカはシァンドロスをそう見た。さて、どうしたものか、とも考えた。

 蜂起を企てた男女十人は、部屋の窓から、絶望と無力感に襲われながらその悲惨な破壊と殺戮を目にしていた。

「な、なんということを!」

 シァンドロスにたてついた男は叫んだ。女は顔を覆って泣き喚いている。十人はシァンドロスのあまりにもむごい仕打ちに、胸も張り裂ける思いだった。いやいっそ本当に胸が張り裂けてしまって、死んでしまいたい思いだった。

 地下牢からいまいる二階の部屋に移されたのは、この破壊と殺戮を見せ付けるためだったのだ。地下牢で対面した時点で、シァンドロスはベラードを壊滅させる気でいたのだ。

 城内では、このことに驚いた官吏たちが騒いでいた。このことはまったく聞かされていないことだった。 

 軍勢は城にまで攻め入ることはしなかったが。それ以外の建物には、火をはなち大槌で家屋の壁を、柱を叩き壊し、とりつかれたように破壊をおこなっていた。

 それと同時に殺戮が繰り広げられてゆく。

 市街地には殺された市民のなきがらが横たわり、街路には血の池、川がなされて陽光に照らされて赤く輝き。ややあって乾くとどす黒く付着していった。

 炎と煙はそれらを飲み込もうとするほどに、広がってゆく。

 血の臭いと火災の焼け焦げる臭いが鼻を突く。それに刺激されて、兵士たちはますます猛り狂って、市民たちを愚民として、刃にかけていった。

 それは、地獄といってもよかった。

「悪魔め! シァンドロスの悪魔め!」

 城の男女十人は、呪うようにうめいた。悪魔呼ばわりされて、悪魔の本性をあらわにする王がまさかこの世に出現しようとは。

 長い内戦でヴーゴスネアは分裂し、そこから興ったソケドキアは、シァンドロスは各地で破壊と殺戮を撒き散らしていったもだった。

 そのシァンドロスは乱世の中でのし上がってきた。乱世がシァンドロスを生んだといってもよかった。

 乱世は、シァンドロスは、必死に生きる市民たちの心情など知ったことではなかった。

 あまりに無慈悲と言えば無慈悲であった。だが、いまは、そんな時代であるということなのであろうか。

「殺せ! 殺せ!」

 兵士たちは狂ったように叫んで、殺戮をほしいままにしていた。

 市民たちは無残に殺されてゆく。母親にすがりながら、母親とともに斬り殺される子どもたち。家族をかばおうとしながら力およばず、家族の前で斬殺される父。その妻と子は泣き叫び逃げ惑い、その果てに、父のもとへと刃が流血をもって導いた。

 シァンドロスはそれらの光景を、満足そうに眺めていた。

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