第三十六章 神雕王来たる Ⅰ
「お待ちしておりました」
「うむ、出迎えご苦労である」
タールコの東征から反転したシァンドロスはかつてのダメドに入った。
イギィプトマイオスは五百ほどの手勢を率いて、べラードを出て旧ダメドと旧エスダの国境地帯にてシァンドロスを出迎えた。
シァンドロスの軍勢が見え始めるとともに軍鼓管楽を奏で、兵士たちには、
「神雕王万歳!」
と叫ばせて。神雕の旗と、黄地に太陽輝く様をあしらったソケドキア国旗を大きく振らせて。その出迎えは実に盛大なものだった。
そんな努力をするイギィプトマイオスを見るシァンドロスは、まあとりあえず機嫌はよさげで、いつもの不敵な笑みを見せているが、その目はどこか冷たいものだった。
イギィプトマイオスには、いささか失望させられた、とでもいおうか。それを感じて、このたびの戦いで汚名返上をせねばならぬこと強く決意させられるのであった。
ダメドとエスダの国境地帯からべラードまでの道のり、イギィプトマイオスの手勢はにわかにシァンドロスのためのソケドキア楽団となって、軍鼓管楽でさまざまに、盛大な音楽を奏でて。 それはそれは賑やかなものだった。
べラードへの道のり。通過する街や村落には、イギィプトマイオスの配下が先に行ってシァンドロスの軍勢が通り過ぎることを告げて、そこに住んでいる人々を外に出させて。軍勢が通過する間、跪かせていた。
その様は、シァンドロスを畏敬し、彼こそ地上の支配者であり。人々は皆心から服従している、というような。そんな光景がべラードまでの道のりで展開された。
二度の手痛い敗北を喫し、シァンドロスから守りに徹するよう命じられていた。イギィプトマイオスは首筋に氷を当てられたような思いだった。その目も、どこか気まずそうだった。
だから盛大な出迎えでシァンドロスの機嫌をとり、そこなわぬよう、気を配ること実にこまやかだった。
ベラードに近づけば、郊外には、すでに到着している軍勢があって駐屯していた。その数は多く、ベラードのそばににわかに街がひとつできたかと思わせるほどだった。その数、およそ二十万にも届こうかというほどだった。
それらの軍勢は、シァンドロス率いる本軍がベラードに入ろうとすると、一斉に、
「神雕王万歳!」
ともろ手を挙げて叫んだ。その万歳の轟きは天まで届き、ベラードを包み込むほどだった。
ベラードは騒然となった。神雕王シァンドロスが来た、戦争がはじまるのだ、と。そしてイギィプトマイオス配下の兵士たちはベラードを駆け巡り、神雕王来たるを告げてまわり、人々を外に出させて、跪かせていた。
人々の心境は様々であった。シァンドロスの勇名に畏敬の念を抱く者もあれば、その破壊と殺戮の容赦のなさから純粋に恐れを抱く者。力の差を感じつつ、シァンドロスを嫌いながら、やむなく跪く者など、様々であった。が、様々な心境があれど、人々はべラード入りするシァンドロスに跪いたのだった。跪かねば、首が飛ぶ。それがイギィプトマイオスのシァンドロスの出迎え方であった。
シァンドロスは跪くベラードの人々に出迎えられ。兵士たちの万歳の声につつまれて、ベラードに入った。
それに応えるよう、不敵な笑みでシァンドロスは愛馬ゴッズの馬上、「我こそ地上の支配者である」と言わんがばかりに、威風も堂々としていたものだった。
シァンドロスは不敵な笑みで跪く人々を馬上から見下ろしていたが、
「人民たちよ!」
と、突然跪く人々に呼びかけた。
「タールコとの戦いに連戦連勝した我は、見事ドラゴン騎士団を打ち破り、ソケドキア西方に恒久的安寧をもたらすことを約束しよう。誇るがよい、ソケドキアの人民として」
自信満々と、シァンドロスは人々に告げた。そう言うとおり、波に乗るシァンドロスはドラゴン騎士団との戦いに勝てる自信があったし。また支配者としての自負もあった。
とはいえ、先の戦いで二度にわたりイギィプトマイオス率いるソケドキア軍がドラゴン騎士団及びオンガルリ・リジェカ連合軍に手痛い連敗を喫していることは、べラードの人々に知れ渡っていた。
ベラードの人々は様々な心境を抱えつつも、神雕王シァンドロス自らべラード入りしオンガルリ・リジェカ征服戦の指揮を執るのを見て、その怒り大きいことを一貫して感じていた。
それと同時に、オンガルリ・リジェカの二ヶ国に同情の念も起こるのであった。
おそらく、破壊と殺戮の嵐が吹き荒れるであろうと。
勢いに乗るソケドキアであるが、唯一戦いに敗れたのは、ドラゴン騎士団及びオンガルリ・リエカ連合軍との戦いだったからだ。
シァンドロスはそれがどうあっても許せぬであろうから。
城に入ったシァンドロスは景気づけにと、盛大に酒宴をもよおした。軍議、といきたいところだが、強敵を相手に戦うのだ。まずは士気を高めねばならなかった。
ベラードの財政担当官と食料管理担当官に命じて、蔵を解放し、兵士たちにも景気よく糧食と金銭を振舞った。
兵士たちは喜び、どこか言わされていたような者までが心から神雕王万歳と唱えるようになり、士気はいやがうえでも上がりに上がった。
その兵士たちの士気の高さを見て、ベラードの人々は背筋に寒風が吹き去るのを禁じえない。
戦う前からこうも気前よく糧食や金銭を兵士に振舞うというのはどうであろう。それほどまでに、神雕王シァンドロスの勝利の決意は固く、それは破壊や殺戮の嵐が吹き荒れることを約束するものである。
シァンドロスがベラード入りしての最初の夜は、乱痴気騒ぎが繰り広げられたものだった。
兵士たちは飲めやうたえやの大騒ぎ。
大勢の兵士がベラードに繰り出し、酒場や食堂、さらに娼館を占拠し、戦う前から戦勝祝いをしているかのようなはしゃぎようだった。
なにせ二十万である。羽目を外す者も多数出た。酒に酔い女性に乱暴を働く者やちょっとのことで人を斬る者が続出したが。シァンドロスはそれを聞いても、
「好きにさせてやれ」
という一言で片付けた。
ヴーゴスネア、タールコ、ソケドキアと国が代わったベラードの都市は、よくぞ破壊と殺戮に見舞われなかったものだと、人々はささやきあうのだったが。それも今日まで。
戦争のための士気を鼓舞するために、ベラードの都市は兵士たちのおもちゃにされて。安らかな眠りを妨げられ。
王のひととなりを、このときベラードの人々は痛感するのであった。
シァンドロスにとって大事なのは己が戦争に勝って地上を支配することであり、ベラードの都市はその足がかりにすぎないのだ、と。