第三十五章 流れる者 Ⅶ
バゾイィーの話を、そうだったのか、とムスタファーらは真剣に聞いて。今度は自分たちが、これまでのことを話した。
王太子から皇帝の位につき獅子皇となってソケドキアと戦っている最中に、弟が宰相にたぶらかされて蜂起し、都を制圧されたこと。それが、侍女を愛したことにあったこと。
バゾイィーはうんうんと頷きながら、ムスタファーの話を聞いていた。
「国を背負うというのは難儀なものじゃな。臣下の中には、必ずよこしまな者がおるものじゃ」
バゾイィーは悔しさを込めて言った。忠臣と思っていたイカンシはその実奸臣で、さんざんおだてられ、たぶらかされて、ドラゴン騎士団を討伐してしまうという、とりかえしのつかぬことをしてしまった。
奸臣を見抜けなかった己に責がある。といえばそれまでだが、バゾイィーはバゾイィーなりに国を背負って必死だったのだ。
「いまだから言うが、イカンシはタールコと通じていたのだ。オンガルリ征服を早くするためにな」
ムスタファーが言うと、バゾイィーは苦笑し。そうであろうな、と一言いってため息をついた。思い出したくないことを思い出したようだった。
ムスタファーはムスタファーで、そのために父があらぬ死に様を見せたことを思い出し、複雑な思いに捕らわれる。
この策謀は、結局のところ、双方に悪い結果しかもたらさなかった。なんとも滑稽な話ではないか。
「だが父は、策謀をもちいドラゴン騎士団を壊滅させたことを悔いていた。正々堂々と雌雄を決したかったと」
いまだから言えることを、ムスタファーはバゾイィーに語る。さすがに、その死に様こそ秘したものの、話を聞くバゾイィーもバゾイィーで複雑な思いだった。
「国を背負いながら、あらぬことで国を捨てねばならなかった。まったく外の敵よりも内の敵こそが一番恐ろしいものじゃて。そうそう、コヴァクスとニコレットがリジェカを建て頑張っておるようじゃな。予もこの話を聞いて驚いたものじゃが、そのリジェカも、反乱があって一旦は亡国の憂き目を見たというではないか」
バゾイィーは義賊をしながらも、様々な報せを聞いてもいるようだった。
「それでも、リジェカもオンガルリも再興させた。さすがドラヴリフトの子らじゃ。のうムスタファーよ、皮肉とは思わぬか。オンガルリとタールコは、長い間合い争ったものの。互いに国を背負う者がこの様で。臣下の方が、真に国を背負っておる。王とは、結局のところなんなのであろうなあ」
「……」
バゾイィーは義賊をしながら、色々と考えていたようだった。が、それを話せる相手がいなかった。それが、話せる相手ができてか、ムスタファーらが思った以上によく喋る。
「国に帰りたいと思わぬか? オンガルリは再興されたのだぞ」
よく喋るバゾイィーの言葉が一旦途切れたところで、ムスタファーはそう言った。が、バゾイィーはそれこそ泣き笑いの表情を見せて、首を横に振った。
「もう、国を背負うのはこりごりじゃ。予には王としての素質はないからの」
「しかし、オンガルリは王を探しおるのではないか。妻子もいるであろうに」
「捨てた。予はすべてを捨てたのじゃ」
「捨てた……」
ムスタファーはバゾイィーの言葉が信じられないようだった。すべてを捨てた、などと。
「妻も子らも、予のことを心配しておるであろう。それは心苦しくはある。だが、帰りたいと思わぬのよ。どうもよほど今の生き方が気に入ったと見える」
バゾイィーはまるで他人事のように言った。
かつては一国を背負っていたものが、すべてを捨てて、義賊とはいえ賊として生きることに魅入られているとは。
ムスタファーは珍しそうにバゾイィーを見据えていた。
国を捨てる。自分には、そんな生き方はできない。一旦はタールコを捨てたといえど、新たに己の国を建てようとしている。
それは己の生き様を、国を背負うことに見出したからか。いやそんな責任感もあるにはあるが、それがすべてではない気がする。
ともあれ、ムスタファーの生き様は国というものとともにあった。だがそれと対照的に、バゾイィーの中には、もう国というものはない。
この違いはどこから出てくるのであろう。
「それで、そなたらはこれからどうするのじゃ」
バゾイィーに問われて、ムスタファーはソケドキア領となったタールコ西方にて革命を起こし、己の国を建てる旨を告げた。バゾイィーは目を丸くして、話を聞いていた。
「なんと、さすが獅子王子、獅子皇と呼ばれただけはあるわい。まだ国というものと生きようとするとはのう」
褒めているのか、皮肉を言っているのか、バゾイィーは感心したように言った。
「なんでこのような生き方をするのか、オレもよくわからん。しかし、そのように生きたいのだ。それしかオレの生き方はないような気がしてな」
「見上げたものじゃ」
バゾイィーは己にないものを、ムスタファーは持っていると思った。そうでなくてなんで国というものに関わろうとするか。
「だがソケドキアのやりようは、予も気に入らぬ。どうにか思い知らせてやりたいと思ってはおるがの。そなたが革命を起こし、新たに国を建てることで人民がすくわれるなら、それにこしたことはない」
「それだけではない。オレは、身分というものを排したいと思っている」
「なに!」
ムスタファーの言葉にバゾイィーは意表を突かれたように驚いた。国を建てようとするだけでもたいしたものだが、さらに、身分を排するなど。まさかそのような言葉が出るなど思ってもいなかったことである。
「そんなことを考えておったのか」
ムスタファーは頷いた。かたわらのイムプルーツァにパルヴィーンは切なそうにムスタファーを見つめていた。
ムスタファーの脳裏には、愛したエルマーイールが浮かんでいた。