第三十四章 東征 Ⅷ
アーベラの要塞を中心に、ソケドキア神雕軍は陣を布き滞在していたが。下は野宿の上は幕舎の暮らしを長く続けられるわけもなく。
長く滞在でき、かつ東征の拠点をつくるため、最寄のラジェラという中規模の街を占領し。シァンドロスはそこに入った。
無論抵抗はあったが、赤子の手をひねるようにソケドキア神雕軍はラジェラの守備軍を撃破し、あっさりと街を占領してしまった。
ただ、拠点にするために占領したので、バヴァロンでおこなったような破壊は厳に戒めた。
太守や生き残った守備兵らは命を助けられたが、街から追放され。やむなく帝都エグハダァナに向かって逃げた。
街の住民に対しては、破壊とひきかえに無抵抗を呼びかけ。日常を送るように触れを出した。
これにより、アーベラの要塞とラジェラの街を東征の拠点としてさだめたわけである。
バヴァロンといえば、破壊と略奪によって拠点として利用できなくなっていることは、シァンドロスらソケドキア兵が一番よくわかっていた。
そのバヴァロンで奪い取った金銀財宝などの宝物は一旦要塞に集められていたが、ラジェラの街に運び込まれ。論功行賞により将卒らに分け与えられた。
宝物のほかに領土もあたえねばならないのだが、まだ東征の途上ゆえそれはあとにまわされることになった。
またバヴァロンで奪った金銀をもって職人たちに新たな武具などもつくらせていた。いかに誇り高いタールコの民といえど、生活を保障するとなれば言う事をきくものであるが。
中にはかたくなにソケドキアを憎む職人もあった。彼らはソケドキアからの仕事を一切引き受けようとしなかった。
それを知ったシァンドロス。
「ソケドキアの民となるのがいやか。ならば死ね」
と、その職人らを処刑にしたのであった。他にも抵抗を呼びかける市民をとらえ、みせしめの処刑をした。
破壊こそおこなわなかったものの、そういうことにかけて、シァンドロスは徹底して現実的であった。
その甲斐もあってか、そういった処刑が執行されたという以外に混乱はなく、その心境はどうあれ市民は日常生活を送り、ひとまずはラジェラの街は占領下にあっても平穏ではあった。
シァンドロスは太守の邸宅に入り、久しぶりに平穏な日々を送っていた。
私室には、貿易で昴から取り寄せられた陶器の大皿が飾られていた。その大皿には、青く鳳凰が描かれていた。
シァンドロスはその昴の大皿を見るたびに、東征の野心を掻き立たされるのである。彼の脳裏に描かれた地図は、タールコよりも広く、昴にも及んだ。
だが、東方ばかり見据えるわけにもいかなかった。
「ドラゴン騎士団……」
ラジェラの街もそうだが、タールコ各地の市街地には必ず昴との貿易で入手された品があった。その中には、龍の模様がはいったものも少なくなかった。
シァンドロスはその貿易品を物色していたが。
ラジェラの街にも、龍の刺繍がほどこされたカーペットがあった。
東方の龍と西方のドラゴンは、姿が違う。東方のは細長い胴に四本の足が生え右前足には必ず水晶玉を握りしめていた。西方のドラゴンは長い首に太い胴を持ち。東方の龍は神秘的なものがあるのに対し、西方のドラゴンはどこか獰猛な猛獣めいた雰囲気を持っていた。
ともあれ、シァンドロスはその龍をみるたびに、ドラゴン騎士団を、コヴァクスを、ニコレットを思い出すのであった。
(いずれといわず、近いうちにドラゴン騎士団と決着をつけねばならぬか)
彼の胸のうちに、西方へ反転しドラゴン騎士団と雌雄を決する考えが大きくなりつつあった。
ドラゴン騎士団は自ら攻め入ることはせぬであろう。しかし、必ずとはいえぬ。なんらかの後押しを受け、旧ヴーゴスネア地域に攻め入ることも考えうることではある。
シァンドロスは己が非道な行いも辞さぬことをよく承知している。ドラゴン騎士団はそれが許せぬであろう。となれば、このまま黙っているとも思えなかった。
オンガルリ・リジェカも復興途上とはいえ、ソケドキアを警戒する世論も持ち上がり、それが後押しとなってドラゴン騎士団を攻め入らせるであろう。
先の戦いにおいて、イギィプトマイオスが手痛い敗北をこうむっている。ドラゴン騎士団としては、この戦いにおいて自信をつけソケドキアを怖れる心はないであろう。ならば、なおさら世論の後押しをうけて旧ヴーゴスネア地域に攻め入り、勢いをつければトンディスタンブールにまで攻めの手が及ぶことも考えられる。
東へゆくにつれて、西方の領土が削り取られるような事態がおこりえる可能性がないだろうか。
もしそのような事態になれば、なんのための東征なのか、意味をなさなくなってしまう。
東征に関しては、タールコの新皇帝を完膚なきまでに打ち負かし、思い知らせたことでもあるし。しばらくはタールコ国内は不安定な状況が続くかもしれない。
「ゆくか」
シァンドロスは決心し、臣下らをあつめ軍議をひらき、西方へ反転しドラゴン騎士団と戦い決着をつける旨を告げれば。臣下らに異議はなかった。ペーハスティルオーンやカンニバルカをはじめとする臣下たちも、ドラゴン騎士団を気に掛けていた。
ただ、ガッリアスネスのみは沈黙を肩に乗せシァンドロスと目も合わせなかった。シァンドロスもそのことに気づいている。傷を負いトンディスタンブールで静養している師匠のヤッシカッズから、あれこれと吹き込まれたのであろう。
「ガッリアスネス。おぬしには、ここの守りを任せる」
そう言うと、ガッリアスネスははっとしたように、
「承知しました」
と言った。その顔には、複雑な心境とわずかな安堵があった。ドラゴン騎士団と戦うのは、気が進まぬようであった。これでは連れて行けぬ。だがガッリアスネスがどのような心境であれ、反乱は起こすまいから、そういう意味では留守を任せるに足りるといえば足りる。
話が決まれば、ソケドキア軍は早速準備にとりかかった。




