第三十四章 東征 Ⅲ
「我を先頭に立てられれば、戦局おおいに動かしてみせましょうぞ」
「言うわ」
「いや、これは戯言にあらず。神雕王よ、して我を先頭に立たせるか否か」
「そこまで言うなら、立たせてやろう」
速断であった。シァンドロスはあれこれと迷う人間ではなかった。
「その自信を買うが。もし、敗れることあらばお前への責めは……」
「死罪でもよろしい」
「よく言った」
ペーハスティルオーンにガッリアスネスら臣下らは己の命ももてあそぶようなカンニバルカの発言におおいに肝を冷やした。シァンドロスを相手に、よくぞ大見得を切れるものだ、と。
だが、タールコとこれから迎える戦いは一大決戦といってもいい。この戦いで敗れればカンニバルカを死罪にする以前の問題となるだろう。
ソケドキアは東征している。
ガウギアオスの戦いで東征への突破口を開いた。ならば、この、アーベラにおける戦いは東征のゆくすえを決定的なものにできるか否かを決める重要な局面となる。
かくして、ソケドキア軍全軍に、タールコといかにして戦うかが伝えられた。
タールコ軍二十万、エグハダァナを発って進軍すること数日。ついにアーベラの地にたどり着いた。
遠めに要塞が見え。その前方には、ソケドキア神雕軍十万がたたずんで、人の壁をなしていた。
「ソケドキアの蛮族め。今日こそ目にもの見せてくれる」
マルドーラは意気込み、手綱を握る手に力が入る。
地を埋め尽くすかの二十万の軍勢は、アーベラの要塞を取り囲まんと徐々に左右に広がり展開してゆく。
イルゥヴァンにヨハムド、ギィウェンらの部将に兵卒らは、マルドーラの「かかれ」の号令をいまかいまかと待ち受けている。
新たな皇帝のもとで戦い、戦功を挙げ。目を掛けてもらおうと、皆士気は高かった。
マルドーラは、手綱を握る手に力がこもるとともに。震えてもいた。
二十万もの軍勢を率いるなど、生まれて初めてのことである。戦の経験がないわけではないが、東方タータナーノとの局地的な小戦闘ばかりで、このような大きな戦いそのものは初めてであった。
しかも率いるは二十万。いま中軍に身を置いている。どこを振り向いても、人、人、人である。陽光に照らされ、武具甲冑がきらりと反射して光る。
周囲を見回しながら、マルドーラは初陣のとき以上の興奮と緊張を覚えていた。
心臓は早鐘のように鳴り、息遣いも知らずに荒くなっていた。
(どうした、落ち着け。予は皇帝だぞ。ふしだらな獅子皇でもできたことを、なぜ予にできぬことがあろうか)
すう、と大きく息を吸い込み。しばしためて。
「かかれ!」
と叫んだ。
皇帝の号令くだるや、二十万のタールコ軍の先陣五万が喚声あげて一気に駆け出し、軍靴、馬蹄の音を響かせ。
土煙も、もうもうと天に昇る。
先陣を率いるはギィウェンであった。
「おうおう、来たか来たか」
カンニバルカはタールコ軍の先陣がこちらに向かって駆けるのを眺め、不敵に笑う。
「よし、ならばこちらもいくぞ!」
大剣を掲げ、大喝一声、
「かかれ!」
と叫べば。シァンドロスより預けられた三万の手勢、喚声をあげて駆け出す。
中軍にシァンドロス。左翼にガッリアスネス。右翼にはペーハスティルオーン。カンニバルカ率いる先陣が駆け出すのを見据えていた。
両軍の先陣同士、ぶつかりあって。刃閃き、血しぶきが飛ぶ。
ことにカンニバルカは真っ先にギィウェン率いるタールコ軍先陣の真っ只中に飛び込み、大剣を振るい敵兵を薙ぎ倒してゆく。
ソケドキアの兵卒らもカンニバルカの勇戦に士気を鼓舞され、数におとるもかまわずよく戦った。
それを遠くから、マルドーラは固唾を飲んで見守っていた。
「押せや、押せや。これ以上、ソケドキアの蛮族を調子付かせるな!」
ギィウェンも勇戦しながら叫んだ。この戦いの結果いかんによって、両国の命運が決するといっても過言ではないのは、皆わかっていた。だからなおさら、両軍とも、勝利に対する執念が強かった。
いかにして戦うか。進軍中の休息ついでに軍議を開き、打ち合わせていたが。数を頼み、ひと塊になってソケドキア軍を攻め立てる、ということに落ち着いた。
マルドーラは、次の号令をどうくだそうかと、考えていた。そばには、指南役のようにイルゥヴァンがひかえている。
先陣同士の戦いは、互角のように見えた。ソケドキア軍先陣を率いるカンニバルカ振るう大剣は、立ちはだかる者ことごとく吹っ飛ばして、血祭りにあげてゆく。その働きによって、数の不利を補っているようだ。
「皇帝、次の第二陣を……」
イルゥヴァンがそう助言すれば、うんとうなずき、
「第二陣、かかれ!」
とマルドーラは号令をくだす。
ヨハムド率いる第二陣五万は、両軍の先陣同士渡り合うのを避けて、アーベラの要塞向かって駆けた。
「いざゆかん」
シァンドロスは不敵な笑みを浮かべ、
「全軍、突撃!」
の号令をくだし。ソケドキア神雕軍七万ずべて、喚声あげていきおいよく駆け出した。