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第三十二章 報復と反逆 Ⅴ

 そのころ、エグハダァナは挙兵し制圧をしたマルドーラとガーヌルグらの兵によって厳戒態勢が布かれていた。

 いま兄のムスタファーはタールコと戦争をしている。重要都市のひとつバヴァロンが破壊と殺戮の悲劇に見舞われたが、のちに兵をさらに結集させ状況を一転させシァンドロスを追い込んでいるという。

「兄に手柄を立てさせるわけにはいかん。シァンドロスを討つのは、このマルドーラだ」

 皇帝に即位したマルドーラは、すんでのところで兄がシァンドロスを討つのをとめたかった。

 いかにふしだらな獅子皇といえど、シァンドロスを討てば人気は不動のものになりかねなかった。

 手抜かりなく使者を送りともに斥候も送り、兄の出方を見る。

 それより先に、エグハダァナから逃げ出した者たちが兄に会い、ことの事情を話しているだろうが。

 さてどうするだろうか。

 シァンドロスを討ち、それからエグハダァナへと攻め入るか。それとも、エスマーイールとの間に亀裂が入るか。それとも、殺すか……。

「皇帝よ、神は正しい者の味方。ご案じめさるな」

 ガーヌルグはマルドーラにそう言い含めた。ここで不安に駆られてはいけない。立ち上がった以上、徹底的に戦い抜かねばならない。

 ガーヌルグはそのことをよくマルドーラに言って聞かせた。


 夜が去って、朝日が昇る。それとともにアーベラの要塞を囲むタールコ軍は次々に引き返してゆく。

 ソケドキア兵はそれを歓喜で見送っていた。

 獅子皇ムスタファーは、エスマーイールのなきがらから剣を抜き。抱きかかえて幕舎の中で泣きぬれるばかり。

 獅子皇ムスタファーにイムプルーツァら少ない臣下らは、置き去りにされるように残されてゆく。誰も一同に目もくれない。

「なんという悲しまれようでしょう」

 パルヴィーンも涙を流し、悲しみを堪えられないでいた。イムプルーツァも、内心悲しく思いつつも。

(早くここからさらねば、ソケドキアに討ってくれと言わんがばかりだ)

 要塞のソケドキア軍は、だまってタールコ軍が引き返してゆくのを見送っている。打って出そうになかった。だからといって、獅子皇ムスタファーがそのまま残れば、黙ってはいまい。

 やむをえん、とイムプルーツァは獅子皇ムスタファーの幕舎に入り、説得に当たる。

「どうか気を持ち直して。ここを去らねば、ソケドキア兵の餌食です」

「……」

 獅子皇ムスタファー無言。寝台にエスマーイールのなきがらを横たえ、その前で膝をついてうつむいている。

「獅子皇」

 イムプルーツァ哀れに思いつつも、思い切ってその肩に手を触れた。

「さあ、獅子皇。お立ち下さい」

「さわるな!」

 獅子皇ムスタファーは怒りと悲しみを湛えた顔をし、イムプルーツァの手を払った。

 いままで見たことのない顔をしている。イムプルーツァは胸が痛んだ。愛する者を失った悲しみの、いかに深きことか。

「お前の言うことはわかる。だが、どこにゆけというのだ」

「……」

 今度はイムプルーツァが押し黙った。たしかに、どこにゆけばよいのだろう。マルドーラ挙兵、即位のことは国中に広がっていることだろうし。兵士らの態度を見れば、民衆も獅子皇ムスタファーを見損なっているに違いない。

「オレは、ここでソケドキアと渡り合って、死ぬ」

「何を言われます!」

「死ぬのだ。エスマーイールはオレのすべてだった。それが死んだいま、生きることに何の意味がある」

「獅子皇……」

 あろうことか、獅子皇ムスタファーはもう投げ遣りになっている。侍女を愛したがために、弟と宰相に裏切られ、のっとられたかたちだ。

 獅子皇ムスタファーも身分のことをわきまえぬわけでもなかった。しかし、よく言えば公平、悪く言えば無頓着なきらいもあった。

 エスマーイールを愛したのは、身分や出自ではない、純粋にひとりの男として、ひとりの女性を愛したに過ぎない。

 平民ならば純愛の物語の美談になるところだろうが、帝位にあるために、このような悲劇を味わうことになろうとは。

 帝位とは、なんであろうか。

 獅子皇ムスタファーの心中は、複雑に渦巻いていた。

「ドラゴン騎士団を思い起こしてくだされ」

 とイムプルーツァは言った。

「ドラゴン騎士団は、いかなる試練に遭いながらもそれを乗り越え、二ヶ国を再興させたではないですか。ドラゴン騎士団を雄敵とお思いなら、どうか獅子皇も同じく試練を乗り越えてくだされ」

 イムプルーツァ、必死の説得であった。ドラゴン騎士団の名を聞き、獅子皇ムスタファーの涙がとまった。

(ドラゴン騎士団……)

 そうだ、ドラゴン騎士団はいかなる試練も乗り越えてきたではないか。野に下り革命と戦いの試練を乗り越えたではないか。同じように反乱も起こされた。それでも、潰されることなく二ヶ国を見事再興させたではないか。

「……」

 獅子皇ムスタファー、しばし沈黙したのち、

「そうだ」

 と言った。

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