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第三十五章 流れる者 Ⅴ

 円卓を囲む一同は、若き王の覚悟を聴き、感歎の声を漏らした。

「王にそのようなお覚悟がおありだったとは。感歎のいたり。しかし臣下としては、まだ若き王にそのようなお覚悟を抱かせること、我らの無力を痛感いたします」

 ダラガナは悲痛な面持ちで、若き王を見つめた。コヴァクスも強く心を打たれ、拳を握りしめた。

 モルテンセンは、何も言わずに周囲を見渡している。

 感歎する臣下たちの中で、イヴァンシムだけは、無表情でなにか考え込んでいるようだ。

「王は、そのようなお覚悟がおありでございましたか」

 おもむろに口を開く。モルテンセンは、頷く。

「このようなことを言うのは、臣下として畏れ多いことながら……。そのお覚悟がまことかどうか、試させていただくことになるかと。それでも、お覚悟を貫けますか」

「イヴァンシムよ、何が言いたい? 予の覚悟は動かぬゆえ、遠慮なく申せ」

「では……。王には、前線に出ていただきます」

「前線に」

 これには、モルテンセンもやや意表を突かれた表情を見せた。

「左様。我に考えがあります。だがそのためには、是非とも王に前線に出ていただかねばなりませぬ。ゆえに、そのお覚悟をおうかがいしたのです」

「前線に出よ、というなら出よう。おめおめとシァンドロスに捕らわれて刑死させられるより、戦って死ぬ方がいい」

 モルテンセンはイヴァンシムを見据えて言った。表情は強張っている。覚悟があるといっても、やはり怖さは感じざるを得ないのであろう。

 まだ十を少しすぎた若さである。大人でさえやはり戦争は怖いのだ。恐怖を抑えるなど、無理があるというものだろう。

「お考え違いをなさらぬよう。王に死ねというのではありませぬ。ソケドキアとの戦いに勝つために、王のお覚悟が、存在がどうしても必要なのです」

「そうすることで、勝算があるのか」

「はい。この危機にあって、わずかかもしれませぬが」

 イヴァンシムはコヴァクスの方に向き直った。

「小龍公。かつてポレアス公率いるリジェカ軍と一戦を交えられましたな」

「そうですが、それがなにか」

「あのときと、同じ戦法でソケドキア軍と当たろうかと思いましてな」

「あっ。なるほど、その手がありましたね」

 それから、イヴァンシムは胸のうちに秘めたものを、淡々と語りだす。

 ダラガナをはじめとする円卓の一同は、なるほどと頷き、ソケドキアと戦う自信をつけつつあった。


 さてムスタファーである。

 ソケドキア領となったかつてのタールコ西方の山中に潜み、人をやって近隣周辺の様子を探らせていた。

 この地域にて、ムスタファーが先頭にたち革命を起こすのだ。

 だが、無策に人を煽ってもソケドキア軍に立ち向かおうという者は少ないであろう。

 だからまず、流言をはなって、人々が立ち上がるように仕向ける必要があった。

 いわく、

 獅子皇ムスタファーがお忍びでソケドキア領に忍び込み、蜂起の機会をうかがっている、と。

 兵士らは鎧を脱ぎ私服に着替え、旅人を装い、村落や町で人々にそんな流言を吹き込みまわっていた。

 人々は、興味津々にその話を聞き入っていた。興味が出れば、ムスタファーがソケドキアを追い返してくれるのではないかと言う希望が生まれる。

 さらに、なにかことがあれば自分たちも立ち上がろう、という闘志も出てくる。

 とりあえずは、このやり方はいまはうまくいきつつあった。

 だが、このときに知ったものがある。

 この近隣の人々の間で、語られる山賊がある。その山賊は決して堅気の人々は襲わず、性悪な山賊を退治し。またソケドキア軍にささやかな奇襲をかけているという。

 そのおかげで、近隣の人々は安心してくらしていけているというではないか。

 無論ムスタファーにとって初耳である。そのような奇特な山賊があるのか、と。そのような山賊なら仲間に引き入れて、ともに革命に立ち上がってほしいものだった。

 ともあれ根城にて機会をうかがうムスタファーたちであった。しかし、根城の周辺がにわかに騒がしくなる。

「敵襲!」

 兵士が叫んだ。

 根城に、山賊の一団が迫っていたのだ。ムスタファーのことを知らず、山賊が山賊から奪うために襲い掛かったのであろうか。

 ともあれ、一戦を交えて返り討ちにせねばならぬ。

 ムスタファーは槍を握り、外に飛び出る。愛馬ザッハークはにわかづくりの馬舎に置いている。山中で森の中でもあるし、傾斜もあり、騎馬にての戦いはできなかった。

 襲い掛かった山賊たちも皆、徒歩立ちであった。

 イムプルーツァやパルヴィーンら兵士や騎士たちも剣など得物を握り、山賊を迎え撃とうとする。

 ムスタファーは槍で賊どもを薙ぎ倒し、

「オレはアスラーン・ムスタファーだ。そうと知っての狼藉か!」

 と、堂々と叫んだ。咄嗟のこととはいえ、自ら獅子王子アスラーンと名乗ったのは、やはり自分でもこの二つ名が気に入っていたのであろう。

「なに、アスラーン・ムスタファーだと!」

 賊どもは驚きつつ、槍を振るうムスタファーを凝視した。

 その間にも、イムプルーツァやパルヴィーンの剣は賊どもを討ち倒してゆく。

「ほう、アスラーン・ムスタファーか。面白い、ひとつ手合わせを願おうか」

 賊の頭目らしき男が、剣を振るいムスタファーに立ち向かってゆく。

 ムスタファーこれを迎え撃ち、激しく渡り合った。

 だが、所詮は賊である。歴戦の勇士であるムスタファーの敵ではなかった。槍で相手の剣を手から弾き飛ばし、穂先を喉元に向けた。

 勝負はあった。

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