第四章 彷徨 Ⅲ
国境を越えると、そこは戦場だった。
幸いに追っ手と遭遇することなく、国境の山を越えてヴーゴスネアにたどりついた一行を待ち受けていたのは、荒廃した戦場だった。
ある村落は家屋ことごとく火を放たれたか、むき出しにされた柱は黒こげになり、また黒こげの柱が何本も横たわり戦乱で命を落とした人々の、多数のむくろが横たわる悲痛極まりない光景を、容赦なく一行の瞳に投げかけた。
まさに死の世界さらけ出す廃墟であった。
だが山野の景色は人のおこないなどかまわずに、冬支度と葉を紅に染めてゆき。川は淡々と流れ。紅に焼ける夕陽は山々に沈んでゆこうとする。
クネクトヴァとカトゥカは、生まれて初めて見る悲惨な光景にひどく心をいため。言葉を発することさえ不自由する有様であった。
ここでは、どのような戦争が繰り広げられたのであろう。
オンガルリでは、ドラゴン騎士団がよく守り、こういった集落を巻き込んだ戦争はほとんとなく。常に人の住まぬ高原などでおこなわれるのが常であっただけに、コヴァクスとニコレット、ソシエタスの衝撃も小さからぬものがあった。
「ひどい」
と一言、ニコレットは痛ましげにつぶやいた。
「誰だ」
という声がした。
声の方を向けば、村落の生き残りであろうか、二、三十人ほどの人々が姿をあらわした。戦争から逃げ出し、落ち着いた様子なのをみて、もどってきたようだ。
「……」
我らはオンガルリ王国のドラゴン騎士団の者たちだと、コヴァクスは名乗ろうとしたが、人々の凍りついたと思わせるほど冷たい瞳の光に射られて、言葉が出なかった。
「そうか、お前ら略奪に来たんだな」
と一人言って石を拾うと、また一人一人と石を拾い、
「出ていけ! 汚らわしい盗賊ども」
と口汚くののしりながら、石を投げつける。相手が五人しかおらず、また戦争によりすべてを奪われた怨みを、一行にぶちまけようとする。
「ちがう、我らは……」
と言おうとしても彼らは聞かず、怒りのまま投石し、中には鍬をかかげて飛び掛る者まであった。
その気になれば造作もなく勝てる相手だが、斬ることはできず、馬をけしかけその場から逃げ出すしかなかった。
人々は怒声を上げて追いかけてくるが、馬脚にはかなわず。しばらくして、声は消え、追ってこなくなった。
オンガルリでは考えられないことであった。バゾイィーは戦争がないときは、国内をよく治め、人民の生活に気を配っていた。だから盗賊のたぐいは出ず、騎士たちはタールコとの戦いに専念できた。
また国境を越えてくるヴーゴスネアからの難民も受け入れ保護もした。
ドラヴリフトが、バゾイィーに、内政に専念せよと助言するのも、根拠なきことではなかったのだ。
冬も近づく中、陽も落ちれば途端に空気は冷たくなり。闇が世を覆う。
一行やむなく野宿をする。
旅立ってから屋根のあるところで寝ることなく、寒さを堪え身を寄せ合って野で夜をすごしてきた。
混沌の地に希望を見つけ出そうと思った。
困難なのは百も承知であったが。いざとなれば、そこにただよう絶望に飲み込まれそうだった。
オンガルリではドラゴン騎士団がよく守り、人の住む集落を巻き込まずに戦争をしてきただけに。
戦場とは、戦争をしている真っ只中のことばかりをいうのではなく、戦争という嵐が竜巻が通り過ぎて傷ついた地も含まれることを知った。
冷気に当てられながらの旅は続く。その中で幸いであったのは、南へくだるにつれて比較的冷気がやわらぎ、過ごしやすいことだった。それでも、山から吹き降ろす風は冷たく肌を裂くようで、やはり寒いことにはかわらない。
かといって、帰る場所もなく。
進むしかなかった。
戦場の中を。
何度悲惨な光景を目にしただろうか。
彼らはドラヴリフトの遺志を受け継ぎ、新生ドラゴン騎士団を結成しオンガルリに秩序を取り戻すことが目的だった。その目的は、戦場の悲惨な光景を目の当たりにして、形を変えつつあった。
「ゆくぞ!」
コヴァクスは叫んだ。
それまで、戦いそのものにぶち当たることはなかったが。ついに眼前で刃閃き血煙あがる戦いに出くわした。
