第三十四章 東征 Ⅵ
カンニバルカを先頭に、三万の手勢は新皇帝マルドーラ率いる十万の軍勢向かって駆けてゆく。
「馬鹿め、たっだそれだけでなにが出来る」
新皇帝は数に利あることで安心し、そのままカンニバルカの手勢を飲み込んでやろうとぶつかり合った。
「ひと塊になって、我に続け!」
カンニバルカは大剣を振るい叫んだ。
その通りカンニバルカの手勢は隊列を乱さず、ひと塊になって大将カンニバルカの切り開く血路に突っ込んでゆく。
「おのれ、取り囲んで血祭りにあげてやれ!」
数をものともしないカンニバルカの奮戦ぶりに、新皇帝マルドーラは数の利を生かし取り囲もうとする。
「やはりそう来るか」
大剣を振るいながら、タールコ軍の動きを見ていたカンニバルカは、奥へ行くほどに囲まれようとしているのを察し。
くるりと進路を反転し、今度はタールコ軍から抜け出そうとする。
「追え、逃がすな!」
新皇帝マルドーラは血気も盛んに馬を駆り、付き添う臣下や兵卒らをどんどん追い越し追い抜いてゆく。
「皇帝、どうかご自重を!」
イルゥヴァンは慌てて追いかけるが、さすが皇帝が乗るは選りすぐりの駿馬である。一旦引き離されると、なかなか追いつけなかった。
カンニバルカの手勢は逃げる、どんどん逃げる。それを必死に追う新皇帝マルドーラ。
十万の軍勢はカンニバルカの手勢を追うため、なにより新皇帝マルドーラが遮二無二に馬を駆けさせるために隊列が乱れてゆく。それが何を意味するのか。
「よし、半分ほど続け!」
ギィウェン、ムハマドの手勢と渡り合っていたシァンドロスは三万五千ほど兵を割いて、新皇帝マルドーラの軍勢に向かって突っ込んでいった。
逃げるカンニバルカであったが、後ろを振り返り戦況を見ると。またも反転し、新皇帝マルドーラの軍勢向かって突っ込んでいった。
新皇帝マルドーラはどんどんと前に出て、ほとんど先頭に近い位置にいてカンニバルカの手勢を追っていた。
カンニバルカはマルドーラの顔は知らない、しかしその軍勢の中で一番豪奢な甲冑は、あきらかにこの軍勢の総大将、新皇帝マルドーラであるとすぐにわかった。
「散々予を侮辱しおって。兄より勇気がないかどうか思い知らせてやる!」
こちらに向かってくるカンニバルカの手勢に向かい叫び、剣を掲げ馬を駆けさせ。
カンニバルカの手勢と激突した。
それと同時に、シァンドロスの手勢がマルドーラの軍勢の後方とぶつかる。
「突っ切れ!」
シァンドロスは軍勢を分断させるため、愛馬ゴッズを駆けさせ敵兵も蹴り、敵軍中を駆け抜けてゆく。
隊列の乱れていた新皇帝マルドーラの軍勢は十万といえど、シァンドロスの手勢によってほころびが生じ。そのほころびはだんだんと大きいものになっていった。
「取り囲め!」
カンニバルカはすかさず号令をくだし。兵卒らもよく動き、前にしゃしゃり出た格好のマルドーラを取り囲もうとする。
先頭の数は二万あるかないかだった。
「いかん!」
イルゥヴァンは咄嗟に一騎兵に命じ、ムハマドとギィウェンにすぐこちらへ来て合流するようにと伝えた。
騎兵はすぐに駆けててゆく。
「や、や」
新皇帝マルドーラは、敵の動きを見て、取り囲まれていることを察した。
後方を見れば、シァンドロスの手勢によって、分断されているではないか。隊列が乱れて統率がなくなった軍勢は、もろくも崩れ去ってゆこうとしていた。
「しまった」
と思っても、遅い。ソケドキア軍の動き素早く。血気に逸り前に出たマルドーラらを素早く取り囲んでゆく。
にわかに、血気に代わって胸中に恐怖が広がってゆく。
このままでは討たれてしまうのではないか、と。
「いかん、退け、退け!」
慌てて新皇帝マルドーラは退却の号令をくだした。包囲網はできあがり、それはだんだんと狭まっていっている。
周囲の兵も必死に戦うが、大剣振るうカンニバルカの前では風の前の木の葉のように吹き飛ばされてゆくばかり。
新皇帝マルドーラを救出に向かおうとイルゥヴァンらも駆けようとするが、シァンドロスはうまく手勢を動かし、タールコ軍を翻弄し分断し、救出にゆかせない。
ムハマドにギィウェン率いる十万の手勢も騎兵からの言伝を聞き新皇帝マルドーラの救出にゆこうとするが、ペーハスティルオーンやバルバロネが手勢をよく率いて戦い、ねばりつくように張り付きなかなかに動けない。
もう完全に、タールコ軍は数で劣るソケドキア神雕軍に翻弄されて、思うように動けずされるがままだった。
「こんなことなら、イルゥヴァンの助言を聞いておくのだった」
新皇帝マルドーラは、今度は恐怖に駆られて遮二無二に駆けて、味方の兵さえ馬脚で蹴り倒してゆく有様だった。
カンニバルカの手勢の包囲網は、新皇帝マルドーラを握りつぶそうと容赦なく狭まり。カンニバルカが大剣を振るうのが、その目に見えるほどになった。
「な、なんという剛勇」
もう恐れをなし、新皇帝マルドーラは逃げることに必死だった。大剣から逃れるために、必死に逃げた。
兵卒らも若き新皇帝を逃そうとどうにか奮戦し、ソケドキア兵を寄せ付けまいとする。
「おう、あれが皇帝じゃ。あれを討ってこの戦の一番手柄を立てん」
豪奢な甲冑を見て、カンニバルカは鼻息も荒くなって、まっしぐらに新皇帝マルドーラに向かって突っ込んでいった。