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第三十六章 神雕王来たる Ⅱ

 羽目を外した兵士の乱暴狼藉が放置されたことによって、ベラードの市民たちの多くが嫌な予感を覚えるようになった。

 兵士たちは、戦う前から多くの褒美にありつけたことにより、殺気立ち、血に餓えているのを感じてならなかった。

 シァンドロスを畏敬していたものまでが、兵士らの乱暴狼藉を見て失望を覚えていた。

 ソケドキアの民であることを誇れと、シァンドロスはベラードの市民たちに言っておきながら、べラードの都市を兵士のおもちゃにさせた。妻が、娘が乱暴された者。父を、息子を斬られ者は、少なくなかった。家族に害がなくとも、友人知人の家族が害されるのを目にした者も多い。

 これで、ソケドキアの人民として誇りをもてるだろうか。シァンドロスは何を考えているのであろうか。ベラードの市民たちは皆目見当もつかなかった。

 べラードはソケドキア支配下に置かれて日も浅い。ゆえに反発を覚える者もまだ多い。このたびの兵士の乱暴狼藉の放置により、その反発が復讐心へとのぼりつめた者も少なくなかった。

 彼ら彼女らは密かに寄り合い、口々にシァンドロス、ソケドキアへの不平不満、そしてオンガルリ・リジェカへの羨望を語り合うのであった。

 オンガルリ・リジェカは勇敢なドラゴン騎士団の守りに支えられ、ヴァハルラ王女、モルテンセン王がよきまつりごとを執っている。

「ベラードはリジェカに近い。旧ダメドも、リジェカに併合されればよかったのに」

 誰かが言うと、皆一斉にうなずき合うのであった。

 先の、二度にわたる戦いにおいてドラゴン騎士団を先頭とするオンガルリ・リジェカ連合軍はイギィプトマイオス率いるソケドキア軍に圧勝し見事返り討ちにしたものだが。その勢いに乗ってダメドも吸収併合してもらいたかった。そうすれば、シァンドロスがべラードに入り、兵士たちの乱暴狼藉を放置することもなかったであろうに。


 乱痴気騒ぎの一夜が明けて、兵士たちは散々騒いですっきりして一応の落ち着きを取り戻し、郊外の駐屯地へと戻ってゆく。

 城の協議室では、シァンドロス以下、カンニバルカ、ペーハスティルオーン、イギィプトマイオスらが集まり軍議が開かれていた。

 二十万の軍勢をいかに進めて、リジェカを、オンガルリを征服するか。ということが協議されていた。

 昨夜の酒宴で、シァンドロスたちも機嫌がよく。頭も冴えるものをおぼえていた。

「オンガルリ・リジェカは、調べによりますと多くの兵を集められぬ模様でございます」

「左様。両国合わせて五、六万がせいぜい」

「こちらは二十万。なれば、勢いに乗って、一気に押し進むべしであると考えます」

 皆威勢のいいことを言う。シァンドロスは不敵な笑みを浮かべてそれらを聞いていた。

 ただ、カンニバルカは黙って。軽々しく口を開かない。

(ソケドキアの将軍とて、おめでたいもんじゃな)

 そんなことを、頭の中でつぶやいていた。カンニバルカとしては、数の多さに任せて力攻めをするのは、賢いやり方には思えなかった。

 なにせ敵はあのドラゴン騎士団なのだ。数で押したところで、勝てるかどうか。実際にドラゴン騎士団との戦いで痛い敗北を喫している。かといって怖れているわけでもない。むしろ楽しみなくらいだ。

 いざとなれば、己一人さっさと逃げ出せばよい。己一人の身など、どうにでもできるというものだ。故国を出て以来、そうして生きてきた。

 同じようにドラゴン騎士団と刃を交え手痛い敗北を喫しているイギィプトマイオスはというと、鼻息も荒く、力攻めで押しし進むべしとまことに威勢がいいことを言う。彼としては、この戦いで汚名返上し、名誉を挽回せねばならなかった。

 シァンドロスはそんなイギィプトマイオスを、いろんな意味で面白おかしそうに眺めていた。

 軍議は進む。話の内容は、二十万という大軍にものを言わせて力で押し進む方向で決まりつつあった。

 そんなときであった。協議室のドアがノックされて、急ぎ慌てたような荒い声で、

「よろしいでしょうか!」

 と臣下が叫んだ。

「よい、入れ」

 シァンドロスの許しを得て、臣下はドアを開け協議室に入ると一同を見渡し、慌てた声で言う。

「一大事でございます。ベラード市民の中に、蜂起を企む者がおりました」

「ほう」

 不敵に、そっけなく応え。で、その者らをどうした、と言った。

「は、捕らえて獄に入れております。その者らの処置をいかがいたすか、神雕王のご判断をたまわりたく思います」

「面白い。その者らの顔を見てみたい。案内せよ」

 軍議は一時休止となり。シァンドロスはカンニバルカ、ペーハスティルオーン、イギィプトマイオスをともなって、臣下に案内されて城の地下の牢獄に案内された。

 陽の光の届かぬ地下牢獄は暗闇が覆い、それを数本の燭台がほそぼそと獄内を灯していた。空気もよどんでいる。居心地のよい場所ではなかった。

 牢獄には、十人の男女が放り込まれていた。臣下の話によれば、これらはひそかに集まって、同志を募って蜂起の企てをしていたという。

 市民の中に紛れ込んだ間者は彼ら彼女らと接触し、蜂起のことを聞き、臣下に告げたというわけだ。

 話によれば、シァンドロスが出征したあと、市民らは蜂起してベラードの都市を占拠し、ソケドキア軍の退路を断ち。またリジェカに人を遣って、旧ダメド地域をリジェカに吸収併合するようモルテンセン王とドラゴン騎士団に要望する手筈であったという。

 その話を聞きだすために拷問を加えたのであろう。牢獄の十人はみな酷い傷を負って、苦しそうに岩壁にもたれたり、石畳の床に身を横たえあえいでいた。

 シァンドロスは、不敵な笑みの中に冷たい瞳を光らせて、十人を眺めていた。

「お前たち、面白いことを考えていたそうだな」

 あからさまな嘲弄の響きを含んだ声でシァンドロスは言った。ひとり、男が拷問の傷の痛み耐えながらシァンドロスを睨んだ。

「面白い、だと。ふざけるな。悪魔の王め!」

 暗い地下牢獄に、悲痛な叫びが響いた。

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