それは彼らにとって、異様な光景であった。
正規軍と思えぬ貧相な軍装をしながら、目は餓えた狼のようにぎらつた集団が、老人子供をかかえ、戦える者の少ない一団を襲っていた。
それは戦いと言えるものではなく、一方的な殺戮だった。
幼い子供が斬られて、悲痛な声を上げて絶命した。一方で、相手を斬るより抱えている荷物を奪い取ることに血眼になる者がいた。
それは盗賊が難民を襲っているところであった。
老人や子供まで手にかけられることを見たコヴァクスは、電光石火、怒りに燃えて剣をかかげて馬を飛ばした。それに、ソシエタスにカトゥカを預けたニコレットも続く。
「なんだてめえら!」
人の声とも思えぬだみ声の怒号が響き、楽しみの邪魔をされた盗賊はコヴァクスらにも襲い掛かった。クネクトヴァは短剣を握りしめつつ、カトゥカとともにソシエタスにしがみつく。
コヴァクスとニコレット駆け抜け、剣光一閃するごとに、盗賊はたおれゆく。それはあまりにもあっけなく、手ごたえなく、その弱さにかえって驚くくらいだ。
が、数は向こうが上。およそ三十人は越えるだろうか。それを相手に戦うのはコヴァクスとニコレット、ソシエタスを含めてもわずか七人程度だった。
戦える者は剣や槍を握りしめ、必死に応戦するが、いかんせん数の不利があり、一人たおれ、また一人たおれる。
「ガジェンさん!」
と女が叫んだ。たったひとり褐色の肌をし、長い黒髪を振り乱して右手で小斧を振るい左手で盾をもち盗賊の攻めを防いでいた。
たおれた男は馴染みだったのだろう、女は怒りの声をあげてめちゃめちゃに小斧を振りまくった。それで二人ほどたおしたが、
「このアマ!」
と怒鳴りながら、敵は次から次へと襲いかかってきて、一瞬の隙をつかれ、後ろから羽交い絞めにされる。
しまった、と思う間もなく、剣が振りかざされたとき。突如あらわれた騎士がまたたく間に女を囲む盗賊を斬り伏せ、間一髪で命を取り留めた。
(誰だろう)
と思ったが、今はゆっくり考える暇はなく。戦列にくわわりなおし、小斧を振った。
「きさまが大将か!」
コヴァクスはただ一人馬に乗る大将らしき盗賊に向かって駆けた。他の雑魚はニコレットが討ち果たしてゆく。ソシエタスもカトゥカとクネクトヴァを守りながら善戦し、その甲斐あって誰も近づかない。
「ち、ちきしょうめ」
大将らしき男は気迫みなぎるコヴァクスに恐れをなしてうめき、
「おぼえていやがれ!」
と捨て台詞を吐いて、我先に逃げ出す。慌てた雑魚どもも、奪い取った物を捨てながら一斉に逃げ出した。
それを追いかけようとしたコヴァクスであったが、
「お兄さま、それよりも襲われた人たちを!」
とニコレットが呼び止めるので、「ちぇ」と舌打ちしつつ、馬を返して人々のもとに戻った。
勝った。しかし、そこに嬉しさはなく、悲しみがあった。
死んだ子どもを抱きしめ、号泣する母親をはじめ。盗賊に殺された家族や友人のなきがらにすがり嗚咽する人々の姿を目にして、なんと言ってよいのかわからない。
馬を降りたものの、コヴァクスとニコレットは手綱を持ったまま立ちすくむ。
勝っても喜べないなんて、初めてのことだった。ただすこし離れたところで、人々の悲しみを眺める以外、なにもすることがないように思われた。
ソシエタスも下馬し、カトゥカとクネクトヴァをともなってそばまで来たが、これも言葉なく、悲しみを堪えてるようだった。
クネクトヴァは手を合わせて祈りの言葉をつぶやき、亡くなった人々の冥福を祈る。コヴァクスとニコレット、ソシエタスにカトゥカもそれにならい、冥福を祈った。
「あの……」
ひとり声をかけてくるものがあった。褐色の肌の女戦士だった。
「助けてくれて、ありがとう」
と女は言った。言いながら、一行を不審そうに見ていた。
「いや、我らはただ義によってあなたたちをお助けしたまでのこと」
とコヴァクスは言うが、助けてくれる者がいるなど信じられない、という風に、感謝の色薄く女は、難民の人々は一行を眺めている。
(助けられて、嬉しくないのか?)
