第三十六章 神雕王来たる Ⅲ
「これはますます面白い。予が、悪魔の王か」
シァンドロスは不敵な笑みを浮かべて、男を見据えた。牢獄の十人は怒りと恐怖をないまぜにした眼差しで、その不敵な笑みを見ていた。
「そうだ。それまでのおこないを見ろ。破壊と殺戮をほしいままにして、それで、悪魔の王でなくて、なんなのだ」
男は勇気を奮い起こしてシァンドロスを激しく糾弾する。だが不敵な笑みはなにひとつかわらない。むしろ、彼ら彼女らをどうしようかと、楽しく考えているようだった。
そんなシァンドロスは、まさにいま、悪魔の王に見えた。
アノレファポリスをはじめとして、敵に容赦のない破壊と殺戮をもたらすことはひろく知られているところだった。
破壊と殺戮に躊躇も、容赦もないところから、シァンドロスを悪魔のようい思い浮かべる人々も多い。
だが実際に見るシァンドロスの形相は、悪魔のようなあからさまに恐ろしい形相ではない。むしろ容姿も端麗であり、堂々として自ら神雕王と名乗るだけの威厳もそなえていた。なにより、人間だった。
だがその不敵な笑みは、いま牢獄の人々に不気味さを感じさせていた。
悪魔とは、単純に恐ろしい形相をしているものではなく。人間の中にあるのだということを、牢獄の人々に感じさせるのである。
「予に向かって悪魔と呼ばわる勇気は賞賛に値する。だが、己のなすところの末路を、よくわかっているのだろうな」
「殺すなら、殺せ! オレたちは死など怖れはしないぞ!」
男がそう叫ぶと、牢獄の人々もそれに続いて。
「殺せ!」
と叫びだす。
蜂起を考える以上、覚悟はしていたのだろう。こうして蜂起が発覚し、捕らわれて、その覚悟を決めたようだった。
「見上げた覚悟だ。殺すには惜しい」
意外な言葉がシァンドロスの口から漏れて、牢獄の人々は呆気にとられた。
殺すには惜しいなど、ではどうするというのか。
シァンドロスはあいかわらず、牢獄の人々を不敵な笑みで眺めていたが。ふと、なにかを思いついたようで、牢番に牢を開くように言った。
牢番は錠を解き、扉を開け、人々を出した。ただ、ペーハスティルオーンなど臣下に兵士らは剣を抜き、人々に不穏の動きあらばすぐに斬られるよう構えている。
「神雕王、なぜこやつらを出してやるのですか。今すぐにでも、斬り捨ててやればよいものを」
ペーハスティルオーンは不審そうにたずねたが、シァンドロスは、これでよいのだ、と不敵な笑みを浮かべるのみ。
(何を考えている)
同伴しているカンニバルカもシァンドロスが捕らわれの人々をどうするのか、わからなかったが、
「ついてこい」
というと、一同を導き先頭に立って歩き、地下牢を出て城に出て、階段をのぼり二階のある部屋まで来た。
「お前たちの勇気を讃え、一室を与える」
捕らわれの人々は剣先をつきつけられながら、その部屋に押し込められた。
その部屋はさすがに城内の部屋だけに調度品が整えられて。日当たりもよく窓からが日が差し込み、牢獄と違いとても明るく。その窓からは、街がよく見えた。
「ど、どういうつもりだ」
「いずれわかる」
不敵な笑みでそう言うと、ドアが閉められ。錠がかけられた。部屋の前では、兵士がドアを挟むように二人立って、逃亡をしないか見張っている。
それから、シァンドロスは己の考えるところを同伴する臣下らに告げれば。ペーハスティルオーンにイギィプトマイオスは、ぎょっとして息を呑んだ。
「神雕王、それはやりすぎでは……」
イギィプトマイオスは言うが、シァンドロスは臣下を見据え、
「オレの考えは変わらぬ。やると言えば、やるのだ」
と言った。
一同は城を出て、馬を駆って郊外の軍勢の駐屯地に赴いた。
その途中でシァンドロスの私室で控えていたバルバロネも呼び寄せて、一同に加えた。彼女は将軍ではないので軍議にそこかかわらないが、シァンドロスの愛人であり、勇敢な戦士でもあり、シァンドロスによく仕え。
シァンドロスも彼女をことあるごとにそばにいさせるのである。
神雕王が将軍らを引き連れて駐屯地にやってきたので、部将たちは急いでこれを出迎えた。それまで雑然としていた駐屯地は粛然となった。
二十万の軍勢は部将たちの呼びかけにより、それまで遊興にふけっていた兵士らも身構えて、整然と隊列を組み、いつでも戦えるかのようにまとまっていった。
満足そうにシァンドロスはその光景を眺めていた。そばの臣下らは、シァンドロスがこれからなそうとすることを思い、緊張を禁じえなかった。
二十万の軍勢が整然と隊列をととのえる光景は、壮観なものだった。部将たちも整列し、シァンドロスらの前に立って指示を待っている。
「聞け、我が勇敢なる戦士たちよ!」
シァンドロスは馬上、部将や兵士たちに呼びかけた。
「ベラードの都市はソケドキアの都市でありながら、蜂起し我らに逆らおうとしていた。これを許せるだろうか!」
ベラードで蜂起。それらが軍勢に広がってゆき、にわかに騒然となってゆく。
部将たちは「静まれ!」と言って、兵士たちを黙らせシァンドロスの話を聞くようにうながす。
シァンドロスは叫んだ。
「ベラードの都市には、鉄槌を下し、報いをあたえねばならぬ。ソケドキアの戦士たちの力によって、蜂起の愚かさを知らしめてやらねばならぬ」
それが何を意味するのか。
兵士や騎士たちは、さらに騒然となった。
中には驚く者もあった。だが、それ以上に、戦争を待ち望み闘争心を奮わせ、血に餓えた餓狼のごとき獰猛さを刺激された者の方がはるかに多かった。
シァンドロスは勢いよく剣を抜き、天にかざした。
「ゆけ、戦士たちよ! ベラードの都市に、報いを、恐ろしい報いをくれてやれ!」
その叫びとともに、部将たちは隊列ととのう間にシァンドロスより聞かされた手筈どおりに、進軍の号令轟かせて。
二十万の軍勢は、郡狼となり、べラードの都市に襲いかかった。