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第三十五章 流れる者 Ⅵ

 槍の穂先を賊の頭目の喉元につきつけ、ムスタファーは今にも突き刺さんがばかりであった。

 頭目の危機に、賊どもは戦いの手を休め、成り行きを見守る。イムプルーツァにパルヴィーンらも、相手が刃向かってこないのでこちらも戦いの手を休め、成り行きを見守った。

「ま、まて」

 頭目は喉元に穂先を突きつけられ、ひきつった声で言った。

「命乞いか。見苦しいぞ。いや、所詮は賊だということか」

「違う。話を聞け。まことアスラーン、いや獅子皇ムスタファー陛下とお見受けした」

 ムスタファーにイムプルーツァは、ふと、違和感を感じた。賊と一戦をまじえつつ。その様子が、どうにもそこらの賊とは違うものがあった。

 それは、賊にしては卑しさがあまり感じられないのだ。頭目の言葉遣いも、教養があり身分も高そうなものだ。

 賊が貴族を気取り、言葉遣いを真似たとて、いざというときには「畜生!」などと言った言葉を吐きそうなものだったが。この頭目、そのような言葉を使わない。

 賊どもも、戦いなれている玄人のようで、一人ひとりの武装こそ貧相だがいざ刃を交えてみれば剣さばきに槍さばきは、訓練された兵士そのものだった。

 かといって、ソケドキア軍の山賊討伐隊でもないようだ。では、この一団は何者なのであろうか。

「いかにも、オレはムスタファーだが、アスラーンだの獅子皇だのと呼ばれていたのは昔のことだ。今はゆえあって、流浪の身」

「なんと、国を捨てたと申すのか。いや、予も名乗ろう。予は、かつてのオンガルリの国王、バゾイィーだ」

「なに……」

 槍の穂先を突きつけつつ、ムスタファーは頭目の顔をじっと見た。

 なんと、頭目はオンガルリ国王バゾイィーを名乗るではないか。

「……」

 ムスタファーはバゾイィーを名乗る頭目を品定めするように、見据えていた。イムプルーツァにパルヴィーンらも、まさか、と頭目を見ている。

 オンガルリ国王バゾイィーといえば、政変後タールコへ首を押し付けにゆき、それ以来行方が知れないというではないか。

 タールコの方でも、バゾイィーがタールコに攻め入り討ち死にしたという報せはない。またバゾイィー行方不明の報せを受け、タールコでも捜索をしていたが、見つからなかった。

「おぬしがバゾイィー王であるなら、これらの賊どもはオンガルリ軍兵士であるのか」

「そうだ。予についてきた者たちだ」

「もうひとつ聞こう。人民を襲わず、賊やソケドキア軍を襲う者たちがいると聞いた。それはお前たちのことか」

「おそらくそれは、そうであろうな。我らは人民を襲うことはせぬ」

 ムスタファーは槍を引いた。

「話を聞こう」

 ムスタファーはバゾイィーに根城に入るよううながし、ふたり中に入って行く。

 戦いは止んだ。

 兵士らは剣をおさめ、外で待機し。イムプルーツァとパルヴィーンが根城に入っていった。


 バゾイィーは淡々とこれまでのいきさつを語り始め。ムスタファーとイムプルーツァ、パルヴィーンはそれを黙って聞いていた。

 バゾイィーは言う。

 あの時。

 イカンシにそそのかされて、エルゼヴァスを死に追い込み、フェニックス騎士団をもってドラゴン騎士団を襲い。

 カンニバルカによって、すべてイカンシの陰謀によるもので、いいように乗せられていたことを思い知らされた。

 衝撃を受けたバゾイィーは、己に国王の資格なしと、その首を押し付けにわずかな共とともにタールコに向かった。

 そこで、すべてが終わるはずであった。

 だが運命さだめはわからぬもの。タールコに首の押し付けにいったバゾイィーであったが、ふと、死ぬ前にタールコ各地を巡ることを思いついた。それまで敵対国として戦ってきたタールコがどのような国が、ひと目見たかったのだ。

 国境を越え、黒湖こっこの北岸を駆け抜け、タールコ北方のハシャラ山中に入ったとき、山賊と出くわし。これを一戦を交えた。

 訓練された兵士たちである。賊など敵ではなかった。またたく間に蹴散らした。それから根城に入り、賊どもの戦利品を見た。

 糧食に武具、金銀財宝。

 それは国王から見ればささやかなものであったが、賊どもは、様々な事情があって賊になったにせよ、自由な生き方をしているようであった。

 寝たいときに寝て、食いたいときに食い、持ち物が少なくなれば近隣の村や町を襲い手に入れる。

 バゾイィーから見れば、それは許されないこととはいえ、まこと自由な生き方に写った。

 その時、バゾイィーの脳裏に何かが閃いた。それは禁断の果実を食したような。

「予も、このように生きてもよいのではないか」

 そう、バゾイィーも賊のように、自由な生き方をしたくなったのだった。

 着いてきた兵士に騎士たちも、王の心変わりに驚いたものの。もう、国などに縛られず、自由に生きる、という魅力は抗いがたいものだったようだ。

 それから、バゾイィーらは賊として生きることにした。賊といえど、人民は襲わず、もっぱら山賊や悪徳商人の商隊キャラバンのみを襲う義賊として生きた。罪なき人民を襲うのは王としての矜持が許さなかった。

 そう生きるうち、タールコ人の素顔も見えてきた。

 タールコ人も、同じ人間であると。善人も悪人もいる、オンガルリ人となんら変わらぬ人間なのだ、と。それまでは、悪魔のように思っていたのが。

 やがて、タールコ西方はソケドキアに侵略されて。

 バゾイィーらは、同じ人間であることがわかったタールコ人のために、ささやかながらソケドキアとも戦った。

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