それほどまでに、戦争で傷ついているのか。と思わざるを得なかった。様々な感情をないまぜにした視線が、一行に突き刺さり。決して放そうとしなかった。
それが心苦しい。
女は一旦後ろを振り向き人々を見てから、
「私はバルバロネ。流れ者の傭兵だが、縁あってこの人たちと一緒にいる。あんたたちは?」
と言った。
「オレはオンガルリ王国ドラゴン騎士団、コヴァクス」
「私も同じく、ドラゴン騎士団のニコレット」
「そして私は、おふたりに仕えるソシエタスでござる。この少年と少女はクネクトヴァにカトゥカ、縁あってともに旅をしている」
自己紹介を聞き、バルバロネは呆気にとられた思いで一行を見ていた。オンガルリ王国のドラゴン騎士団といえば、その強さドラゴンのごとしと讃えられるほどのもので、その名は広く伝わっているから、バルバロネも知っていたが。
まさか、という疑いが沸き起こるのも無理はない。コヴァクスにニコレットといえば、小龍公、小龍公女とも称される貴族の貴公子に令嬢ではないか。それがわずかな共とこの戦乱の国に、どうしているのだろうか。
だが、小龍公女ニコレットは色違いの瞳を持つといい。その通り、色違いの瞳の少女騎士が、いま目の前にいてニコレットと名乗った。
剣の腕も確かで、人格もよさそうだ。
が、それだけに、いっそう頭は混乱しそうだった。これが一介の流浪の剣士であれば、問題はなかったのだが。
「ドラゴン騎士団?!」
バルバロネだけでなく、難民の人々すべて、驚き一行を凝視する。
「どうしてドラゴン騎士団がこんなところにいる」
「それは……」
言いづらそうにしていたコヴァクスとニコレットだったが、ソシエタスはやむを得ぬと頷くのを見て、すべてを打ち明けた。
国のために戦いながらも、奸臣イカンシのために反逆者の烙印を押されて王の軍勢に討伐されて壊滅したこと。そこで大龍公ドラヴリフトは命を落としたこと。やむなく国を出て大龍公の遺志を遂げるべく、新生ドラゴン騎士団を結成してオンガルリ王国に秩序を取り戻そうとしていること。
バルバロネをはじめとする難民の人々は、呆然と話を聞いている。
「私たちは、オンガルリ王国に行くつもりだった……」
というバルバロネの言葉を聞き、コヴァクスとニコレットの心はひどく痛んだ。
「そんなことがあったというなら、オンガルリに行っても、意味はないのか」
オンガルリはヴーゴスネアからの難民を受け入れ保護している。この難民の人々も保護を受けるため、オンガルリにゆく途中であったのだが、そんな政変があったとなれば、保護政策もどうなることか。
私欲の強いイカンシが、難民に慈悲をかけるとは考えられない。今ごろは王を操り、オンガルリを自分に都合のよい国に変えていることであろう。
となれば、難民保護政策も、打ち切られるおそれは十分にあった。いや、最悪の場合タールコに攻め落とされるかもしれない。と、コヴァクスらは思っている。
「ちきしょう、終わりだ。何もかも終わりだ!」
と誰かが叫んだ。
「逃げ場などない。結局オレたちは戦争で死ぬしかないんだ!」
男は泣き喚いて、落ち着けという声も無視し、手足をばたつかせ地面を転がりまわっている。
見苦しい姿ではあったが、誰もいさめられなかった。
我が子を殺された女性が、眠る我が子を抱きしめながら、天を仰いで子守唄をうたう。ぼうや、お母さんももうすぐいくからね、と悲しげな歌声は天に向かってそう語っているようだった。
人々に絶望が広がり、それは見えない手で底なし沼に引き摺り落とされているようだ。
さきほど武器を取って戦っていた男たちさえ、絶望に飲み込まれ力なくうつむいている、
バルバロネは肩を震わせ。
「落ち着けみんな!」
と叫んだ。戦いを生業とする傭兵だけに、声には張りがあり、耳とともに心さえも打つほどの威勢があった。そのおかげか、皆バルバロネの方に目をやり、一旦は泣き止む。
