第三十三章 西方戦線 Ⅶ
勝負あった。
この戦い、ドラゴン騎士団の圧倒的勝利だった。
ソケドキア軍は散り散りに、多くのしかばねを残して逃げ去った。
コヴァクスは逃げ惑うソケドキア軍が遠ざかってゆくと、
「勝ったぞ、我らは勝ったぞ!」
と叫び。それに呼応するように、
「えい、えい、おう!」
という勝ち鬨があがる。
ソケドキア軍は完膚なきまでに叩いた。さて、これで三度目の攻撃があるだろうか。
「やったわね」
「うん」
龍菲はそばに来て、笑顔で勝利をたたえ。
コヴァクスもまんざらでもなさそうだった。
少し離れたところでは、ニコレットは複雑そうにふたりを見ていた。いつのまにかいついた龍菲とコヴァクスの距離が最近になってぐっと縮まったように感じる。
(まさか、志を忘れ色恋に落ちることはないでしょうね……)
赤い兵団のダラガナにセヴナ、リジェカドラゴン騎士団のジェスチネらもコヴァクスのそばに来て、戦勝を喜んだ。
紅の龍牙旗をかかげるアトインビーも終始笑顔だった。
当初は浮いていた龍菲も、いまやしっかりと馴染んで、皆の輪の中にいる。
戦いは終わった。
コヴァクスは陣まで戻って指示を出し、兵をまとめた。
陣に戻る最中、多くのソケドキア兵のしかばねを目にして。また血塗られた槍斧を見て、ふと、心に何かが浮かんだ。
(多くの者が、死んだ)
国を守るためとはいえ、いままで幾多の戦場を駆け巡ってきた。それはそれだけの命が失われていったことでもある。
最初戦勝を喜んでいたアトインビーも多くのしかばねを目にして、やや表情が曇ってゆく。
快勝であるが、それは、そういうことだった。戦争である、情けは無用。だが、終わってみれば、胸に突き刺さる感情はどうしたことだろう。
コヴァクスはあたりを見回し、ところどころに横たわるしかばねたちを見つめた。龍菲はその横顔を、不思議そうに眺めている。
(多くの兵士を殺したことに、罪悪感を感じているの?)
かつて暗殺者として生きた龍菲には、人を殺しても罪悪感を感じることはなかった。
暗殺者をやめたいと思うのは罪悪感が芽生えたためというより、異国の地で暗殺を続け、出口の見えぬ迷路に彷徨いこんだような嫌気がさしたからだった。
戦場で戦う者たち、コヴァクスとて、戦場で敵を討つたびに罪悪感など感じることはなかった。やらねば、こちらがやられる。
が、なぜか今回は違った。
しかばねの中には、まだあどけなさを残す十五ほどの少年のものもあった。おそらく、恋も女も知らぬであろう。少年は恋も女も知ることなく、戦場で死んだのだ。
ふとふと、ジェスチネは多くのしかばねを見つめて、そんなことを考えた。
「悲しいけどな、これが戦争なのな」
ぽそっと、ジェスチネはつぶやいた。
「コヴァクス」
「なんだ?」
龍菲はコヴァクスの曇りがちな顔を見つめた。
「戦争で人を殺して、罪悪感があるの?」
それを聞かれたコヴァクスはやや面食らったが、苦笑しつつ首をたてに振った。
「あなたは、お兄さまに何を聞いているの」
龍菲にとっては素朴な疑問を問うたまでだが、ニコレットは勝利に水を差された思いだった。我々は騎士である。戦争が終われば、敵兵といえどもその死を悼むのは当然だ。
「ニコレットは、どうなの?」
このやりとりに、ダラガナやセヴナ、ジェスチネ、アトインビーは黙り込んだ。乱世を憂う一方で、戦争をするのは、確かに矛盾していることだろう。
「罪悪感がないわけじゃないわ。でも、私たちは騎士。戦争が終われば、敵も味方もないわ。皆ひとしくその死を悼むわ」
はっきりとニコレットは応えた。あなたと一緒にしないで、と言いたげに。ニコレットは、龍菲のもつ不思議な異世界感がどうにも馴染めなかった。
彼女のことは、いまだ謎に包まれた部分が多い。
それも、龍菲に馴染めない理由のひとつだった。が、その武功という不思議な昴の体術。
彼女が人を殺しなれているのは、これまでのことでよくわかっている。
「コヴァクス、あなたも同じ?」
「うん……」
コヴァクスは龍菲を優しい眼差しで見つめて、応えた。
「オレはいままで、無我夢中で戦ってきたから。あまり深く考えたことはなかったな。だけど、今日は不思議に、そう感じるよ」
心のどこかで、よくぞ聞いてくれたと喜ぶ自分があることを、コヴァクスは感じていた。
「ジェスチネ!」
「はっ!」
「敵味方の区別なく、戦場のなきがらは皆ひとしく、手厚く弔うよう、全軍に伝えてくれ」
「わかりました」
ジェスチネはコヴァクスの命を受け、馬を駆けさせ全軍をまわり、コヴァクスの意を伝えた。
「小龍公は、お優しいのですね」
セヴナは笑顔でコヴァクスにそう言った。コヴァクスは照れを覚え、照れ笑いして、
「そうかな」
と応えた。
セヴナの言葉に、コヴァクスは慰めを得た思いだった。
そこから、一同に笑顔が戻り。場に和やかさが少しだが、でてきた。