第三十三章 西方戦線 Ⅴ
紅の龍牙旗は駆けた。ソケドキア軍はそれを追うことに夢中になっていた。
龍菲は後ろを振り返り、ソケドキア軍の様子をうかがっていた。夢中になって、こちらを追いかけているのを見て、ふっと笑った。
「西の世界にも、兵法はあるものね」
ぽそっとつぶやく。
さてこの戦法、うまくいくかどうか。龍菲は武功は達者だが、兵法に関してはまるで素人なので結果を読むことまではできなかった。
しかし、うまくいっているような気がする。
敵がひと塊になってしまえば、こちらは数の不利があり勝つのはおろか互角に戦うのも難しい。しかしこうしてわかれてくれれば、幾分かは戦いやすくなる。
「駆けろ、ひたすら駆けろ!」
コヴァクスは先頭に立って、ひたすらにグリフォンを駆けさせた。ニコレットも白龍号を駆けさせ兄に続く。
ただ、ソケドキア軍を率いるイギィプトマイオスはガウギアオスのように一箇所にとどまらず自身も剣をふるって残りの一万五千の手勢と渡り合っている。
「しっかり捕まえていてくれよ」
祈るようにコヴァクスはつぶやく。
ダラガナは赤い兵団をうまくまとめ、戦場を縦横無尽に駆け巡り。セヴナはその中にあって、刃をかわし戦場を紅馬で駆けながら、得意の弓矢でソケドキア兵をしとめてゆく。
「ソケドキアの大将直々のおでましだ。いっそオレたちの手で、討ち取ってしまおうぜ!」
指揮を任されるジェスチネも勇戦し、剣を振るいソケドキア兵を薙ぎ倒してゆく。大将が勇敢に戦えば、その下の者たちも勇敢に戦うものだった。
戦は、大将の器量と度胸によるところが大きいものだった。
「やいやい、大将はどこだ。オレはジェスチネ、ここのドラゴン騎士団の大将だ。度胸があればかかってこい!」
戦場を駆け巡り、ジェスチネはイギィプトマイオスを探し求めた。
が、なかなか巡り会うことはできないもので、立ちはだかるソケドキア兵をひたすらに薙ぎ倒すばかりだった。
ここにおいては、両軍互角に渡り合い。激戦の様相を呈していた。
東へと向かうコヴァクスとニコレット率いる一万五千の手勢は、後方を引き離しつつまっしぐらに駆けた。
ソケドキア軍の部将は、
「逃がすな、追え!」
と、鼻息荒く追撃する。
ドラゴン騎士団がソケドキア軍に恐れをなして逃げ出したと思い込んでいるようだった。
が、そうではないのは言うまでもない。
コヴァクスとニコレットは後ろを振り向く。つられて龍菲も後ろを振り向く。
「ようし、もういいだろう」
ぎゅっと槍斧を握りしめて、掲げた。
「反転!」
号令をくだせば、一万五千の手勢はコヴァクスとニコレットが反転するのに続いて、ぐるりと反転し。追ってくるソケドキア軍向かって突っ走る。
「や、やる気か!」
部将はやや意表を突かれたようにすこし驚いたものの、紅の龍牙旗を見ると手柄を立てたいという誘惑が頭をもたげる。
「いいだろう、やってしまえ!」
部将は叫び、イギィプトマイオスから離れた二万の手勢はそのまま駆けて、ドラゴン騎士団とぶつかり合った。
「おおッ!」
ぶつかり合うや、コヴァクスは槍斧を激しく振るいまわし、ソケドキア兵を木っ端微塵に粉砕してゆく。ニコレットも剣を振るい、立ちはだかる敵兵を薙ぎ倒してゆく。
「突っ切れ!」
ドラゴン騎士団はコヴァクスの号令を受け、ソケドキア軍を薙ぎ倒しながら突っ切ろうとする。
いかせるか、と部将は槍を繰り出し奮戦し。紅の龍牙旗に迫ろうとする。そのそばには、槍斧を振るう騎士と、またそのそばに色違いの瞳をもつ女の騎士。ソケドキアの部将はそれを見て、あれこそ我が栄光への道しるべと、迫ってゆく。
「そこに見えるはドラゴン騎士団の小龍公に小龍公女とお見受けする。いざ、我と刃まじえる勇気はあるかなきか!」
部将は叫んだ。その叫びに呼応するように、コヴァクスは「おう」と応え、槍斧を振るい部将に迫ってゆく。
「我こそドラゴン騎士団小龍公コヴァクス! その挑戦、受けて立とうぞ!」
振るうたびに槍斧唸りをあげて、空を斬り。そばのソケドキア兵は吹っ飛ばされてゆく。
部将は槍を突き出し、コヴァクスの喉に狙いを定め、貫こうとする。が、槍斧はぶうんと唸りを上げて槍の穂先を砕いてしまった。そのついでに、槍は部将の手から弾き飛ばされてしまった。
「な……」
その鋭くも力強い一撃に、部将は驚き剣を抜こうとするが。気がつけば頭上に槍斧せまれば。そのまま兜を割られ、さらに顎までを割られた。
どお、と部将は討たれて馬から転げ落ちる。
「あ、ノレンド殿が討たれた!」
部将が討たれて、ソケドキア兵は恐れをなした。やはりそこは寄せ集めである。率いる部将が討たれて一気に士気は下がり、兵卒らは我先にと蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
ドラゴン騎士団のゆくてを阻む者は、一気に減った。
「雑魚にかまうな、敵本隊向けて一気に突っ走れ!」
逃げる兵卒など相手にせず、コヴァクスはグリフォンを駆けさせた。
アトインビーの掲げる紅の龍牙旗は雄々しくはためき、ドラゴン騎士団に勝利を引き寄せているかのようであった。