「まだ終わったわけじゃない! オンガルリがだめなら、イヴァンシムの『赤い兵団』を探そう!」
と難民の人々に言う。
難民の人々の絶望ぶりに言葉もなかったコヴァクスらではあったが、赤い兵団がなにかわからないながらも、新たな希望の種であることくらいは察しがついた。
「あんたたちにもお願いしたい。赤い兵団のもとにゆくまで、この人たちを私と一緒に守って欲しい」
バルバロネは相手が高名な貴族でドラゴン騎士団であることなど頭にないように、敬語も一切使わず無遠慮にずけずけと頼みごとをしてくる。
しかしその目は必死だ。
突然のことに、戸惑うコヴァクスとニコレットであったが、バルバロネの眼差しにえもいわれぬ熱気を感じ取り、断れないのをさとっていた。
が、まず赤い兵団がなんなのか知りたい。
「それはいいが、まず赤い兵団のことを教えてほしい」
「ああ、そうだったね。赤い兵団ってのは……」
ヴーゴスネアに戦火広がり、国が七つに分かれて激しく刃を交えて国土は荒廃し、また人心の荒廃も著しく、すさんだ弱肉強食の世界が繰り広げられ盗賊が跋扈する中にあって、戦争の破壊や盗賊から人々を守っている義勇軍のことだという。
頭領はイヴァンシム、副頭領はダラガナといい。ともにヴーゴスネアの軍隊にいた将校であるが、王族や貴族が私欲のために戦争を繰り広げるのに嫌気が差し、私財を投じてどこにも属さない義勇軍を結成し、人々を守るため各地を転戦しているという。
赤い兵団は、当初名などなかった義勇軍だが装備一式を赤に統一しており、戦いを重ねるうちに、いつの間にかつけられた名であるという。
赤はヴーゴスネアにおいては勇者の色とされ。誰でも使うことのできない色だった。赤い装備を使えるのは、戦場において戦果を挙げ、認められた者のみに許される色だった。いわば戦士の証だった。
かつては、ヴーゴスネアの赤備えの戦士と呼ばれ、ヴーゴスネアの象徴ともなっていた。
イヴァンシムに副官ダラガナもまた赤備えの戦士であり、功績あって国の重要人物のひとりとなった。
しかし今はその赤備えの勇士たちも国と同じように分裂し、刃を交える有様だ。
そんな中で自分で結成した義勇軍に赤い装備を使わせるのは、ヴーゴスネアの戦士であるという誇りからだろう。
イヴァンシムにとって戦うとは、人民を破壊から守ることであった。
「赤備えのイヴァンシム殿でござるな。ご尊名はうかがっている。どの国にも、義の人はあるものですな」
ソシエタスは感心しながら言う。コヴァクスとニコレットも、隣国の功労者の名を知らぬではない。たしか、戦争で敵に勝つよりも、窮地に陥った味方を救うことで武勲を立てた武人である。
「それなら願ってもないことだ。オレたちもイヴァンシム殿のもとに行こう」
とコヴァクスは乗り気になった。他も異存はない。
だがバルバロネは心配そうだった。
「だが、一箇所にとどまらず各地を転戦しているから、いつ会えるかわからない。だからこそ、あんたたちが頼りなんだが」
「なるほど……。だがわかった。イヴァンシム殿と出会えるまで、この人たちを守ろう」
戦いには大義がいる。
ヴーゴスネアを彷徨い行き場を見失いかけていた一行だったが、弱者を守り義の人と出会うという大義、目的を得て、心がいくらか潤いと熱気をおぼえたようだった。
「ありがとう。恩に着るよ」
端正にして勇敢そうな顔を明るくし、バルバロネはよほど嬉しくて、みんなの手を握って礼を言った。
かくして、五人のドラゴン騎士団はバルバロネの守る難民とともに、イヴァンシムの赤い兵団を求めて、戦乱の地を旅することとなったのであった。
ヴーゴスネア。
オンガルリ王国の南西に位置する国であり、南方に海を臨む。南方とはいえ、海岸線は南東方向に伸び。国土もそれに沿って南東方向に伸びている。
さらに南へ下れば、都市国家=ポリスが群れをなすエラシアにたどりつき、海岸線はエラシア南部をなぞって北上したのち、一旦南下して、西に向かっている。
ヴーゴスネアの気候はオンガルリに比べて変化に富み、南部北部ともに四季はあるが、北部の冬は厳しく南部は穏やか。逆に南部は夏暑く北部はゆるやか。
とくに海に面した南部はオンガルリよりはるかに過ごしやすいと旅人はささやく。
オンガルリ同様、かつての西の大帝国の東端の属州であるが。過ごしやすい気候とあいまって、人の行き来も盛ん。それは、川と川が交わるようにして、大陸の東西文明が融合することを意味した。
だがそれは、興亡の多さも意味した。
国境定まることは十年と続くことまれで。
西の大帝国が滅びてからというもの、さまざまな民族がさまざまな方角から流れては交わり合い渦巻き合い、土着する者、新天地を求め旅立つ者をと振り分けて。その流動は今もなお続いている。
それらの民をまとめ、ヴーゴスネアを建国したのがレスサス王であった。
オンガルリ歴で見れば二百八十九年、二十七年前のこと。
統一王と称されるレスサスは善政を布き、国の特徴を生かし様々な国の出身者や民族の人民を受け入れ、才能さえあれば王宮に仕えさせもした。
また土地を拓きさまざまな産業を興し経済や「分け隔てない」文化興進にも力を入れ。またヴーゴスネアの各都市を国際都市とし、諸外国との貿易も盛んにおこない。
地域によって多少の格差はあれど、国は比較的豊かであった。
無論軍事力の維持もおこたらず。これもまた出身国や民族の別なく採用した才能溢れる軍官の率いる強力な軍団を擁していた。
タールコはドラグセルクセスの先代の王に当たるアンドレイオスの時代に、幾度となくヴーゴスネアを攻めたが、レスサス率いる多民族融合軍により撤退を余儀なくされ。以後は敵対しながらも、国境の警備を強化し隙をうかがうことに専念し。
そのおかげでヴーゴスネアは平和を享受していた。
オンガルリ歴で見れば二百九十六年の、二十年前までは……。
ちょうどコヴァクスもその年に生まれた。その年に、レスサス王は死去。これを機に、王宮内での権力闘争が激化し、内乱が起こった。
それまで抑えられていた、王宮内でうごめく魑魅魍魎が顕在化し、人々を権力欲に駆り立てて。
われこそ正当なる後継者と、まっさきに乱を起こしたレスサスの三男トレイヴィンは、以前から器量劣ると批判し続けていた長男のスウボラと次男のエムアルーニを攻め殺し。
その仇討ちとの大義名分でスウボラ派とエムアルーニ派の貴族たちは挙兵しトレイヴィンと激しく刃を交えたが、この両派は手を組むどころか互いを邪魔者扱いし、三つ巴の戦乱を巻き起こし、戦火を国土に広げた。
その混乱に、あざとい者が黙っているわけもなく。一番南東端に位置するソケドキアの貴族、フィロウリョウはすかさず独立し、ソケドキア王国を建て自身は王位についた。
これをきっかけにして、各地方の貴族は続々と独立し王国を立て、ついには国は七つに分裂し。統一の歴史に幕を閉じた。
またレスサスが統一王と称される根拠であり、苦心してつくりあげた最高傑作である、民族融合策も、無に帰し。
一旦まとめられた諸民族は七つの国に別れ住むようになり、互いに牽制するようになった。
それぞれの民族は、自分たちを大事にしてくれる王につく。諸王もまた、自分の出身の部族や自分を支持する部族を大事にし権力闘争の道具とし、敵対する部族には容赦ない制裁を加えた。
人の心は不思議なもの。自由と平等を求める一方で、差異も求めた。
それは同じ人の心から発するものなのに、外にある、言葉や習慣の違い、肌や髪、瞳の色の違い、信じる神の違いのせいにしながら。
皆と同じように人間として生きることを望みながら、他者は人間とみなさず。皆と同じように人間らしい生き方をもとめ、今日もまた、他者をふみつけにする……。
それが一番楽に、己の人間性を自覚できる生き方であるからだという。